第36話 うわさ話

 無事に王立学園に戻ってきた私たち。しかし、すぐにとあるうわさが学園内に流れ始めた。


『卒業と同時にフィル王子とイザベラ様が婚約するらしい』


 どうしてこうなった。原因はやはり、私が大地の精霊の加護をフィル王子に譲ったことが原因なのだろう。


「ああああああ……!」

「イザベラ様、大丈夫?」

「大丈夫じゃない! 何で私が妃候補を通り越して、婚約することになっているのよ」

「え? 違うの!?」

「ちがーう!」


 ユリウスはうれしそうな目でこちらを見ている。何でうれしそうなんだ。聞くのが怖いわ。まさか友達にそんな目で見られるだなんて。この気持ち、どうしたらいいんだ。

 

 フィル王子との関係を悪化させなければならないはずなのに、進展させてどうするのよ。身代わりにささげる人物の選択肢を間違ったわ。もっと別の人に……と思ったけど、適任者があの場に王子しかいなかったのよね。ああ、困ったわ。


「おはよう、イザベラ。今日も一段と美しいね」

「お、おはようございます。フィル王子」


 うわさをすれば何とやら。王子がますます磨きがかかった王子スマイルをこちらに向けた。王子スマイルも散々浴びてきたので、いい加減に慣れてきた。もう昔のように動揺したりはしないのだ。


「イザベラ、私のことは敬称呼びしなくていいと言っているのに、いつになったら直してくれるんだい? レオナールのことはすぐに敬称で呼んでいるのに」


 思い出してムッとしたのか、フィル王子が口をとがらせている。どうしよう。そんな表情を見せるのは間違いなく私の前だけだわ。こりゃうわさにもなるわ。


 フィル王子に問いただして、うわさを一掃しようと思っていたがこれはやぶ蛇になりそうだわ。このまま放置して自然にうわさが消えていくのを待った方が良いのかも知れない。

 人のうわさも七十五日。待てば海路の日和ありだわ。



 そう思っていた時期が、正直私にもありました。

 極力その話題に触れないようにしていたのだが、うわさは鎮まるばかりか、ますます広がっていた。すでに結婚式の日取りまで決まっているらしい。

 だれだ、そんなデマを流したやつ。前が見えなくなるまで殴ってやろう。


 さすがにこれはまずいだろう。私の悪評が立つのは別に構わないし、むしろウェルカムなのだが、王族のスキャンダルとしてはダメだろう。このままではフィル王子の婚約者候補すら現れないかも知れない。


 それはそれで困る。ソフィアがフィル王子を落とせるかどうかは分からないが、万が一、フィル王子がソフィアを選ばなかった場合は、王子はどこからか別の婚約者を見つけてこないといけないのだから。

 妙なうわさが立って婚約者候補がいなくなると、この国が非常に困ることになるだろう。


「フィル王子、申し訳ありませんわ。私が至らないせいで……」

「ん? 何のことだい?」


 隣の席のフィル王子はこのうわさのことを知らないのか、まったく気にしていないようである。これだけうわさになっているのに、鈍感にもほどがあるぞ。お前はラノベの鈍感系主人公か!


「いえ、ですから、私のせいでフィル王子に変なうわさが……」

「ああ、イザベラが私と結婚するって話のことかい?」

「え、ええ。そうですわ」


 知ってるんかーい! それなら何とか火消ししようと頑張れよ。王族が遺憾の意を表明すれば鎮火するだろうに。どうしてやらないんだ。うわさの出所を突き止めて、ギッタギタのボッコボコにしてこんかい! 何なら代わりにシメてきてやろうか?


「……イザベラは、嫌かい?」

「は?」


 フィル王子の質問に時が止まった。このまま時が動かなければ良いのにと、どんなに思ったことか。

 考えないようにしていたけど、やっぱりそうなのか。あああああ! 時が戻れば良いのに。時を戻そう。


「い、いえ、嫌とかそんなことは……」


 ここでこの国の王子に向かって「嫌いです」などと言える強メンタルは、あいにく持ち合わせていなかった。

 くっ、豆腐メンタルのフィル王子はどこに行った。いつの間にこんな強メンタルを身につけたんだ。

 

 私か? 私がそうさせたのか? そうだよなぁ。自分でもそう思うわ。あのとき同情したのがそもそもの間違いだったのか。バカバカ、私のバカ。


「イザベラのことはあのときから……ほら、覚えているかい? 魔法の儀式があったときのことを」


 うん、知ってた。やっぱりあのときからだよねー。アハハ、選ぶ道を間違えたのはあれからだよねー。


「あのあと、イザベラのことを私なりに調べさせてもらったんだ。そしたら私の母上とイザベラの母上が知り合いだって聞いて……」


 あああああ! お母様を元気百倍にしたツケがこんなところにまで! もしかしてだけど、最初からダメだったやつですかね?


「それで、どうしてもイザベラのことが頭から離れなくて、母上に無理を言って縁をつないでもらったんだ」


 フィル王子の声がだんだん小さくなっていく。どうやら恥ずかしい様子だ。言われている私も、顔が熱くなってきているのを感じている。

 これはあれだ。頭に血が上るってやつだ。私の顔は多分真っ赤になっていることだろう。


「だから私はこの縁を絶対に切りたくないんだ。イザベラ、すぐに答えを出さなくて構わない。私との結婚を考えてもらえないか?」


 真っすぐな澄んだ瞳をして、フィル王子が言った。

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