アイナ 2
「集まったようだな」
男は、列を作って並ぶ団員たちと向かい合う位置に立つと、その面々を見渡しながら落ち着いた声で言った。
男は背が高く、引き締まった体格をしていた。夜の闇を思わせる黒色の装備を身に纏い、腰には長剣を掛けていた。綺麗な銀色のショートヘアが爽やかな印象を与え、長い前髪から覗く切れ長の目は力強さを感じさせる。端正な顔立ちの美青年だ。若い女性からの人気は高かった。人気の多い通りへ出れば、彼を讃える黄色い声が後ろをついて回るほどだ。
彼の名は、レオニール・エレクストレア。
騎士としての姿勢を重んじる誇り高きエレクストレア家の人間であり、その名に恥じぬ気高き信念を持った男だった。
レオニールは、アイナの所属するレグルス騎士団の騎士団長だ。先代の団長――アイナの父の死により、その後任として選ばれたのが彼であった。
レオニールは幼い頃から剣士としての才能に秀でており、士官学校でも一際優れた成績を取っていた。将来有望だともてはやされ、王都史上、類を見ない天才が現れたと周囲から大げさに持ち上げられることもあった。
それでも己の力にうぬぼれることなく着々と腕を上げていき、ついには王宮の目に留まった。十三歳という異例の若さでレグルス騎士団の一員として活躍することとなる。
人生経験の差を覆すほどの実力に、当時の団員たちからはとんでもない力を秘めた少年だと称えられた。そして、その噂は王都中にも広まっていた。
王都最強の剣士と呼び声が高く、人並外れた戦闘能力に加え、状況判断に優れた的確な指示を出すこともできるため、指揮官としては申し分のない人物であった。
しかし、誰にも心を許そうとせず、むしろ周囲を突き放すような冷然たる振る舞いは団員たちから密かに怖がられていた。誰かと親しげに話す姿はおろか、笑った顔さえ誰も見たことがなかったため、その力の代償に感情や思いやりといった人として大切なものを失ってしまったのではないかという根も葉もない噂がたったこともあった。
それだけ、レオニールという人物は先代の団長とは反対に団員たちからは敬遠されていた。
ただ、何事にも動じないクールな態度とその凛々しい立ち姿には、先代の団長とはまた違った意味で騎士団長と呼ばれるに相応しい風格があると、誰もが感じていた。
レオニールは、キレのある眼差しで団員たちの顔を順に見る。
アイナのすぐ隣に立っている少女が、「ひぇっ」と小さく悲鳴をあげた。凍てついた氷柱のような鋭い眼光に当てられて、身震いしてしまったようだ。
「アイナさん、アイナさん」
隣の少女が耳打ちしてきた。助けを乞うような弱々しい声音は、アイリスのものだとすぐに気づく。
アイナは横目で彼女の方を見た。
「何、アイリス。どうかしたの?」
「レオニール団長、なんか、いつもより顔つきが険しくないですか?」
アイリスは、アイナにしか聞こえない小さな声で、ひそひそと話した。
「そう?いつも、あんな感じじゃないかしら」
「いえ、いつもの団長さんは、もっとこう、優しくて頼もしいイケメンって感じの雰囲気ですけど、今日の団長さんは、強面で殺気立った近寄りがたいイケメンって感じに見えます」
「普段と変わらないわよ」
彼と付き合いの長い自分が言うのだから間違いはない、と強い口調で言う。
「何か思い詰めているような気がしなくもないんですけど」
「考えすぎよ、アイリス」
「そうなんですかねえ」
アイリスは、不満げに眉をひそめる。口はへの字に曲がり、目は微かに潤んでいるように見えた。まるで親に怒られてしまった子のように、あまりに悲しそうな顔をするので、アイナは罪悪感のようなものに襲われた。
アイリスは、まだ団に入ったばかりの見習い騎士だった。それでも、最近になって剣を握り始めた新人とはとても思えないほどの高い戦闘能力と、戦い慣れしているかのような咄嗟の判断力を兼ね備えており、人懐こい性格も手伝って、短期間のうちに団員たちからの信頼を得て、早くも騎士団に溶け込めていた。
