日が輝く。夜は静かに眠っている。
ユウト 4
悪夢のような光景だった。
王都の街が炎に包まれた。そんな瞬間を目の当たりにしてしまった。
目が覚めた時、それが夢であると気づいた。あまりに生々しく、身に迫る恐怖であるように感じ、気持ちの悪い汗をかいていた。
頭痛がする。手がわずかに震えていた。呼吸も乱れていた。
ただの夢。そう言い切ることができるのならどれだけよかったことか。ユウトは頭を抱えた。
「未来の、光景……」
昨晩、ドロシーと交わした会話の内容を思い出していた。
未来を見ることができるラプラスという魔女の力がその目に宿っているのだと告げられ、ユウトは困惑していた。
幼い頃から、少し先に起きる出来事を予知できる力があった。しかし、それは制御のできない力であり、見たいと思うものを見ることができるわけでなければ、見なくてもいい、これから起こる悲劇を見てしまうこともあった。
今回の夢もそんな悲劇の一つなのではないかと、ユウトは不吉に感じていた。王都の街の崩れ落ちる姿など、とても考えられなかった。
ベッドから体を起こす。
外は晴れ模様だった。木々の間から覗く晴天が嫌になるくらい清々しい。
そういえば、と夢で見た景色を思い返す。
夢の中の自分は、崩壊した王都の街を彷徨っていたが、途中で、二人の人物と出会っていた。
一人は、いかにも王都の騎士といえる外観をした男で、鋭い眼光とダークな雰囲気が特徴的な人物であった。
もう一人は、どこかで見たことのあるような大きな三角帽子と長いローブを身に纏った、おとぎ話に登場する魔女のような格好の少女だった。可愛らしい顔立ちをしており、あどけなさと図々しさが同居したような性格をしていた。
あれは、間違いなくドロシーだ。
どうして彼女が夢の中に出てくるのだろうか。ユウトは疑問に思った。夢が未来の光景だとするならば、あれは未来に生きるドロシーの姿なのだろうか。
部屋を出る。
階段を下りたところで、ララティアさんの姿が見えないなと思い、外へ出た。
広場から声が聞こえてくる。見ると、人集りができていた。
何事だろうか。ユウトは広場へと足を運んだ。
————
嫌な予感は当たるものだと、ユウトは思った。
昨日の予知を彷彿とさせるように苦しむララティアの姿が、ユウトの前にあった。
顔が赤く、息遣いが荒い。
聞くところによると、彼女は昔、何者かに呪いをかけられたことで時折、こうして苦しむことがあるとのことだ。
しかし、今回のようにひどい発作が出たのは初めてだそうだ。いつもは特別な魔石を用いて呪いの症状を和らげているそうなのだが、その効果も薄いようだった。
両手で胸元を抑え、苦悶の表情を浮かべる彼女を、皆が黙って見つめていた。どうすればいいのだと困惑している様子だった。
「彼女のところに、行かなければ……」
誰かが、そう呟いたのをユウトは聞き逃さなかった。
「ララティアさん、助かる方法があるんですか?」
ユウトはその人物を捕まえて、訊ねた。リフナ村の中でも特に歳を重ねていそうな、威厳のある皺を顔中に刻んだ、小柄の老人だった。
「可能性はある。やつの元へ行けばな。そもそも、ララティアの呪いを薄める魔石も、そやつに譲ってもらった物だ」
老人は指を立てた。
「どこにいるんですか、その人物というのは?」
ユウトは老人の両肩に手を置き、正面から向き合った。
「さあな。ララティア以外、彼女に会ったことはないからな。よく知らないのだ」
老人は眉根を寄せる。村の外から来た人間を信じていいものなのかと、未知の獣を前に慎重に立ち回る騎士のような、強い警戒心を抱いているように見えた。
ユウトは老人から手を離す。すみません、とララティアに群がる集団から距離をとった。
彼女のために何かしてやりたいという気持ちは山々だった。だが、ここで余計な詮索や口出しをして、村の皆に迷惑をかけたくはなかった。
「して、ララティアよ。彼女はいったいどこにいるのか、お前さんにはわかるか?」
「……ここから北の方角に、『コユグの木』という大きな樹木があります。その近くにある一軒家に彼女はいます」
