第7話 村の秘密#1

 するりするりとカイの横に顔の溶けた人の上半身が通り抜けていく。何人も何人も。

 またとある所では家の中や人の中を通り抜けるように移動しているゴーストもいる。


 それがあちこちと村の中をあまりにも多い数が蠢いているのだ。

 これにはさすがのカイも若干青ざめた。


「俺、案外ビビりだからさ。こんだけゴーストいるとビビっちゃうんだけど。ましてや、昼間っから」


「脈拍、心肺機能が少し早いですが正常値なので大丈夫です」


「いや、そう言うことじゃなくてね?......まいっか、それよりもさっき言ってたけどゴーストって『魔』に入るの?」


「『魔』という言葉には複数の意味がありますが、まあ大抵の場合は魔力のみを有した存在を『魔』と呼びますね」


「んで、ゴーストがこうして現世うつしよに存在するって俺の世界であるような理屈と一緒だったりする?」


「そうですね。

 この世界に魔力のみの魂を結び付けるほどの強い未練、もしくは深い負の思念がある場合このような場合になることが多いですね」


 そう言いながらシルビアはゴーストの容姿を見る。


「ちなみに、ゴーストの形は大体その者の最後の姿と言われています。

 大体は全身揃ってる場合が多いですが、全身の爛れ具合といい......」


「問題はあの顔だよな。夢に出てきそうだ」


 そう言いながらカイがタバコを吸うとタバコの先端が赤く燃える。

 その瞬間、周囲を動き回っていたゴーストがピタッと急にカイの方へ向くと今度は一気に散っていった。


 その顔は何を訴えてるかわからない。

 しかし、どことなく怯えてるような表情にも見えなくはない。


 カイはその様子の変化に眉をひそめながら、その瞳のない視線の先を注意深く観察した。

 その視線の先はタバコに集まっていた。


「タバコに反応してる感じがするな......いや、そもそもこの世界にちゃんとしたタバコがあるかどうかも怪しい」


 そうぶつぶつ呟くとカイは昔に見たとあるB級映画でゴーストを火で撃退するというシーンを思い出した。


「(もしかしたら......)」


 そう思いながらポケットから取り出したジッポライターで火を作り出す。

 その瞬間、逃げるようにしてゴースト達はカイから距離を取った。

 その様子にシルビアは冷静に毒づく。


「パパは嫌われてますね」


「やめて。俺のピュアなハートを安易に傷つけないで。

 それに嫌われてるのは俺というより、ライターの火だったり、タバコを吸った時の赤熱した時だったりってところだな」


「ゴーストは火を恐れてるということですか?」


「わからん。だが、そう推察は出来る」


 カイはジッポライターの蓋を閉じてタバコの火を消すと身の潔白を示すように両手を上げた。


「すまん、お前らが本当に火に恐れてるのか確かめたかっただけだ。敵対するつもりはない。

 もうお前らの前では俺はタバコを吸わん。信じてくれ。

 それから、もしよかったらどうしてお前達が火を恐れてるか教えてくれないか?」


 カイがそう言うと周囲のゴースト達は何やら話し合うように顔を突き合わせた。

 そして信じてくれるのかコクリと頷くとゴーストの大群が一斉にある場所に集まり始める。


 その場所は近くの馬小屋。

 その中へ入ってくるよう手招きまでしてきた。


 カイはシルビアと一度アイコンタクトを取るとシルビアが「パパの好きなように」と告げるので、その馬小屋に向かってみることにする。


 馬小屋には行ってみて思ったことは何の変哲もない馬小屋だということ。

 思い出すのは「昔、家族とふれあい牧場行ったな」ということぐらい。

 しかし、当然ゴースト達が意味もなくにつれてくるはずがない。


 カイが馬小屋からゴースト達の方へと視線を変えるとゴースト達が何やら地面のとある一部で地面に出たり入ったりを繰り返している。


「何かあるのか?」


 そう聞いてみるとコクリと頷くのでその場所に近づいて地面にしゃがみ込み、周囲よりも軽く盛り上がった地面の砂を軽く払ってみる。


「これは......隠し通路か?」


 現れたのは人が一人入れるほどの地下に続く蓋であった。

 しかし、カイはそれだけを確認するともとあったように砂を被せる。

 それについてシルビアが尋ねた。


「確かめないのですか?」


「今の俺には令状もないから勝手に調べられんのよ......ってのは冗談で、時間がまだ昼間だ。人が多すぎる。

 いくら好きに出歩いていいとはいえ、俺達の姿が不自然に見えなかったら怪しく思われちまうだろ?」


「そうですね」


「ってことで、まあ本格的に動くのは明日以降になるな。

 今日はゆっくり休もう。久々の風が防げる場所での睡眠だし」


「パパの意のままに」


 カイはこの村での一日の調査を早めに切り上げ、村長が夕食に招待してくれたのでバレないように自然体を振舞ってその日は過ごした。


 ――――次の日


「ヨイショー」


「はいです」


「よっこいせー」


「はいです」


 カイは朝から薪割りをしていた。

 切り株の上にカイが斧を持って構えながら、その切り株にシルビアが薪を置いていく。

 そしてカイが斧を振り下ろして薪を割ってもう一度振りかぶる間にシルビアが薪をセットしていく。


 村人に怪しまれないような演技のついでの手伝いだ。

