第8話 村の秘密#2

『逃げるんだ! エンディ! お前だけでも早く行くんだ!』


『嫌っ! 私だけ逃げるなんて! お父さんも逃げるの!』


 昔の記憶。

 エンディと呼ばれる少女は足や腕に火傷や擦り傷を負いながら、同じような傷がある父親に言い返した。


 しかし、父親は膝間づいたまま立ち尽くす娘の両腕を強めに握りしめると強い眼差しで告げる。


『俺はもう片足がない。

 このまま俺を連れてたら追い付かれるのも時間の問題だ。

 だが、お前だけなら逃げれる!

 お前は俺達の復活の兆しでもあるんだ!

 お前さえいれば俺達はまた希望を取り戻すことが出来る!

 だから、早く逃げるんだ!』


 父親は訴えかけるようにエンディに言葉を伝える。

 それにエンディは不格好な泣き顔を浮かべると静かにコクリと頷いて、近くの森へと走り始めた。


*****


 エンディはそんな何度も記憶に刻み込まれるように見続けた夢を再び見ていた。


 しかし、壁に設置された手錠で両手が拘束され、両足、尻尾にも重し付きの拘束具がつけられているので何もできないし、そもそも何もすることがない。


 だから、再び眠る。

 きっといずれは来るだろう死に対して、自身の不甲斐なさに後悔しながら。


 その時、隠し蓋が開く音がした。


「(決行日がやって来たのだろうか。

  もう長らく太陽を見ていないのでどれだけ経ったかわからない)」


 足音が静かな空間に響き渡る。


「(誰かが降りて来る。食事の時間だろうか。

  いや、あの毎日毎日怯えた表情で謝りながら食事を与えに来ている人はもう既に会った。となれば、やはり決行日かな)」


 エンディはこれまでの日々を数秒のように感じながら、悲観的な考えをしていた。

 しかし、遠くから漂うニオイの違和感に気づく。


「(でも、ニオイが違う。

  どこか嗅いだことのある懐かしいニオイ。

  そうだ、これはおじいちゃんが吸っていたキセルのニオイ)」


「どうやらこの人のようですね」


「みたいだな。大丈夫か」


「(一人はまだ幼い少女の声で、もう一人は割に渋い声。

  お父さんにも似ている気がする。

  誰であろうか。この村の人達ではない?)」


 エンディは少しだけ臆しながらゆっくりと目を開けて、長く垂れた藍色の髪をそのままに声をする方へと視線を向けた。


 そして鉄柵越しに見据えたカイと目が合って、その瞬間二人とも思わず目を見開く。


「「......っ!?」」


 言葉には出ない。しかし、確かに体に衝撃が走っている。

 エンディはあまり表情に出ないのか目の奥に驚きが現れているが、カイはそのエンディの姿に思わず手を震わせて呟く。


「志渡院......」


「......え?」


 「志渡院 佳」、それがカイが呟いた名のフルネームだ。

 その人物はカイが高校生の時に消えた女友達の一人である。


 思わずカイが呟いた言葉にエンディは再び体に電気が流れるように衝撃が走る。

 なぜなら、その名はエンディにとって命の恩人の名であったからだ。


「......いや、すまん。人違いだったみたいだ」


 だが、すぐにカイはそう言って訂正する。

 それはエンディの姿に原因があった。


 エンディの姿は藍色の髪にサファイアのような瞳、そしてこめかみから角が生えていて、腰辺りからトカゲのような尻尾が生えている。


 その一方で、「志渡院 佳」はカイと同じ学校に通っていた黒髪の女子だ。


 表情は大きくでず、クールな少女といった感じでその雰囲気や顔、背丈までまさしく志渡院なのだが、エンディの容姿は全体的に見れば違う人物に見えてしまう。


「同じ世界でも三人ぐらい同じ顔の人がいるって言うしな。

 そりゃ、世界を渡れば瓜二つみたいな人がいてもおかしくねぇな」


「確かに、パパの記憶と照らし合わせてみると全体的な容姿以外はほぼ一致しますね。

 それにその容姿......どうやら竜人族のようですね。

 顔色や体つきから割に健康的な感じですが」


「竜人族?」


「魔法によってドラゴンへと変身できる特殊な種族のことです。

 ただ、普通にドラゴンもいるので、彼らは戦闘以外ではこのような姿で過ごしているんです」


「なるほどな」


 カイはシルビアからまたこの世界の常識を知ると「ありがとな」と言いながら、シルビアの頭を撫でてやる。

 するとシルビアもまんざらでもなさそうにフンスと自慢げに鼻から空気を吐き出した。


 カイはべたっと座るエンディに目線を合わせるようにしゃがむと優しく声をかける。


「俺は旅人のカイだ。こっちが娘のシルビアだ」


「です」


「君の名前は?」


「......エンディ」


「エンディか。呼びやすい名前で大変助かるよ。それで、具合はどうだい?

 見た所外相はないみたいだけど、変なことされてないかい?」


「大丈夫。生贄のために体の調子は気を遣われてる。どうやら肉付きが良いのがご所望みたいだから」


「まあ、それは返って良かったかもな」


「良かった?」


「ああ、単に助ける上で病気だったらどうしようかって思って。決して変な意味で言ったわけじゃないよ?」


「そう焦って言うと返ってそう思われますよ」


「なら、言わないの!」


 カイがそう言うとシルビアはしてやったりとした顔をする。

 どうやらシルビアはどこでも通常運転らしい。


 そんなカイとシルビアのやり取りをエンディは見てどこか懐かしい気持ちに囚われた。

 とても不思議な感覚だった。

 初めてあった人なのに安心するようなそんな暖かい気持ちに近い。


 するとシルビアはエンディの様子を見てふと質問する。


「そういえば、どうして脱出しないのですか?

