第38話 あやしい影

 領都の館では、領主代行のジョナサンが涙を浮かべて待ち構えていた。ようやくお館様が来て下さった、と。

 どうやら養子としてランドール公爵家に入っても苦労を重ねているようだった。なんかごめんなー、うちのお父様が全く役に立たなくて。


「この日が来ることをどんなに待ち望んでいたことか!」


 そのあとは完全に泣き出したジョナサン。兄のルークもすごく気まずい顔をしている。

 それもそのはず。ルークは成人しているのだから、本来であるならば王立学園の先生などする前に、まずは領地運営をするべきなのだから。

 それをルークがわがままを言って先生をやっているのだ。そりゃ気まずくもなるか。


 それを見かねたお母様が、眉をハの字に下げて言った。


「いつも苦労をかけてしまって申し訳ないわね」

「奥方様! 奥方様が謝る必要など何もありませんぞ!」


 ジョナサンにとっての味方は、おそらくお母様だけなのだろう。ある意味、今のランドール公爵家を支配しているのはお母様であると言える。


 そんな気まずい状態ではあったのだが、しっかりと私たちが滞在するための準備をしてくれていたようである。それぞれの部屋がすでに用意されていた。

 荷物が自室に運ばれようやく一息つくことができた。お茶の準備が整うまでしばしの休憩だ。


「いやー、思った以上に楽しめたわね」


 領都に到着するまでの間にいくつもの町や村を越えてきた。そのたびに買い物をしたり、観光地を回ったりしたのだ。そりゃ楽しいに決まっている。もっと色んな土地を見て回りたいな。この国にはもっともっと面白い場所があるはずだ。


 しかしそんな楽しい場所でも、たびたび思い出されるフィル王子の面影。今頃何しているのだろうか、とか、お店ではどれを選ぶだろうな、とかをついつい考えてしまう。

 どうやらフィル王子の告白でかなり意識してしまっているようである。そりゃそうよね。前世も含めて初めて告白されたんだから、気にしない方がどうかしてるわ。


 そんなことを思っているとお茶の準備ができたようである。使用人が呼びに来た。案内された場所は、心地良い日差しが差し込む明るいサロンだった。こんなに立派なサロンがあるとは。さすがは公爵家の本拠地だけはあるわね。


「お母様、素敵な場所ですわね」

「そうね。私も初めてきたけど、とても良い場所ね。こんな場所があっただなんて、どうして教えてくれなかったのかしら?」


 イタズラな瞳をしたお母様がお父様を見た。それに気がついたお父様はバツが悪そうにそっぽを向いた。


「そう言えば忘れていたよ。私もここに来るのは久しぶりだからな。前にいつ来たのか覚えてないくらいだよ。確か、子供の頃だったかな?」


 いやいや、お父様。冗談っぽく言ってるけど多分事実で、その事実もシャレになってないからね。お父様は一体いつから領地を放置しているのよ。そりゃ、ジョナサンも泣くわ。


「ジョナサンには随分と迷惑をかけているようですわね、お父様?」


 ここは娘としても一言物申す必要があるだろう。これを機会に、毎年領地に帰るように仕向けなければ。今は以前とは違い、お母様が元気なのだ。遠慮なく領地に帰っても大丈夫なのだ。


「イザベラお嬢様……! 何とお優しい。まるで奥方様のようです」


 すでに涙がちょちょぎれているジョナサン。涙もろいのかな? そんなジョナサンにルークが申し訳なさそうに口を開いた。


「済まないね、ジョナサン。本来なら私も力を貸さなくてはならない立場なのに。でも、王都でしっかりと領地運営については学んできたから、これからは力になれると思うよ」

「おおおおお! まことですか、ルーク様! それは心強い。この日が来ることをどれだけ待ち望んでいたことか。やっと、やっと肩の荷を下ろすことができます」


 ジョナサンは泣いた。よっぽどつらかったようである。本当にうちの男どもが申し訳ない。



「盗賊が出没してるだって?」


 ジョナサンの報告にルークが眉をひそめた。

 サロンでお茶会の途中ではあったが、最近のランドール公爵領での出来事を聞くことになった。みんな集まっているし、ちょうど良いだろうとの判断だ。


「そんな話、道中では聞かなかったけど……」

「確かにそうね。どう言うことからしら?」


 お母様と一緒に首をかしげる。盗賊が出没しているのなら、ここ領都以外でも被害があってもおかしくない。でも、そんな話は全くなかった。

 盗賊たちは真っすぐに領都にやって来たのだろうか? でも何で? 確かに実入りはいいかも知れないけど、一番警備が厳しく、捕まる可能性も高いはずなのに。


「現在情報を集めている段階だったのですが、別の場所では被害はないようですね。道すがら情報収集を怠らないとは、さすがはルーク様」


 手柄はすべてルークに。ジョナサンもお父様のことは諦めたようである。あ、お父様がすねてる。まあ、自業自得なんですけどね。


「ということは、領都周辺にだけ出没しているのか。どうもあやしいな。誰かに雇われているのか?」

「そんなことってありますの?」

「分からないが、その可能性も考慮しておいた方が良いかもね。とにかくまずは情報収集だ。頼んだよ」

「ハッ! おまかせ下さい」


 先ほどまでの涙がウソのように、キリッとした顔つきになった。どうやらこちらの顔が、領主代行としてのジョナサンの顔らしい。頼もしいな。どこかのお父様と違って。

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