第37話 夏休みがやってきた
フィル王子の告白の答えはいまだに出せずにいた。フィル王子のことが嫌いなわけではない。王妃教育がイヤだということもあるが、悪役令嬢イザベラである私がそれを承諾して良いのか、ということが一番心に引っかかっている。
そうやって答えが出せないまま、王立学園は夏休みを迎えた。
王立学園の夏休みは長い。ほとんどの生徒は自分たちの領地へと戻るつもりのようである。きっと、先日あった課外活動の成果を試そうと言うのだろう。実に良い考えだ。
家にいても、きっと同じことをグルグルと考えることになってしまう。ここは自分の気持ちを整理するためにも、ランドール公爵領へ行って、私も課外活動の成果を試そうと思う。
そう両親に伝えるとすぐに了承してくれた。
「そうね。イザベラも少し王都を離れて、違う空気を吸ってみるのも良いかも知れないわ。大丈夫、心配はいらないわ。お母様もついていってあげるから」
「母上、私も一緒に行きますよ。学園での課外活動で領地運営の基礎を学んだので、実践で試してみたいと思います」
どうやらルークも来るようだ。それもそうか。将来の公爵であり、領主でもあるからね。お父様のように、「領地ほっぽり出しスタイル」ではなくて、しっかりと領地運営に関わって欲しいものだ。
「何だって!? クリスティアナも行くのかい? そ、それじゃあ私も行こうかな……」
お父様は一人王都に残されるのは嫌だったみたいである。どうやらお父様も一緒に来るようだ。もしかすると、私、お母様、ルークの三人がランドール公爵領の領都に移住すれば、もれなくお父様もついて来るのでは? そうすれば、領地運営もはかどることだろう。
お母様をチラリと見ると、私と同じことを思ったのか、静かにウンウンとうなずいていた。お母様も、いい加減に領主代行のジョナサン頼りじゃなくて、ランドール公爵家として領地運営に関わらなければならないと思っているみたいである。
先日の課外活動で、領地運営は代行任せではなく、やはりその領地を任された貴族がしっかり出張って行くべきであると痛感した。
現場を実際に見ないことには、本当に問題になってることは見えてこない。
土地が枯れてきていることにも、自分たちの足で視察に行って、しっかりと話を聞かなければ解決できなかったかも知れない。
そんなわけで、私たちランドール公爵一家は何十年かぶりに自分たちの領地へと向かったのであった。何十年ぶりって……領民たちはきっと私たちのことを忘れているわよね。
「ここがランドール公爵領なのね。課外活動で行った領地と同じくらいにのどかなところね」
「そうだね。王都や領都から外に出れば、どこも似たような風景が続いているんじゃないかな」
領都に向かう道を進む馬車には分厚いカーテンは付いていない。そのため外の様子をボンヤリと眺めることができた。ガタガタと馬車は揺れているが、思ったよりも振動はなくて快適である。
「領都まではまだまだ遠いみたいね。そうだわ、お兄様。立ち寄った町や村で情報収集をしながら進みませんか?」
「そうだね。それは良い考えだ。移動ついでに領民の話を聞くことができれば、今後の領地運営の参考になるだろうからね」
よしよし、これでゆく先々で美味しいものを食べたり、観光スポットをめぐったりできるぞ。せっかく町や村を通るのにお金を落とさずに素通りなんて、貴族としてあるまじき行為だわ。貴族はお金を落としてなんぼよ。
こうして私たちは町や村に着くたびに情報を集めたり、お金を使ったりしていた。もちろん町や村の人からは大変喜ばれた。お金をジャブジャブ使ったことで、みんなも潤うことだろう。良いことをしたな。
このときばかりは、お母様の「金剛石の様に固い財布のひも」も緩くなっていた。
「うーん、どうやらうちの領地も土地が枯れ始めていたみたいだね。この辺りは大地の精霊の力が弱まっているのかな? イザベラ、何か分からない?」
「え? 私ですか? うーん」
どうやらルークは私のことを精霊の巫女として認識しているようである。そんな精霊の力を見ることができるようなスキルは持ってないんだけどなー。
あ、いや、持ってたわ。魔眼を使えば良いんだわ。あれなら魔力が見えるし、きっと大地の精霊の力も見えるはずだわ。
こんなときにフランツがいれば良かったのに。フランツは今、私たちが領地に行くのに合わせて里帰り中である。何でも孫ができたそうな。それは見に行きたいわよね。
ちなみにローレンツも実家に帰っている。夏休みくらい実家に帰れ、と追い出したのだ。そうでもしなければローレンツは実家に帰らない。本当に困ったものだ。
私は目に魔力を集中し、魔眼を開眼した。おお! 見える、見えるぞ。地面を流れる魔力の流れが。でも何か弱々しい気がするわね。向こうの山の方からの流れが詰まっている感じがするわ。なぜかしら?
でも、今から山に入るわけにもいかないし、ここから山の様子を探ることはできないだろうか? そうだ、千里眼だ。片目を千里眼にすれば良いんだ。
王立学園に入ってから、私はフランツの魔眼の力を知るべく、魔眼について調べていたのだ。その結果、魔眼にはいくつか種類があるのが分かった。フランツが持っている「魔力を見る魔眼」の他にも、遠くを見通すことができる「望遠の魔眼」もあるのだ。
「い、イザベラ!? 目の色が!」
「大丈夫ですわ、お兄様。片方の目を、遠くを見ることができる魔眼にしただけですわ」
「イザベラ、何言ってんの!?」
わけが分からないお兄様がアワアワとしているが今は放置だ。だんだんとその原因が見えてきた。
「お兄様、あちらの山にある大地の精霊を祭るほこらが荒れ果てていますわ。おそらくそのせいで大地の精霊の力がここまで届いていないようです」
私の進言によって、ほこらにはすぐに人が送られた。そしてほこらをキレイに立て直したあとに、町の人たちが祈りをささげたお陰で、この地にも再び大地の精霊の力が流れ始めたのだった。
祈りはもちろん盆踊り。
そして私はお兄様とお母様から怒られることになった。
遠くを見ることができる魔眼って何、両目で違う魔眼を同時に使うって何。
私は領民を守ろうとしただけだ。私は悪くない。ハズ。
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