この辺りでは珍しい黒い髪と瞳はやはり目を引くようで、愛想のいい性格と相まって団の男性たちからの人気も高かった。女性騎士が極端に少ないということもあるが、それを抜きにしても、アイリスは世辞なしで十分に魅力的で美しいと言える容姿をしていた。
艶のある黒い髪は肩より少し高い位置で綺麗にまとめられていて、小さい顔のパーツは彼女のあどけない雰囲気に拍車をかける。生気を感じられないほどの白い肌は一見、不気味ではあるが、彼女のか弱さを体現しているようにも見える。
庇護欲が掻き立てられ、付き合いの短さをはぐらかされるように親近感が湧いてくる。この子を守ってやらねばと、そんな感情が湧き上がってくるのだ。
この騎士団を一つの家族と表すとすれば、アイリスのことを妹のような存在だと答える者は多いだろう。アイナにとっても、アイリスは妹のように思って可愛がっていた。
「今回、集まってもらったのは、王宮からの新たな任務を伝えるためだ」
レオニールが勇ましく声を上げる。彼の声には、若さを感じさせない、歴戦の騎士のような貫禄があった。
「ほら、アイリス」
アイナは、アイリスに前を向くよう顎を動かして合図した。アイリスは、はい、と素直に従った。
「だが、その前に一つ知らせておかなければならないことがある」
一呼吸おいて、レオニールが言う。
「アークの街が崩壊したとの情報が入った」
アイナは自分の耳を疑った。聞き間違いではないのか。他の団員たちも同じように思ったのだろう。周りの者たちと顔を見合わせていた。
室内が、しんと静まり返る。
空気がずしんと重たくなった。皆の動揺が伝わってくるようだった。唐突に告げられた衝撃的な事実に、誰もが言葉を失っていた。ある朝、目覚めると体の一部を失っていたかのような、危機的な喪失感に襲われた。
アークと言えば、世界の根幹をなすと言われる聖なる土地の一つであった。
そんな都市が崩壊した?どうして?あり得ることなのだろうか?頭の中が、疑問で埋め尽くされた。
「アークって、なあに?」
幼い頃の自分の声が聞こえてきた。
その昔、アークの存在について父に訊ねたことがあったの思い出した。
アイナの無邪気な様子に、どこでそんな言葉を覚えたの、と父は目を丸くした。しかし、すぐに書斎から一冊の絵本を持ち出してきて言った。
「それじゃあ、今日読む絵本はこれにしよう。アイナにはまだ少し難しいかと思っていたけど、いいだろう」
絵本の時間だ、と目を輝かせながら、特等席である父の膝の上に飛び込む。アイナを受け止めてバランスを崩しながらも、わんぱくな子になったなあ、と父は笑っていた。
急かすように体を揺らすと、父は宥めるようにアイナの頭を撫で、絵本を開く。その絵本の中で語られていたのは、世界のはじまりについての物語だった。
――その昔、世界には三体の神様がいました。
それぞれ名を「レグルス」、「スピカ」、「アーク」と呼ばれており、神様は人間たちと平和に暮らしていました。
しかし、ある日、闇の力が世界を支配しようとしました。
神様たちは世界を守るために闇の力と戦いを繰り広げました。その戦いは何年にも渡って続き、世界は破滅への道を辿っていました。
やがて戦いが終わり、闇の力を封印することができました。しかし、力を使い果たしてしまった三体の神様は、永い眠りにつくことになりました。
その時、神様たちは人々と世界の平和を願い、自分たちの生きた証をこの世界に残すことにしました。
そうして、レグルスは「世界を見渡せる城」、スピカは「万人を癒す森」、アークは「技術を備えた時計塔」をつくり、それぞれの地に自らの魂を宿して消滅してしまいました。
「じゃあ、かみさまは死んじゃったの?」
アイナが訊ねた。
子供の頃は、父に甘えることが多かった。この頃から父のことは尊敬しており、多くのことを父から学んでいた。そんなアイナにとって、父はこの世界のすべてを知っている絶対的な、それこそ神様のような存在だった。
「完全に消えたわけじゃないさ。神様は魂となって世界を守ってくれているんだよ」
「たましいって、なあに?」