 村に貢献している姿勢を見せれば少なからずの怪しさは晴れるだろう、と。


「ありがとうございます。手伝ってくれて」


「ははっ、気にしなくていいよ。

 せっかく好意で泊めてくれてるってのに何もしないんじゃこっちの気が引けるし」


 話しかけてきたのは村長の孫であるカクザンであった。

 カクザンはその手にタオルと水の入ったバケツを持ちながら、カイに「少し休憩してください」と提案してきたのでカイはありがたくそれに甘えることにする。


「それにしても凄いですね。かれこれ一時間半は続けているのに全然汗をかいてないなんて」


「まあ、こう見えても鍛えてたから。まだまだ大丈夫だよ」


「僕はそんなにやったらもうヘトヘトですね」


 そんな他愛もない会話を少し挟みつつ、カイは改めて感じたこの村の別の違和感について軽く質問してみた。


「にしても、この村は結構周りが森に囲まれているのに全然魔物に襲われないよな」


「それは......どうしてでしょうか。

 僕も昔から村が魔物に襲われたことがないのは不思議に思っていたんです」


「それじゃあ、村はどうしてここまでボロボロなんだ?」


 カイはあえて核心に触れるような鋭い質問をした。

 さすがに一日も経てばその疑問を感じても不自然ではないだろうと思って。


 先ほどの受け答えから何かを隠しているのは明白だが、それ以上の何かを得るためには必要なことだ。


 その質問にカクザンは張り付けたような笑みを浮かべながら、出来る限り声に変化が出ないように返答していく。


「最近、老朽化が酷いんですよ。若いのはそれなりにいますが、なにぶんちゃんとした修繕の仕方がわからないでして。僕もその一人なんですが」


「あーまあ、建築に関しては確かに知識がないとできないよな。

 それなら、近くの村や街から人を寄こせば良かったのでは?」


「そうなるとお金が......」


「おっとこれは失礼。失言だったな」


「いえ、いいんです。僕も早くよくなって欲しいと思うんです」


 そのカクザンの目はどこか諦めの感情が宿って見えた。

 その瞳で何気ない今の村の風景を眺めていく。


 カイはその目を静かに見つめながら立ち上がると「もうひと踏ん張り」と言って薪割りを始めた。

 それから少しして、近くにカクザンが消えるとシルビアが薪をセットしながら聞いて来る。


「パパ、何か企んでますね?」


「企んでるとは人聞きの悪い。単に俺は確かめたいだけだよ、この村の違和感について。

 それでもし何か助けが必要だったら助けるってだけ」


「それがもし悪い事だったらどうするんですか?

 いえ、厳密に言えばここまでのゴーストの数からいえば十中八九そうと言えますが」


「まあ、そん時は......そん時だ」


「その内容がパパの正義に反するようなことであれば殺すことも辞さないと?」


「......かもな」


 カイはシルビアの質問に静かに答える。

 それに対しシルビアはそのカイの顔を見て、もうそれ以上質問してくることはなかった。


 ――――その日の夜


 月夜のもとにカクザンが足音を消しながらカイのいるボロ屋へと近づいていく。

 鍵のない扉を軽く開け、そこでカイとシルビアの寝息を確認すると扉を閉め、村長ムンクのもとへと戻っていく。


 カクザンが戻るとすぐにムンクは尋ねた。


「どうじゃった?」


「静かに寝ていたよ。だけど、おじいちゃん。

 明日の満月の夜にカイさんとシルビアちゃんを生贄にするって本当なの!?」


 カクザンはムンクに対して思わずそう告げた。

 すると、ムンクは批判されることを覚悟で言葉を告げる。


「本当じゃ。それはお主がカイと話した内容からそう判断した。

 あの男は聡い。こちらに何か隠し事があることに気付いておる。

 もし、それを暴かれて真実が周囲に明るみになってみろ。

 ワシらはその時点で全員終わりじゃ」


「だからって......僕はもう嫌だよ!

 僕の両親が生贄になったことも、たまたま訪ねてきた人を生贄にするのも!

 あの人が焼き焦げるニオイ! それによって上がる悲鳴や怨嗟!

 その顔を見てからもう誰の顔を見ても泣き叫ぶ顔が脳裏にチラつく!」


「だったら、喰われるのはワシらなんじゃぞ!

 ワシらが今こうして魔物に襲われずに過ごせているのは白蛇様とそういう約束のもとで成り立っているのじゃ!」


 そう強い口調で言いながらもすぐに悲しい声に変えて、ムンクはカクザンの肩に手を置いた。


「......我慢してくれカクザン。ワシだって好きでお前の両親を喰わせたわけではない。

 ワシらが生きていくためには他所から生贄を調達しなければいかんのじゃ」


「くっ......!」


 カクザンはそのやりきれない思いを拳に表した。

 そんなカクザンをムンクは「心優しく育ったな」と嬉しく思いつつも、今のカクザンの気持ちにかけてやれる言葉が見つからずにそっとカクザンの肩から手を離す。


 そんな祖父と孫のやり取りを話声が聞こえる窓際の位置で壁に寄り掛かる――――カイがいた。

 カイはタバコの煙の代わりに深くため息を吐くと呟く。


「やっぱり、この世界は生に対して随分と厳しいみたいだ」


 コートのポケットに手を突っ込みながら歩いていくと馬小屋の隠し通路がある場所へと向かっていった。

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