ララティアの声が、広場を去ろうとしたユウトを引き留めた。
「……ただ、彼女は人と接することを好みません。魔除けの結界を展開しているはずです。私のために、皆さんに無理はさせられません。私が直接、彼女のもとに……」
「心配するな。今は安静にしておれ」
苦しく息を吐きつつ、起き上がろうとしたララティアの体を村の者たちが支える。ララティアは「すみません」と言い残し、そのまま家の方に連れて行かれた。
魔除けの結界。ユグド村にも同じものがあったことを思い出した。
結界は、近くの森に住む獣や魔物を村に近づけさせないための魔法だ。エルフは魔物に種別され、この結界には耐性がない。だから彼らがその人物の元へ行くのは困難のはずだ。
そう。だから。
「俺が行くしか……」
ユウトは踵を返す。
早足で広場に戻った。
————
リフナ村を出て、どれだけ経っただろうか。ララティアの言っていたコユグの木を見つけた。
根元から見上げると、枝葉が空を覆い尽くしていた。地面から突き出た根に足を取られて転びそうになる。体を幾つ連ねても足らないほど太いその幹からは、長寿の生命に似つかわしい自然の逞しさが伺えた。
辺りを見回した。
コユグの木が大地から得られる栄養や魔力をすべて吸い取っているのだろうか。一帯には草木があまり生い茂っておらず、心なしか近くにある植物たちも元気がなく、砂漠で干乾びて水を求めている旅人のように弱って見えた。
この辺りにある一軒家にララティアの目的の人物がいるとのことだが、それらしき建物は見当たらなかった。
「ここで何をしているんだ?」
背後から何者かの声が聞こえ、振り返る。丈の長い白衣を羽織った赤い髪の女性が、呆れたような顔でユウトを見つめていた。
「誰、ですか?」
咄嗟に、目の前に現れた女性に訊ねる。背が高く、目つきの悪い人物だった。
「君こそ誰だ?ここは人が立ち入ることが許されていないエリアだと思うが……」
「実は事情があって、この辺りにあるって聞いた一軒家を探しているんです」
「事情って、もしかして、ララティアのことか?」
「え、ララティアさんのお知り合いの方ですか?」
見たところ、エルフではなく人間のようだった。ブロンドな髪色、綺麗な白い肌、先の尖った耳など、そういった特徴は見られない女性だった。
「さあね。というより、まず私の質問に答えてもらっていいか?君が誰なのかって質問にね」
「あの、俺ユウトっていうんですけど、ララティアさんとは少し付き合いがあって、というか、お世話になっていて。今、彼女の身に危険が起きていて、それで――」
喋っている途中で、この女性が実は王都の人間で、王様殺しの犯人像と似通った外見の自分に声をかけ、情報を引き出すために鎌をかけようとしているのではと一瞬、考えた。
だが、ララティアの名前を出されては、彼女の関係者とみて間違いはないだろう。そもそも王都の騎士である人間が、こんな場所に武器も持たず、ラフな格好で一人でいることは不自然ではないかと思い直す。
もしかすると、ララティアの言っていた人物というのは、この女性なのではないか。そう感じ始めていた。
「なるほど、今はそういう状況か……」
陰険な表情を浮かべながら、女性は呟いた。「おそらく、ララティアに頼まれたのだろう?彼女の身にかかった呪いについて、それを解くための方法を聞いてきてくれ、とでも言われて」
「というより、今その呪いのせいで苦しんでいるようなんですけど……」
「ああ、そういうことか。前に渡した魔石は、もう効果がなくなってしまったのか」
その言葉を聞き、ユウトは確信した。目的の人物はこの女性であると。
「あの、ララティアさんを助けるにはどうすれば――」
「助ける?なぜだ」女性が言葉を遮る。
「なぜって、今でもララティアさんは苦しんでいて、このままだと最悪な事態になりかねないし……」
「最悪な事態になったとして、君は何か困るのか?」
「あの、あなたが何を言っているのか、わからないんですけど……」
