第3話:不安・ソランジュ視点

「どこに行くつもりだ、ソランジュ嬢。

 貴女とはまだ話さなければいけない事があるのだよ」


「申し訳ありません、国王陛下。

 大恩ある国王陛下に対して失礼なのは重々承知しているのですが、セヴリーヌの目つきと態度に不審なモノを感じてしまいました。

 何か企んでいるかもしれません。

 直ぐにナルシス様にご相談して対応策を考えたいと思ったのでございます」


「そういう事ならなおの事この場に残りなさいソランジュ嬢。

 残念な事だが、まだ一人でこの城の中を動き回るのは危険だ。

 どこにシュザンヌとオディロンの手先が潜んでいるか分からない。

 この場にいる方が余の近衛騎士がたくさんいるから安心だ。

 それにシュザンヌとオディロンには余の手の者に監視させておる。

 だから何の心配もない」


「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、私が心配になったのはセヴリーヌです。

 あの目つきと態度には背中に冷たいモノが走ってしまいました。

 セヴリーヌを一人にすると何をしでかす分かったモノではございません」


「ああ、その事か、その事なら何の心配もいらぬ。

 セヴリーヌに関してはナルシスが罠に嵌めると申しておった。

 ナルシスほどの智謀の士が罠に嵌めると申しているのだ。

 大船に乗ったつもりで安心して待つがよい」


 本当に大丈夫でしょうか。

 確かに国王陛下が申されるように、ナルシスなら間違いないような気がします。

 大陸一と噂される智謀だけでなく、王国でも有数の剣の使い手でもあります。

 ただ同時にナルシスは大陸一の美貌とも称えられています。

 あの邪悪で強欲なセヴリーヌなら、ナルシスを手に入れるためならどんな悪逆非道な手段も厭わない事でしょう。


 もし、もしナルシスがセヴリーヌに取り込まれてしまったらと思うと、本当にナルシスが誘惑されてしまったら、私は気が狂ってしまうかもしれません。

 父上が健在な幼い頃から婚約していたナルシスとは幼馴染でもあります。

 幼い頃から天使のように美しかったナルシスに比べれば、私はいたって平凡な、いえ、地味そのものの顔でした。

 それが私にはとても辛かった。

 ナルシスの側にいるのが本当に嫌な時期もありました。


 でもそんな私に、いつもナルシスは変わらぬ笑顔で接してくれました。

 天使のような笑顔で私を優しく包んでくれました。

 でもナルシスは優しいばかりの人間ではありません。

 あれで結構意地悪で激烈な気性を隠しているのです。

 天使の仮面の下には伝説の鬼のような激しさがあるのです。


 一度私の地味な顔を聞こえよがしに悪口を言う子爵がいました。

 その子爵に対してナルシスは烈火のように怒りをぶつけたのです。

 私の婚約者を侮辱したモノに決闘を申し込むと。

 まだ幼いナルシスからの決闘の申し込みでしたから、誰もが冗談ですませようとしましたが、ナルシスは頑として譲りませんでした。


 数日大人たちがどうするべきか話し合っている間に、決闘騒ぎが社交界中にその原因と共に広まってしまいました。

 王国中の騎士戦士が全員ナルシスの勇気と騎士道精神を褒め称え、代理人になりたいと志願してくれました。


 もう子爵が生き残れる道は私に詫びてナルシスに許しを請うしかありません。

 幼いナルシスから受けた決闘の申し込みを、血に跪き泣きながら許しを請うた子爵は社交界中から笑い者となって消えていきました。

 それ以来私の容姿をナルシスと比べるような愚か者は現れていません。

 私にとってナルシスは絶対に失えない方なのです。

 どれほどナルシスの事を信じていても、この不安をなくすことなどできません。

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