ユーリ 3
「で、話をまとめると」
ドロシーと名乗った少女が、ぱんと手を叩いた。
レオと呼ばれた男が怪訝な顔をする。ユーリは、そんな二人を交互に見た。一見、レオは嫌がっているようだったが、それは長い付き合いを感じさせる信頼感あってこその表情にも見えた。
「キミ、ユーリは崩壊したこの街で奇跡的に生き延びることができて、あてもなく彷徨っていたところを、レオに保護された。そういうわけなんだね」
ドロシーが、ビシッと勢いよくレオを指差す。
「そんなところだ」と、レオは煙たがるように自分に向けられた手を払うと、ユーリに視線を移した。
「自分でも名乗っていたが、こいつの名はドロシー。今は俺の協力者だ。こんな調子だが、実は秘めた力を持ったやつでな」レオは、ため息混じりに言った。
「もしかして、今、ちょっとバカにした?」
ドロシーが、後ろで不服そうに頬を膨らませる。レオは構うことなく、続ける。
「先ほど、クラウンの話をしたが、『クラウン・スラッシャー』の物語、あれを知っていると言っていたな」
「ああ、もちろんだ」
母に繰り返し読み聞かせてもらった、幼い頃の記憶が蘇る。その記憶には、心にぽっかりと空いた穴を満たしてくれるような安心感があった。
同時に、あの安らかな日々はもう帰ってこないのかと思うと、心の柔らかい部分を執拗に突かれるような嫌な感覚もあった。
「クラウンが存在するということは、当然、『魔女』も存在するということだが」
「魔女って、本気で言っているのか?」
言ったところで、レオが視線をドロシーに移す。ユーリは、あ、と声を上げた。
「こいつが、その魔女だ。空間を超越する力を持っている」
ドロシーを見る。なぜか照れながら後頭部に手を添えていた。別に褒めているわけではないというのに、おめでたいやつだなと、ユーリは思った。
「じゃあ、ドロシーも、あのクラウンから生まれたっていうのか?」
「そういうことだ」
クラウン・スラッシャーのおとぎ話に沿って考えるならば、クラウンには、所有者の願いを叶える力があるということだ。
もとより、クラウンとは、この「世界」によって生み出された特別な力であり、人の手には余る神秘であった。しかし、このクラウンの力を最大限に発揮できるのが人の欲望だったのだ。
人の欲望は、底知れぬ奥深さと闇を孕んでいる。クラウンの前に掲げるだけで、その闇は力を得て人の欲望という殻を破り、表舞台に躍り出る。願いを叶えるという夢のようなカタチで。
クラウンの力は、いつしか人の願いを叶える器として語り継がれていった。
だが、力には限りがあった。
というより、クラウンそのものが発現させた抑止力がはたらいていることもあるのだろう。人が欲望を解き放ち、願いを叶えるほどクラウンにはそれらが記憶される。人の抱える闇が世界を覆い尽くすのを防ぐために、クラウンは抑止力を生み出す。
それが「魔女」の存在だ。
クラウン・スラッシャーのおとぎ話では、魔女はそういったものだと伝えられていた。
「ま、ボクはクラウンの抑止力だとか、人の欲望から生まれた存在だとか、そんな感覚はないんだけどね。ただここにボクが生きている。それだけだよ。それだけでいいんだよ」
ドロシーがウィンクをする。
「まあ、わかったよ」
「物分かりがよくて助かるよ」
「素直に認めたくないことばかりだけど」
最初、レオから話を聞いた時は、物語と同じクラウンや魔女が実在するなんてことを容易には信じられなかったが、それは身をもって味わった、この絶望感に勝るものではなかった。
生まれ育った故郷の街がこんなにも悲惨な状態に崩れ落ちていったのだ。もう何が起きても不思議ではない。そうすべてを受け入れる覚悟が、ユーリにはあった。
「ドロシー、頼んでいた偵察のことだが」
自己紹介はこのぐらいだ、と言った様子で、レオが割って入るようにして言った。
「やつの様子はどうだった?」
「やつ?」
ユーリが言葉を挟む。ドロシーは、ちょっとね、と軽くあしらった。
「ずっと見てたけど、特に変わった様子はなかったよ。気づかれるようなこともなかったし」
「そうか。まだ、動くつもりはないか」
