朝が輝く。
ドロシー 1
――リフナ村でユウトと別れた後、ボクはアークの街に向かった。
この街では、「機械生命体」と呼ばれる人工的な生物たちが跋扈し、人間たちは「スラム」という、とても快適には生きることのできないような場所へと追いやられていた。
スラムにいる人間は、ざっと数十人ほど。聞くところによると、ここにいる者以外の街の人間は皆、突如として街に現れ、襲いかかってきた機械生命体たちに殺されてしまったらしい。男や女、老人に子どもまで、様々な人間がいた。彼らは互いに協力し合い、生き延びていた。
スラムには灯りがない。夜になると、夜空から降る月明かりだけが視界の便りだった。きょろきょろと、辺りを見回す。彼の姿を見つけた。
「やあ、おまたせレオ」
「……いや、早かったな」
寂しそうな顔で月を見上げていたレオは、ボクを見るなり、ぽつりと言った。
「まあ、結果から言うとね――」
「ドロシーの予想通りか」
「うん。ユーリは、もういないみたいだ」
レオは黙り、足元を見つめた。言葉はなかった。きっと、あの日のことを思い出しているのだろう。
あの日——それはボクたちが、この世界にきた日のことだ。
王都に着き、これからどうやってクラウンを手に入れようかという時に、まるでボクたちがくることを予期していたかのようなタイミングで、レオニール率いる王都の騎士たちが現れた。彼らから逃れるために、一度、二手に別れたボクたちだったが、それが間違いだったと、後から気づくことになる。
ボクとレオを逃すためおとりになったユーリが、騎士たちに捕まってしまった。
いつまでも待ち合わせ場所に来ないので、ユーリの身に何かあったのではないかと探っていると、そう王都の騎士たちの間で囁かれているのを、ボクたちは知った。
どうしたものか。話し合ったボクたちは、レオの顔がレオニールと同じだということもあり、このまま王都に留まるのはまずいと判断して、アークの街へと移動した。それが、この街にやってきた経緯だ。
そして、アークで機械生命体に襲われたり、スラムに流れ着き、この街の事情を教えてもらったり、しばらくは彼らの生活を助けようと今後の行動を決めたりしていく中で、ボクの頭の中に啓示のようなものが生まれた。
――ユーリの魂が、この世界から消えた。
彼と契約をし、魂で繋がっていたボクだからこそ、その感覚があったのだろう。とにかく、ユーリは王都で殺されてしまったか、あるいは、自ら命を絶ったか、死んでしまったことを感じた。
レオに告げても、信じてはもらえなかった。実際、ボクも半信半疑だった。この感覚は初めてだったから、よけいに。
だから、彼の様子を見に行くことにした。もちろん、ボク一人だけで。
偶然、王都の街で見かけた騎士の少女に協力してもらい――彼女は初めこそ警戒していたけど、不思議なことに、すんなりと手を貸してくれたわけだが――地下牢に向かった。
牢屋の中で眠る少年は、姿は確かにユーリなのだけど、まったくの別人だった。魂が違う人間のような気がした。でもボクは、彼を連れ出した。その正体は「ユウト」という少年だった。ああ、別人の魂が宿っているのか、と悟った。
「外見は、確かにユーリだった。でも体に宿っている魂が違う。人格も、ユウトという名の少年だったよ。王都で指名手配されているみたいだからね、とりあえず、この世界でのリフナ村に預けてきたんだけどさ」
「そうか」
レオは、やはり悲しげな表情を浮かべた。
通りを、見やる。建物の陰で身を寄せ合うようにして眠る人間たちの姿があった。家族なのだろうか。でも彼らは、まったくの赤の他人であったとしても、拒むことはしない。ボクたちを快く迎えてくれたように。
こんな状況下でも、彼らは彼らにとって一番大切なものを手放そうとしなかった。それは人との繋がりだ。異端を受け入れることのできる寛大な心だ。ボクにはわからない。きっと、この世界で人間だけが唯一持つ、魔女にはない力なのだろうから。
「ここでは、うまくやれてる?」
「ああ。こんな新参者にも、気を遣ってくれている」
レオが、きりりとした顔でボクを見た。
「居心地悪い?」
「いや、そうでもない」
「それなら、よかった」
言おうかどうか、迷ってはいた。
もとより、ボクはそんなことを気にする性格ではない。それはボク自身がよく知っている。でも、ユーリやレオと一緒にいる中で、そういった、人間らしい思いやらのようなものに興味が湧いてきた。自分のためじゃなく、また、気まぐれでもなく、ただ誰かのために尽くす。そんな精神が美しいと感じ始めていた。
だから、彼らに倣ったつもりではないけど、一応、告げておこうと思った。
「ちょっと出掛けてくる」
「どこに、と訊ねてもいいのか?」
「彼と一緒にいてね、少し思うところがあったんだ。それをたしかめに行こうかなって。どれだけかかるかはわからないけど、もしかしたら数日は帰ってこないかもしれないから、ね」
「……ああ、わかった」
レオが静かに頷く。察してくれたのかもしれない。これは、クラウンを手に入れることよりも重大なことで、きっと何よりも優先すべきことなのだと。
月の光が、ボクたちを照らす。地面が光をのみこみ、闇色に染まっていく。魔女のボクに限ってこんなことはあり得ないのだけど、この街には、どことなく居心地の悪さのようなものを感じた。
昔の自分を――つまり、クラウンによって、この世界に生み出される前の、暗闇の中で意識だけで生きていた時の寂しさのようなものを思い出すからだ。
もう、行くね。ボクはレオに別れを告げ、スラムを離れた。
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