父が難しい顔をする。いじわるな質問をした時か、母に怒られた時にだけ見られる顔だ。眉間をきゅっと寄せた困り顔だ。
いつも自信満々に笑っている父の顔が苦悩に歪む様は面白おかしくて好きだった。きゃっきゃと高い声で笑う。嬉しそうにしているアイナを見て、父もまた嬉しそうにしていた。
「アイナが大きくなれば、いつかわかるよ」
「あ、ごまかした」
「さあ、もうすぐご飯の時間だ。ママを手伝いに行こう」
「もう」
二人の笑い声が頭の中に響き、微笑ましい過去が空中を漂うようにして消える。古い友人と再開したような懐かしさが、知らぬ間に心を満たしていた。それをそっと胸の奥にしまい込み、現実を直視する。
事は重大である。アイナは危機感を抱いた。
「王都レグルス」、「スピカの森」と共に、神の魂が宿る土地として名を知られる「アーク・トゥルス・シティ」。王都にはない技術を有し、負けじと発展してきた巨大都市である。
街の周囲は巨大な鉱山に囲われており、そこから採れる資材を用い、「機械」と呼ばれる新たな力を生み出した。
外部との交流の一切を絶ち、独自の力で成長を続けるアークの都市は、まるでそこで生み出された人の温もりのない機械生命体のように、冷たく孤立した街として、王都と並び世界的に有名な都市となっていた。
そんな都市が何の前触れもなく崩壊するだなんて。本当に現実なのだろうか。夢でも見ているような気分だった。
アイリスの方を見る。驚きのあまり固まってしまったのか、じっと足元を見つめていた。こういった重大な出来事を耳にすると慌ただしく取り乱すものかと思っていたが、随分と落ち着き払った様子だった。
だが怒りなのか驚きなのか、顔が強張っていた。ように見えた。強く結んだ唇がわずかに震えている。それこそ何か思い詰めているような表情で、静かに一点を見続けていた。
「アイリス?」
「え。あ、アイナさん。何ですか?」
アイリスが、はっとこちらを向く。
「何ですかって、あなた大丈夫?魂でも抜けたみたいに、ぼーっと足元ばかり見てたけど」
「そ、そうですか。私、昔からそういうところ、あるんですよね。考えすぎて、ぼーっとしちゃうというか」
お恥ずかしい、とアイリスが照れるように言う。その表情は、明らかに動揺を悟られまいとして咄嗟に作った笑顔だった。
「まあ、驚くのも無理はないわ。アークと言えば、世界的に重要な土地の一つだものね。崩壊しただなんて、そんなこと誰も想像できない」
「はい」
アイリスは静かに俯く。彼女の落ち込んだ姿を見たのは初めてだったので、何と声をかけていいのか、わからないでいた。
「詳しいことは、まだわかっていない。だが、現地の調査をするようにと王宮から任務を受け取った。そこで、数名で部隊を組み、アークに派遣しようと思う」
動揺を隠せず、ざわつき始めた団員たちに向けて、レオニールは淡々と言い放つ。感情を持たない機械生命体のような冷徹な口調だった。
「あ、あの」
アイナの横から声がした。見ると、アイリスがおずおずと手を挙げていた。
「なんだ、どうかしたのか。アイリス」
レオニールが返す。本人にそのつもりはないのだろうが、どこか高圧的な響きのある声だった。
しかし、先ほどは怯えてしまったアイリスだったが、今度は問題ない。決意を固めた気高き騎士のような面持ちで、レオニールの顔をまっすぐに見ていた。
「アークへの調査、私、立候補してもいいですか?」
アイナは、アイリスの横顔を見つめた。
山の端から顔を覗かせ、世界を照らす朝日のように、晴れ晴れしく輝く彼女の瞳には揺るがぬ強い意志が宿っているかに見えた。
その意志には、騎士としてではなく、彼女自身の信念のようなものが揺れていた。
「私が一番、下っ端ですから」とは、彼女の口癖だった。消極的なセリフを口にし、アイリスが自ら意見を発することなど滅多になかった。それだけに、彼女の突然の立候補発言には、その場にいる誰もがあっけにとられていた。
それは、レオニールも同じ様子だった。わずかに眉を動かす。少し間を置いた後で、口を開いた。
「それは構わんが、差し支えなければ理由を聞いてもいいか?」