二人揃って、難しい表情を浮かべていた。
ユーリは顎に手を当てる。薄々と感じていたことだが、この二人には何か特別な繋がりや絆のようなものがある。そんな雰囲気があった。
先ほど、レオは世界の破壊を企む者がいると言っていた。そして、ドロシーのことを自分の協力者だとも言った。彼らは世界の破壊を目論む何者かの野望を阻止しようと行動しているのではないか。ユーリは、そう思った。
それは、おとぎ話に出てくる英雄のような、魔王を倒すだとか、世界を救うだとか、そんな何か壮大なことを成し遂げようとしている物語の主人公のようで、子供の頃の純粋さが舞い戻ってきたユーリの目には、格好よく映って見えた。
「頼みたいことがある」
ユーリは、レオに向けて言った。
「駄目だ」
即答だった。ユーリの言葉の先を聞かず、レオは明確に拒絶する姿勢を見せた。
「まだ何も言ってない」
「お前の言いたいことは察しがつく。協力させてくれ、その戦いに同行させてくれと、大方そんなところだろう」
図星だった。ユーリは言葉に詰まる。彼には助けてもらった恩もあり、余計なことはしたくないと考えていた。
しかし、故郷の街をやられたその怒りや憎しみといった負の感情が、ふつふつとユーリの体の奥底で煮えたぎり、なんとしても復讐を果たすのだという使命感に成り代わっていた。
それが今、ユーリの心を蝕んでいる。
街を破壊した何者かを生かしてはおけない。必ずこの手で始末してやると、邪魔する者は神であろうと殺してやるという強い意志が、ユーリの身には宿っていた。
「別にいいんじゃない?レオ」
思わぬところから援護が入った。レオの隣にいたドロシーが、ユーリの目を見る。
「ドロシー」
「まあ彼だって、この戦いの重要性や危険性を充分に理解しているよ。何も考えずに行動するタイプの人間には見えない」
レオの高圧的な眼差しが、ユーリをとらえた。こんなやつを連れて行ったところで足手まといにしかならないだろうと、彼の冷たい目が語っているようだった。
「いいだろう。ただし自分の身は自分で守る、それが条件だ。俺は子守りをするつもりはない。お前もそう考えておけ。優先するべきものを間違えるな。自分のやるべきことをやれ。約束できるなら連れて行ってやる」
「ああ、ありがとう」
ドロシーがニヤニヤと笑っている。素直じゃないなあ、と肘でレオを突いていた。
「レオはさ、元騎士団長なんだ」
レオがその場を離れた隙を見計らって、ドロシーが耳打ちをしてきた。
「騎士団長って、レグルス騎士団の?」
「そう、レグルス騎士団」
「本当に?」
「うん。つい、この間までね。でも、見ての通り——」
ドロシーが手を広げ、街の方を指す。
「見ての通り、ここ『王都レグルス』は、何者かの手によって崩壊してしまった。王都の騎士として、この街を守ることができなかったことに責任を感じているんだよ」
だから、あんな言い方をしてしまったんだよ、とレオの方を見る。思い悩む子を心配する親のような目だった。
「そう、だったのか」
赤い炎と黒い煙の上がった街を見る。
世界の中心部に位置し、もっとも栄えた街であり、かつて世界を救ったとされる神の魂が眠る伝説の地として知られる、そんな面影はどこにもなかった。
世界を見渡すことができると言われる城も、暗雲に隠れて姿が見えない。
王都の中であればどこからでも見ることができると、母に教えてもらったことがあった。一緒になって見上げた立派な城は王都の、あるいは世界の平和を象徴するかのような誇らしさと頼もしさがあった。
そんな誇りも闇に葬られてしまった。すでに倒壊してしまったのかもしれない。淀んだ空気を肌に感じた。ユーリは奥歯を噛み締める思いで、空を見上げていた。
「よし、じゃあユーリが仲間に加わったことだし、拠点を改めるとしよう。いつまでもここにはいられないしさ。ボク、いい場所を知ってるんだ」
ドロシーが、はつらつと声を上げた。
「スピカの森にね、エルフたちが暮らす小さな村を見つけたんだ」
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