 エンディさんならすぐにその壁ごと拘束具を破壊できるでしょうに。

 竜人族の膂力は女性であろうと人型種の最強の力であるのに」


「この手錠には<気力減退>の魔法が付与されている。

 いくら力あろうとも、その力を発揮できる状態になって無ければ破壊できない」


「なるほどな。んじゃ、俺がそいつを壊せばいいんだな?」


 その言葉にエンディは思わず混乱した。

 そして思ったことを口から言葉にしていく。


「どうやって? 人族のあなたじゃ強化したって壊れない。そういう檻なの。

 仮に壊せるとしても武器がなきゃ......あなたは丸腰じゃない」


「くぅ~、志渡院似の顔でそう言われるとやっぱ心にグサグサ入ってくるな。

 相変わらず俺にだけ容赦のない感じまで似なくていいのに」


 カイはそうぶつくさ言いながら立ち上がると隣に立つシルビアの頭にポンと手に乗せた。


「とりあえずまあ、見ててくれよ。

 あ、あとこれは後で教えるかもだし、教えなかったら内緒にしといて」


「何を――――っ!?」


 その瞬間、カイの手の下にいたシルビアが突然黒き日本刀へと姿を変えた。

 そのことにエンディが思わず言葉をなくすとその次にはその刀が振り抜かれていた。


 カイの腕は一瞬にして何重にもブレたように見えるといつの間にか腕が止まっている。

 その数秒後には檻がスライドして崩れ落ちた。


 カイはその斬れた檻の一部を音が鳴らないように、地面を足でタップして出現させた土の手で破片をキャッチしてく。


「ど? 案外やるでしょ」


「......っ!」


 そのどこか少年のような無邪気な笑みにエンディは再び胸に暖かい感覚を抱いた。


 カイは「よっこらせ」と言いながら檻に中に入っていくと同じようにしてエンディの全ての拘束具をエンディを傷つけないように切断していく。


「戻っていいよ」


「はいです」


 カイが刀を手放すとその刀が再び人型少女シルビアへと変身を遂げた。

 そんな目の前で起きた色々な出来事に軽く放心状態でいるとカイがそっと手を伸ばしてくる。


「とにかく、元気そうでよかった。安心してくれ。君はもう自由だ」


 エンディは戸惑いながらもそっとその手に触れる。

 その瞬間、胸に抱いた暖かさがさらに熱を帯びていき、それがやがて涙となって流し始めた。


「あ、あれ!? 急に泣いてっ! これって安心して泣いたでいいんだよね?」


 その突然のエンディの様子に慌てるおっさん。


「やーいやーい。パパは女性を泣かした~♪」


 それを煽る上機嫌なシルビア。

 それに対し、カイは「ちょっと人聞き期の悪いこと言わないの!」と優しくしかりながら、されどエンディの状態にはアワアワして「どうしたもんか」と考えている。


 するとエンディはそのカイの手を強く引くと立ち上がりながら、カイに思いっきり抱きついた。

 そしてそのまま、熱を帯びる涙を流し続ける。

 胸の温かさを開放していくように。


 カイはそのエンディを優しく抱きしめると泣き止むまでされるがままの状態でいた。

 

「(きっと大変なことがあって少しだけ安心したのかもな。ようやく少女らしいところが出たな)」


 そう思いながらカイはほほ笑む。

 しばらくして、エンディが泣き止み「ごめんなさい」と謝りながら離れると手の甲で涙を拭って告げた。


「ありがとう。助けてくれて」


「相変わらず、お礼を言うときも凜としてカッコいいな......ってそうじゃなくて、気が晴れたようなら何よりだ。

 それよりも君を早く逃したいところだけど、助けたついでに一つお願いを聞いてもらえるかな?」


「お願い?」


「ああ、俺は後で質問する。それに対し、君はただ答えるだけでいい。ただし、よく考えて判断してくれ」


「わかったわ」


 カイの言葉の意味を深く理解してない様子であるエンディだが、その返事は即答であった。


「うん、そのあまり表情に出てなさそうで晴れやかな気持ちが出てる所も正しくそっくり」


「う~ん、あまり変わってないような? それよりも常に凜とした感じが凄いのですが」


 エンディは基本的に表情を大きく動かさないし、シルビアからも「そう言われればそう?」みたいな感じだ。

 だが、カイだけはまるで表情を見抜いているように告げる。


 すると表情がバレたことが恥ずかしかったのかカァーっとエンディの頬が赤く染まっていった。

 それに対し、若干高校の頃の童心に戻ったような反応をするおっさん。


「おぉークーデレ来たー!」


「確かに、顔が赤くなりました。というか、それしか大きくわかりませんが。というか、パパキモイ」


「キモイっ!?」


 突然のシルビアの純粋な罵倒に凹むおっさん。

 そんな娘(と思っている)シルビアに尻に敷かれるカイを見て、エンディはクスクスと笑っていく。


 そんなエンディに「また少し元気が戻った」と感じたカイとシルビアはふと顔を見合わせて阿吽の呼吸の軽いハイタッチ。


 少しだけ空気も良くなった所で、シルビアが現状を整理してカイに質問する。


「それでパパは見事にエンディさんを助けた所ですが、この後はどうするんですか?

 バレるのは時間の問題で、今のうちならこのまま姿を眩ますことは出来ますが」


「まあそれもいいが、その前にこの村には警察やってる俺とはちょっとばかしお灸を据えてやらにゃいかんと思うのよ。

 そしてそれは先ほどエンディちゃんにお願いしたことにも繋がるから」


 そう言うとカイはシルビアとエンディにその内容を伝え、儀式の夜を迎えた。

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