第9話 イザベラ、暗躍する
次の日から、ルークは魔法の本を一切持ってこなくなった。ガッデム! 本当に何の役にも立たない兄だ。
あのあと、どうやら私が言葉を理解しているということを、ルークのヤツは両親にチクったようである。明らかに私が言葉を理解していること前提にして話しかけてくるようになった。
そうかそうか。それならばこっちにも考えがあるぞ。遠慮せずにしゃべってやるからな! 毎晩のようにお父様とお母様が夜な夜な愛し合っていることも、みんなに話してやるからな!
そう思っていたときが、正直私にもありました。
あの日以降、私は兄ルークの部屋に寝かせられることになった。まさか裏切り者の部屋に一緒に寝かせられることになるとはね。
ちなみにルークには、チクったお仕置きとして数日間にわたって口をきかなかった。イザベラ、怒りの無言の抗議である。
それに気がついたルークが、顔を涙と鼻水でグショグショにした状態で謝ってきたので許してあげた。なおその際、私の可愛いおべべは涙と鼻水まみれになった。私はあの悲劇を二度と繰り返すまいと心に誓い、次同じような状況になったら即座に逃げる所存である。
こうして色々あったが、そろそろ私も悪役令嬢としての活動を開始する頃合いだろう。イザベラ幼少期には、絶対に建てなければならないフラグがあるのだ。
それが、父親のオズワート公爵に大量のお金を浪費してもらうこと。このときの財政破綻がランドール公爵家を窮地に陥れ、お父様が悪の道に進むきっかけになるのだ。
ルークには悪いが、彼にはまだ「皇太子殿下の側近になる」という道が残されている。実家の没落くらいはどうか大目に見て欲しい。あとはお母様がどうなるか……。
確か後日談では、お父様は男爵まで爵位が下がることになるのだが、殺されることはなかったはず。公爵家のときような贅沢三昧はできないが、田舎男爵として質素な生活を送れば、余生は十分に過ごすことができるだろう。
それにルークもいるしね。さすがに多少の支援くらいはしてくれるはずだ。
そして早速、カモがネギを背負ってやって来たわ。ケツ毛までむしり取ってくれよう!
「イザベラ、こっちの宝石がいいかな? それともこっちかな?」
娘に激甘のお父様が私に宝石を与えようとしている。こんな赤子に宝石を与えてどうする気なのかは存ぜぬが、全部まとめて大量にもらってやんよ!
私は小さな両手を差し出した。両方ちょうだいのポーズである。苦しゅうないぞよ。
「オズワート」
部屋の中に冬の嵐のような冷たい声が響いた。
「うん? どうしたんだい、マイハニー?」
ゲゲー、お母様! この声色は怒りのママンの声だ。間違いない。
「マイハニー? じゃないわよ。あなた、一体何をイザベラにあげようとしているのよ」
「宝石を……」
「ダメよ。そんなものをイザベラに与えたりしては。飲み込んだりしたらどうするの」
おお、確かに。極めてお母さんらしい言い分だわ。うまい具合にお父様の出鼻をへし折ったわ。だが、私も負けてはいられない。負けられない戦いが私にもあるのだ。
「ちょーらい!」
可愛く両手をさらにつき出した。
効果は抜群だ。お父様がそうだろう、そうだろうとうなずいている。
「イザベラ~、これはお菓子じゃないわよ~。オズワート、すぐにそれをしまいなさい! イザベラが食べたそうにしているでしょう」
いやいやいや、いつから私、食いしん坊キャラになってるのよ。確かにルークの部屋に隠してあったお菓子を勝手につまみ食いしたことはあるけど、今回は違うわ。私は本気よ! 別に宝石の形をしたアメちゃんが欲しいわけじゃないのよ!
しかし、お母様のただならぬ気迫に負けてしまったようである。お父様はスゴスゴと引き下がった。
もう少し頑張らんかい! ダメだこの父親、早く何とかしないと……。
うん、まずいわ。この場にお母様がいると非常にまずい。ここはルークをけしかけて、お母様をどこか遠くへ連れて行ってもらうべきじゃないかしら?
くっ、それなのに。こんなときにどこに行っているのよルーク。こんなときくらいしか役に立たないのだから頑張りなさいよ。
私がルークが来るのを待ち望んでいる間に、両親の話はますます悪い方向へと進んでいった。
「あなたにお金をわたすと、とんでもないことになりそうね。そうでなくとも、いまのランドール公爵家は、領地の発展が停滞気味で収入が減っていると言うのに。いい加減に公務を減らして、領地に帰ってはいかがですか?」
なおもお父様に詰め寄るお母様。危うしパパン! 頑張れパパン!
「それはできない。我が友が大変な目に遭っているのだ。見捨てるわけにはいかん」
キリッとした表情でお母様を見つめたその姿は、紳士の中の紳士。大変ダンディで、公爵としての風格あるその姿は、先程のまでのダメ親父っぷりがまるでウソのようである。
ちなみにゲームでは、お父様は最終的にその友を裏切ることになるのだけどね。悲しいけどこれ、運命なのよね。
「どうしていつもそのお姿でいられないのですか」
思わずお母様がため息をついて頭を抱えた。私もそう思う。お父様はしょぼんとなった。
そんなお父様を横目に、お母様は私を抱きかかえた。もしかして、本当に私が宝石を食べるかも、とか思ってない? そんなことしないから! ギブミージュエル!
私の前世の知識が正しいのならば、確かおじい様が生きていた頃は、領地をおじい様が、公務をお父様が受け持っていたはずだ。
しかし、おじい様が病気でなくなってからは、おじい様の右腕だったジョナサンが領地の運営を一手に引き受けていた。
だがジョナサンは公爵家の血筋ではない。そのため権限が弱く、領地を現状維持するので精一杯だった。名前はすごくかっこよくて、何だか特殊な能力を持ってそうなのにね。
周囲の領地が発展していくのに対してランドール公爵領は停滞。相対的に見れば衰退しつつあると言っても良かった。
兄のルークが成人すればその辺りの問題が改善するのだが、成人まではあと十年は必要だろう。本来であれば、それまでは質素倹約に努めなければならないはずだ。「無駄遣いなどもってのほか」なのだ。そう、イザベラがいなければね!
そこで私の登場だ。悪役令嬢として華麗に無駄遣いをして、ただでさえ苦しい領地運営にトドメを刺すべく、活躍せねばならんのだ!
「それじゃあイザベラ、こっちの服がいいかな? それともこっちかな?」
赤子に無駄に洋服を買い与えようとするダメ親父! いいわよ~、その姿勢。嫌いじゃないわ。
「あなた」
一気に部屋の温度が氷点下以下まで下がったような気がした。
いや、「気がした」じゃない。ほんとに氷点下以下にまで下がっているわ!
お母様に抱かれている私は何ともないけど、お父様の鼻の下にある立派なお髭が凍りついているわ。これはまずい。アイツ、死んだわ……。
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