ドロシー 3

 ジークをアークの街へ送り届けた後、ボクはアイシャのラボに戻った。

 ——巨大樹の陰に、ラプラスが、いた。

 アイシャの予想した通りのことが起きていた。アイシャの姿もある。二人は話をしているようだった。ボクは近くの茂みに身を隠して、耳をそば立て彼女たちのやり取りを盗み見ることにした。

 不穏な空気感が伝わってきた。アイシャはへらへらとしているが、ラプラスはというと、そうでもなかった。きっとアイシャを睨み付け、眼光だけで制しようとしているふうだった。

「ドロシーは、どこにいますか?」

 厳しく叱りつけるような、それでいてじっとりとなじるような声音で、ラプラスが言う。やはり、そうだ。その声からも、魔女としての名残は感じ取れる。しかし、今アイシャと向き合って話している彼女は、ラプラスだけどラプラスじゃない。そんな違和感を与える響きの声だった。

「ドロシー?私の研究の協力者に、そんな名の者はいないよ」

 アイシャは淡々としている。彼女からしてみれば、向き合っている相手は本当に魔女なのかどうか、はっきりとはわからず曖昧なのだろうに。それでも、まったく臆していない態度だった。

「とぼけても無駄ですよ。ドロシーのいた気配が、この辺りにあります。私の目は、誤魔化せません」

 ラプラスが鋭く、言う。

「それは、君が魔女だからかい?」

 アイシャが、やはり軽々しさを装って、しかし強気に返すと、ラプラスはわずかに目を大きくさせた。

「……知っていたのですか?」

「確信はなかったよ。今、君のその反応に教えてもらうまではね」

 アイシャは、得意げに言い放つ。

「なるほど、そうでしたか。いえ、私は魔女ではありません。もう、その名は失いました——私には、ユウトがいれば、それでいいのだから」

 ああ、そういうことだったのか。ずっと頭の片隅に引っ掛かっていたものが、ぽろりと取れた。そんな気持ちよさがあった。

 ボクの前には、長い道がまっすぐ一直線に延びている。辺りは暗い。目の前に壁があったからだ。

 どうしてなのか。何が原因なのか。そう考えるたびに立ち塞がっていた難解な謎を示す巨大な壁だ。そんな壁が、今、音を立てて倒れていった。そして、倒れた壁は後続へも影響を及ぼして、連鎖するようにどんどん倒れていく。やがて道は開き、彼方の光が拝めるようになった。

 すべての謎や疑問が、この事実一つで解決してしまった。この事実は、ありとあらゆるものに繋がりがあったのだと驚愕する。そして、その繋がりを意図的に保っていたのは、他でもないラプラスだ。すべてはユウトのために。その想いだけを胸に。

 ——つまり、魔女の制約だ。

 ラプラスは、ユウトのことを、自分にとっての特別な人間として認めていた。

 それはボクたち魔女が、この世界に存在する上で定められた掟のようなもの、守るべき決まりごとに叛く行為とも言える。

 だから、ラプラスは魔女としての名を失ってしまっていた。彼女のことを感じ取りにくかったのは、そのせいなのだろう。

 ——それからのことだけど、結果から言うと、アイシャが殺されてしまった。

 二人は言い争いを続けていて、もっとも、ラプラスだけが熱くなる展開になっていたのだけど、やがて溜まっていた空気が一気に流れ出し破裂したかのように、事態は急に動いた。

 アイシャの体がぶわっと浮かんだかと思うと、ものすごい勢いで後ろへ吹き飛ばされ、木の幹に打ち付けられた。

 ぱたりと、うつ伏せに倒れた彼女は微動だにしなかった。すでに絶命したらしい。こんなにも呆気なく死んでしまったのかと、ボクは思った。

 そもそも、ラプラスはどうしてアイシャを殺したのだろうか。彼女たちの話を聞いていて、おそらく口封じのためだと推測した。

 ボクが考えていた通り、ラプラスはアイシャに協力を持ちかけていたらしい。地下牢の少年——ユーリの体にユウトの魂を入れる。ユウトを蘇生させる計画を手伝うようにと。そして計画は成功に終わった。

 だが、ユウトは姿を消した。

 ボクが連れ出したわけだけど、ラプラスにとっては不測の出来事だったに違いない。ボクの名残を感じ取り、アイシャの仕業と勘繰ったのかもしれない。しかし、その点においてはアイシャは無関係であるし、彼女からボロが出るとも思えない。それでも、どのみちラプラスの思惑を知る唯一の人物だ。好き勝手にされる前に手を打っておこうと、そう結論を下したのだろう。

 それよりもボクが気になったのは、ラプラスの見せた力の方だった。

 アイシャを吹き飛ばした時、ラプラスの伸ばした手の先に、白い光が揺れているように見えた。おや、と思う。見覚えのある光だ。呑みこむものすべてを崩壊させる、恐ろしい破壊の力を持った輝き。

 真相はわからない。だけど、ボクの知らないところで、彼女が何かよからぬことを企てていることは目に見えてわかった。

 しばらく、彼女の動向を探ることにしよう。そう、ボクは思った。

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