「その、皆さんには言ってなかったんですけど……」
アイリスは決まりが悪そうな様子で呟く。
「アークは、私の故郷なんです」
レオニールと目が合う。
周囲の団員たちが再び、ざわつき始めた。
————
「レオニール団長はさ、僕たちに何か隠し事をしているんじゃないかな」
士官学校からの帰路で、隣を歩くヘクターが唐突に不穏なことを言い始めた。
顎に手を当てて俯いている。癖毛の柔らかい髪が、空を流れる雲のように緩やかに風になびいていた。それを、くるくると指で巻く仕草をしていた。
「隠し事って、どんな?」
「そこまでは、わからないんだけどさ。ただ、僕たちには内緒にしている何かがあるんじゃないかなって」
「どうして、そう思うの?」
アイナは訊ねる。
「見ちゃったんだよ。ついさっき、レオニール団長が、王様が殺されたあの部屋に入っていくところを」
ヘクターは珍しく落ち着きのない様子だった。信じられないだろ、と彼の目がそう言っているようだった。
「昼間、アイナちゃんと地下牢で会った、すぐ後のことだよ。あの時、廊下に人の気配がしたんだ。でも、アイナちゃんは城には誰もいないって言ったでしょ。だから気になってね。少し城の中を探索してみたんだ」
なるほど。あの時、地下牢の天井を見上げていたヘクターの態度に不審な点が見られたかに思えたのは、そのためだったのだ。城の中にいたらしき何者かの気配を感じ取っていたというわけだ。
「それで偶然、目撃してしまった、と」
「うん、何か人目を警戒している様子もあった。やたらと周囲を見回しててさ」
「もう一度、事件現場の調査をしていただけなんじゃないの?」
「それなら、一人でいいでしょ?そもそも、レオニール団長はそういう人だ。僕だって、いつも近くであの人のことを見てきたからわかるけど、レオニールさんは単独で行動することがよくある。でも、さっきは違った。違ったんだよ」
何が違うのか。アイナは首を傾げる。
「見たこともない子と一緒にいたんだ。大きな三角帽子とローブを身に着けた、おとぎ話の中に登場する魔女のような格好の少女だった。いや、見た目は確かに少女だったけど、なんというか、只者ならぬオーラを感じたよ。あれは、たぶんだけど、本物の魔女なんじゃないかな」
「ちょっと落ち着いてよ、ヘクター」
興奮気味に早口になるヘクターに、アイナは言って聞かせる。
「魔女なんて、そんな幻想的なものが、本当にいると思うの?」
「そうだね、魔女は少し言い過ぎかも。でも、王都では王様が殺されて、アークは街そのものが崩壊した。この世界の裏で、僕たちの知らないところで、何か大きな力がはたらいているんじゃないかって思いたくもなるんだよ。それこそ、魔女のような力が実在するんじゃないかって」
「あれは、伝説上の存在……ただの、おとぎ話よ」
そう言いながら、実のところアイナにも、魔女ほどの力を持った人物に心当たりがあった。
一度しか会ったことがないのだが、対峙した時の緊張感は、今でも鮮明に覚えている。剣を抜こうと構えたものの、その強大な力を前に怖気づき、動けなくなってしまったことも。
そんなアイナを見て、彼女はけらけらと笑っていた。そんなに怯えなくても大丈夫だよ、と優しく声も掛けてきた。甘い声の裏には、底知れぬ闇が潜んでいるようで、足がすくんだ。
その緊張感のないゆるりとした態度が、逆に不気味に感じられた。隙だらけのように見えて、その実、付け入る隙はどこにもない。
不思議な少女だとアイナは思った。
名前は確か、「ドロシー」と、そう名乗っていた。
彼女がその気であれば、自分は即座に葬られていただろう。思い出しただけでも、背中を冷たい針でなぞられるような気味の悪い寒気がする。
「でも、レオニール団長が何者かをあの部屋に連れて行ったことは間違いない。それははっきりと見たんだから、事実だよ」
「まあ、それに関しては、少し気になるわね」
互いに一切を口にしない、無言のままの時間がしばらく続いた。
