第10話 ツーアウトって、それマジ!?
月日がたつのは早いもので、私ことイザベラ・ランドール公爵令嬢は五歳になった。
五歳になるまでの間、私に激甘のお父様と、シスコンを完全にこじらせたと思われる兄のルークを味方につけ、公爵家の財政を破綻させようと、それはもう頑張った。だがしかし。
お母様の財布のヒモは堅かった。まるで地獄の門かのように堅かった。
いまでは公爵家の財布どころか財政まですべてお母様が握っている。家での立場は完全に逆転していた。もしこのお父様の姿を他の貴族たちが見れば、マジでビビるだろう。
「クリスティアナとイザベラに、このおそろいのネックレスはどうかな? とても似合うと思うぞ。なぁルーク」
いまの時間帯はお昼過ぎ。日本で言うところの三時のおやつの時間だ。その時間は家族みんながランドール公爵家自慢のサロンに集まって、お茶をする時間になっているのだ。
ちょうどその時間に、ここぞとばかりにお父様が、どこかの宝石商が持って来たネックレスを隣に座っているルークに見せたのだった。
高級そうなネックレスを興味深そうに見ながら、ルークは言った。
「とても良く似合うと思いますよ。でも、お母様とイザベラなら、どんなものを身に着けても似合うと思いますけどね」
「それもそうだな。はっはっは」
楽しそうに笑う男性陣の二人。それをすごみのある笑顔で見つめるお母様。
男性陣、早く気がついてくれー! どうなっても知らんぞー!
「どんなものを身に着けても似合うのなら、そのネックレスは必要ありませんね。ネックレスなら、すでに掃いて捨てるほどありますからね」
お母様はバッサリと切り捨てた。何この切れ味。村正でプリンを切るがごとくだわ。
認めよう。私がお母様を元気にしてしまったことで、公爵家が財政破綻する可能性は限りなくゼロになってしまった。まさか転生から五年目にして、ツーアウトまで追い込まれてしまうとは……。本当に申し訳ないと思っている。
お母様の一言にしょんぼりとする二人。
ルークもそんなところまでお父様に似なくても良かったのに。
確かルークは学年トップの成績だと聞いていたのだが、きっと私の聞き間違いだろう。
このやり取りは今日に限った話ではない。かなりの頻度で行われていた。もし仮にお父様の要求をすべて実行していれば、いまごろ公爵家の家計は私の計画通りに火の車になっていたことだろう。どうしてこうなった……。
まさかお母様がここまでパワフルだったなんて、大誤算だわ。「お父様が持って来た宝石の値段をピタリと当てる遊び」をしている場合じゃなかったわ。
さて、どうしたものか。正直に言わせてもらって、私は小市民である。贅沢をしていいと言われても、一体全体何を要求すればいいのかさっぱり分からなかった。そのため非常に悪いことに、これまでわがままな欲求をしたことがないのだ。
確かに、ルークに魔法の本を持って来てくれるようにおねだりしたことはあったが、持って来てくれないことが分かると、それ以上は要求しなくなった。
お菓子に関しても、太るのが怖かったので特に要求はしていない。つまみ食いはしたけど。
衣装に関しても、私にはまるでセンスがないのですべてお母様にお任せしていた。
ファッションアイコンとしても活躍している、淑女の中の淑女であるお母様に任せておけばすべて解決するのだ。
そう。いつの間にかお母様は社交界の華になっていたのだ。恐るべしバイタリティー。どうやら私は、与えてはならなかった人物に力を与えてしまったようである。
そんなわけで、お母様は私のことを「わがままを言わない素直な子」と思われているようだ。そして、どうやらお母様はそんな私を「自分と同類」と思われているようである。
「イザベラ、あなたはこんなだらしない男たちを旦那様にしてはいけませんよ」
「も、もちろんですわ!」
あ、お父様とルークがさらにしょぼんってなってるわ。相変わらず手厳しい。これはお母様には勝てないわ。
こうなっては仕方がないわね。これ以上アウトを増やさないように、細心の注意を払って行動するしかないわね。
大丈夫。まだあとワンアウト残っているわ。それがもしダメでも……まだ一回の裏が終わっただけよ。まだまだチャンスはあるわ。試合は九回の裏まで分からないのだから。
それがダメでも、レギュラーシーズンはまだまだ長いわ! 負けるもんですか。勝つまで続けるわ。
このイザベラ・ランドールの破滅フラグの多さをなめてもらっては困るわ! 学園に入ったら、ヒロインに意地悪をやりまくって、ブヒブヒ言わせてやるんだからね。首を洗って待ってなさい。打倒ヒロイン。触るもの皆傷つける勢いでやるのよ!
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