気難しい人なのかなと思う。しかし、ユウトに向けた視線には明確な敵意などはなく、嫌味を言っている様子ではなかった。
だからこそ余計にわからない。理由はわからないが、どうも彼女とは考え方が食い違っているようだった。
「一つ聞くが、ララティアとは誰のことだ?」
「は?誰って、リフナ村の村長さんですけど……」
何をとぼけているのだろう、とユウトは思う。
「では、君は誰だ?」
「誰って……だから、ユウトです」
「そうだ、君はユウトだ。ララティアとは違う存在だ。彼女の身に危険が迫っているからといって、君には関係のないことだろ?だから訊ねたんだ、なぜ助けようとするのか。そして同様に、私にも関係のないことだ。ララティアが呪いで苦しんでいようが、元気に子どもたちと遊んでいようが、どうでもいい。興味がない」
言葉が出なかった。本気で言っているのかと疑う。他人を思いやる心をまったくと言っていいほど持っていない、なんて冷酷な人物なのだと思った。
睨み返すようにして、女性の顔を見上げる。眠たそうに目を擦っていた。
この会話自体、興味がない。退屈だといった様子が、彼女の態度に表れているようだった。
「じゃあ、前はどうして魔石を譲ったりしたんですか?」
ユウトは負けじと言ってみせる。
「利害の一致、と言えばいいか。ああ、私は研究者でね。こちらにも色々と事情があって、まあ簡単に言うと気まぐれだ」
「今回はそういった気まぐれはないんですか」
「条件による、かな」
「条件?」
ユウトが首を傾げると、女性はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「アークという街を知っているか?」
「アーク・トゥルス・シティのことですか?」
「そうだ、そのアークだ。ここのところ音沙汰ないし、文明が滅んだという噂も聞くんだが、あの街には機械生命体とやらがいるらくてね。それに少しばかり興味があるんだ」
ララティアには興味がないと言っていたのに、自分の研究ためにその機械生命体とやらのことは気になるのか、と言いかける。
「やつらは文字通り、機械でできた生き物らしい。開発者が誰なのか知りたいところだが、何よりも機械生命体そのものに興味がある。やつらのコアを取ってきてほしい」
「コア?」
「やつらの体のどこかに埋め込まれている鉱石のようなものだよ。外の空気に触れると発光するから、すぐにわかると思う」
「埋め込まれているって、そんなのどうやって手に入れるんですか」
「やり方は任せるよ。手っ取り早いのは、やつらの体を破壊すればいい」
「破壊って……」
機械であり、人工的に生み出された存在とはいえ、仮にも生命ではないか。
ララティアを見捨てようとしたり、簡単に破壊を口にしたりと、どうしてこうも命に無頓着なのか、ユウトには理解ができなかった。
「ちなみに、私は彼女の呪いを解く方法を知っているよ。急いだ方がいい。私の気が変わらないうちにね」
彼女の考えは理解できない。だが現状を打破するためには、言うことを聞くほかないと思った。何より、ララティアさんのためだ。タイムリミットも、それほど長くはないのだから。
「……わかりました。コアを取ってきて、ここに戻ってくればいいんですか」
「ああ。だがおそらく、その頃に私はいないだろうから、私の研究の協力者を待たせておくよ。その子に渡しておいてくれ。アークはここから北にまっすぐ進んだ先にある。頼んだよ」
ユウトは息を吐く。どうしてアークまで行かなければならないのか。そんなことになってしまったのか、と。
「おいおい、何を今さら躊躇っているんだ。君の見た未来を変えられるかもしれないんだよ」
「え、なんでそれを知って――」
「まじか。ちょっと鎌をかけてみただけなんだが、わかりやすいな君は」
女性はクスクスと、愉快そうに笑う。
「あの、あなたはいったい何者なんですか……?」
「私の名はアイシャ。この世界について調べている、しがない研究者だよ」
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