そのまま二人は、北区と東区とを隔てている門を過ぎ、東区の繁華街に差し掛かる。士官学校を出て随分と経つが、アイナの家は南区にあるので、もうしばらく歩く必要があった。
広い街道を進みながら、アイナは、ヘクターの見たという謎の少女について考えていた。
彼が見た、大きな三角帽子にローブを身に纏った姿。おとぎ話の中に登場する魔女然としたその立ち姿には、アイナにも見覚えがあった。
真っ先に思い当たったのは、ドロシーという名の少女のことだ。顔は大きな帽子のつばに遮られて確認できなかったが、思えば、ヘクターの言う謎の少女と外見は一致しているようだった。
アイナが遭遇したドロシー、ヘクターが見た謎の少女、仮に二人が同一の人物だとして、城に何の用があったのだろうか。
王様殺しの事件とは関係があるのか。そして、レオニールは何を隠しているのだろうか。
アイナの胸の内に、様々な疑念が積み重なる。それは錘になって、心の中にある騎士としての使命感を締め付けていた。苦しい。体が鎖でがんじがらめにされているような窮屈な気分だった。
こんなことで何を動揺しているのだ。弱々しく、自分に言って聞かせる。
突然、視界の一部が暗くなった。何事かと顔を上げると、建物の陰に入ったらしい。横には二階建ての家がこちらを見下ろすようにそびえていた。
ふと空を仰ぐ。青く澄み渡っていた空は、すでに哀愁のある橙色に染まり、夕刻を告げていた。考え事をしている間に、かなりの時間が経過していたようだ。建物の間から差す夕日が、アイナの顔にしつこく触れた。
しばらくすると、南区に到着した。
住宅街に入ると、道の端々から住民たちの生活感漂う穏やかな声が聞こえてきた。右の狭い路地前で世間話にふける数人の女性が見える。その近くでは、子どもたちが楽しそうにじゃれ合っていた。
通りの反対側にある家からは、男と女の怒鳴り声が聞こえる。夫婦喧嘩だろうか。しかし、問題はない。「あそこの家のご夫婦はよく口喧嘩をするが、実はとても仲良しなんだ」と、父から聞いたことがあった。
きっと愛情の裏返しなんだよ、と笑う父を見て、本当に街の人たちのことをよく知っているんだな、とアイナは感心した。
アイナの目の前には、王都やアークでの惨事がまるで嘘であるかと思えるほど長閑な空間が広がっていた。
緊張から一気に解放され、体が軽くなる。アイナの体を包んでいたのは、母の愛のような大きな安心感だった。
これが現実だとすれば、今抱えている不安はすべて夢だったのではないか。目を覚ませば、どこかで終わらせることができるのではないか。街の和やかな空気を全身で感じ取り、アイナは思う。この平穏な時が、いつまでも続いてくれればいいのに、と。
「ヘクターの言う通りなら、問題はその少女よ。何者であれ、目的を知る必要があるわね」
アイナが先に口を開いた。
「そうだね。彼女について調べないと」
ヘクターはすぐに応える。二人とも考えていたことは同じだったようだ。
「僕は、少女を探してみることにするよ。君には、レオニール団長からそれとなく聞き出してほしい」
「わかったわ」
「気を付けてね」
ヘクターが眉をひそめる。
「何のこと?」
「自分から協力を頼んでおいてだけどさ、なんだか嫌な予感がするんだ。レオニール団長とあの少女を見かけた時、不思議と寒気がした。これは、これから何かよからぬことが起こる前触れじゃないのかって、僕の直感が告げているようだったよ」
ひどく怯えた小動物のようだった。こんな弱音を吐くヘクターを見るのは初めてで気味が悪かった。
「心配のしすぎじゃないかしら」
「いつか君のお父さんも言ってたでしょ。世界に何か良くないことが起ころうとしているんだって。それが、今なんじゃないかって僕は思うんだよ」
父の言葉が蘇る。体に重たい空気が纏わりつく感覚がした。
いや、気にしすぎだ。余計なことは考えず、今は王都の騎士として、使命を果たすべきだ。父なら、きっとそうするはずだ。
アイナは自分の心に言い聞かせ、戸惑いを追い払った。
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