今日もまた、日が沈む。
エミル 1
「大丈夫……?」
少年の声が聞こえ、少女は目を開いた。
頭がぼんやりとする。思うように体が動かない。少年の顔を見て、思わず手を伸ばしたかったのに、できなかった。意識だけがそこにあって、それ以外の自分が全部、消滅してしまったかのような、そんな感覚だった。
撃たれたからだ。彼の手にした銃から放たれた弾に、魂もろとも撃ち抜かれた。
正面に見える彼の目に涙が浮かんでいるとわかって、ふふと少女は笑う。優しく声をかけた。どうして、あなたが泣いているの、と。
「エミル、これを」
少年が、小さな包みを取り出した。それは何、と今にも消えそうな声で少女は訊ねる。
「薬だよ。少しは楽になると思う」
そう言って、少年は包みの中の丸薬を、少女の口に含ませた。
体にあった倦怠感が、すっとなくなった。気がした。それでも、意識はやっとといった様子で保っていた。たしかに、気分は少し楽になったかもしれない。そう、少女は思った。
王宮の冷たい床を背中に感じたので、ああ、私は今、倒れているんだな、と気づく。ただし頭には違う感覚。彼に抱えられるようにして、少女は寝ていた。
「膝枕……」
呟くと、少年は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「楽でしょ?」と、恥ずかしさを抑え込んだような愛らしい顔つきで言う。
「経験があるの?」と少女が返すと、少年は決まりが悪そうに目を逸らした。
「実は、この前」「浮気だ」「そんな」
少年が微笑む。柔らかく弛む彼の表情には、大業を成し終えた後のような、達成感と脱力感と安堵感がごちゃ混ぜになった清々しさがあった。
その様子を見て、元気そうでよかった、と少女は心から思った。
少年は、あの日のことを思い出しているようだった。村を抜け出し、森に出かけた、あの夜のことを。
忠告を守らなくてごめん、と、そして、俺のためにありがとう、と、何度も涙声で繰り返す。それを、少女は安らかな気持ちで聞いていた。
頬を涙が伝う。同じように少女も、泣いていた。
ここまでくるのに多くのものを巻き込み、犠牲にし、彼のためにとはいえ、たくさんの罪を重ねてきた。体にずしりと、のしかかるものがあった。心がズキズキと痛かった。それでも、毎日のように、彼との再会を強く望んでいた。そんな思いが、やっと報われたような気がした。
ゆっくりと瞼を閉じる。
視界が黒に覆われたことで、ふと少女は、暗闇を思い出した。王都の城にある地下牢の静かな闇を。
薄れゆく意識の中で、少女の頭にはこれまでのことが、走馬灯のように蘇っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます