ドロシー 5
ユウトが目覚めた次の日、ボクは彼を連れて王都へとやってきた。無論、ラプラスの野望を阻止するためだ。彼も覚悟を決めていたらしい。その妨げになるかと思ったから、夢のことは伝えなかった。
中央区の通りから、城を見上げる。門までまだ距離はあるが、それでも存在感があった。王都を見下ろし、この街で起きるあらゆることは見ているぞと言っているかのように、天高く城はのびている。
空は薄暗い雲で覆われていた。何かの予兆だろうか。
ユウトが薄気味悪いな、と呟いた。そうだね、と適当に返事をする。
そんな彼の予感を表したかのような悲鳴が、東区の方から聞こえてきた。機械生命体が攻め込んできたらしい。通りの向こうに見える、中央区と東区とを隔てる門の周りに人だかりができていた。そこでは王都の騎士たちと街の人々が密集していて、避難を促す勇ましい声や恐怖に駆られた叫びが錯雑して飛び交っていた。
その様子を見て、ユウトがボクの名前を呼ぶ。
ああ、やっぱりこうなるんだ。ボクは呆れ気味に息を吐いた。
ユウトは言った。彼らを助けないと、と。ラプラスのことを優先すると決めたばかりなのに、彼は目の前の人々のことを見捨てられないらしい。
面倒だな、とは思った。ただ、胸の中の葛藤を無理やり抑えているような、悲しそうな、困ったような、願うような顔が、どことなくユーリの姿と重なる。彼の姿はユーリそのものだから当然なのだけれど、自分がおとりになるからと、後で必ず合流するからと、レオを説得して飛び出していった彼の背中を思い出してしまった。
このまま彼を行かせてもいいものか。ユーリと同じ轍を踏みはしないだろうか。ボクは心配になった。
——いや、それはおかしい。
人間を心配するなんて、らしくないじゃないか。だいたいボクは、この世界がどうなろうと、どうだっていいはずなのだ。
たとえラプラスの思惑通りに物事が進もうと、ここで見送ったユウトがうっかり命を落としてしまおうと、ボクには関係のないことなのだ。
ボクには、欲望がない。それは、生き物の存在意義として間違っているのだけれど、もとより、特別な生まれ方をしてしまったボクにとって、ボク以外のすべての事柄には意味がない。意味がないからこそ特別視しない。特別視しないからこそ寄り添わない。
寄り添わないからこそ、愛さない。
——いや、それも違うか。
ボクは寄り添っていた。初めから人間たちに寄り添って行動していた。
レグルスをこの世界に送り届けた時だって、レオとユーリを導いた時だって、ユウトを心配した時だって、ボクは人間たちのことを愛していた。それは魔女としての名を失うことにはならないだろうか。
ボクは魔女としての名を保っている。だが彼らを愛してもいる。これらは相容れぬものではないのだろうか。魔女の制約から外れた感情ではないのだろうか。
わからない。だが、わからないなら、それでいい気もしてきた。自分の存在意義だなんて、そんな難しいことは考えず、もっと世界は単純でいいんだ。ただ、ボクがそうしたいかどうか。そう生きたいかどうかで、決めればいい。それが欲望というものだ。それがボクの原動力だ。気まぐれな魔女ドロシーにとっての、生きるということなのだから。
「いいよ。どうせ王都の騎士たちは、騒動が収まったら、その後始末に忙しくなるだろうし。その隙にエミルのところに向かおう。ボクは城の門の近くで待ってるから、行ってきなよ」
そう言って、ユウトに剣を渡した。ユーリの使っていたものだ。さすがに手ぶらというわけにもいかないだろうから。
胸にあった不安の霧は、吹き去っていた。あの時のユーリは、やけになっている節があった。自分はもうすぐ死ぬ。だからせめて誰かの役に立とうと、そんな様子だった。
でも、今のユウトは違う。彼には確固たる目的がある。世界のため、エミルのため、なんとしても彼女に会うまで生きなければならない理由がある。
門の近くにある植木の陰に、ボクは座り込む。大丈夫だ。ボクの悪い予感は大抵、当たらない。彼は戻ってくる。だから、ここで待っていればいい。
辺りは静かだった。東区の方から聞こえていた悲鳴もいつの間にかなくなっていた。もたれかかった幹に溶け込み、植物の一部になってしまったのではと思えるほど、落ち着いた気分だった。ふう、と安心したかのように息を吐く。なんか疲れちゃったな、と。
人の気配がした。ユウトが戻ってきたのかなと思って見ると、少女がいた。アイナだ。ここで何をしているのだろうか。昨晩、ラボを訪れた際にマーベラスの話を聞いていた。それをヒントに、地下牢にいた少年のことをあれこれと考えたはずだ。
でも、彼女たちが真実を知っているとは思えない。今、気にしていることといえば……そうか、王様殺しの事件のことだ。彼女たちは、まだ明確な答えが見つかっていないのだ。王宮魔術師がラプラスであることも、知らないだろうから。
ボクは立ち上がり、柱の陰に隠れるようにしながら彼女に近づいた。
「やあ、久しぶりだね」
声をかける。どこまで話そうか迷った。せめてラプラスの思うがままにされないよう、警戒させておく程度でいいのだろうか。
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