7:鐵の黙祷
「…追っ手を撒いて移動していたら『七夜の宴』の開始時刻ギリギリになってしまった…。まあ迷うことはないだろうが、少し心配ではあるな」
そう呟き眼鏡を直しながら走る男が一人。そしてその背後には物々しい武器を持った、『日輪の魔術師』ヘリオスと同じ格好の数人の男女。どうやら彼が撒ききれなかった「追っ手」のようである。
魔女領クライネシュヴァルツェの入口付近に青年が辿り着くと、地面には焦げ跡、灰、そして焦げ跡から離れた位置に頭部と体の一部分の無い亡骸があった。周辺には肉片や骨片、眼球が飛び散ったままであり、魔女領クライネシュヴァルツェ付近に住む肉食獣や鳥がそれらを啄みつつあった。
「…コーネリウス」
男はその亡骸を見つけて驚いたように亡骸の名を呟くと、森の付近に打ち捨てられた亡骸に駆け寄り、首から上が爆ぜたその状態を見て無念そうに目を閉じた。
「すまない。奴等の接近に気付けなかった俺が悪かった…」
膝をついて亡骸を抱え上げ、野生の獣に全て食い荒らされてしまわぬよう保護をしなければと青年が考えていると、男女数名が彼の元にやってきた。
「お前が、異教徒のフラメルだな?」
頭目と思しき男がフラメルと呼ばれた青年に声をかける。
「いかにも。俺がヨハネス=ロイエンタール=フラメル、『
残りの男女がヨハネスに躙り寄る。
「追われる理由は既に知っておろう。世界の智に背き世間を誑かし魔道の理をねじ曲げし異教の
男の言葉にヨハネスがふう、と息をつく。
「何を研究しようが、俺は特にマレバ大陸法にも居住地であるアルチザン西方都市連盟の連盟法にも抵触したつもりはないがね」
だから今日のところはこんなところで争わずに帰って貰えると嬉しいんだが、と続けるヨハネスに、鼻白んだ頭目の男がやれ、と男女数名に指示する。
「神聖魔道協会に背く異教徒め、その身で魔道の裁きを受けろ!」
至近距離からの男女数名による刺突、投擲、斬撃、打撃。そして頭目の男による光の魔術攻撃が飛来する。しかしながらヨハネスは一切の防御行動も回避行動も取らない。
「言っただろ、こんなところで争うな、と」
槍、暗器、大剣、槌、そして魔術攻撃。それら全てが一瞬にして消え去る。
「な…」
言葉を失った頭目と、武器を失った男女数名に向けて、ヨハネスが言葉を放つ。
「伝説の魔女アリアが定めた『魔女の掟』。それを知らぬ魔女や魔術師などこの大陸には居ないだろう?お前達の方が俺よりよっぽどか異教徒なんじゃないか?」
ヨハネスが示唆しているのは「魔女の掟」の一節のことである。
「『魔女領及び魔女領内の一切の事物に領外から凡ゆる精神的・物理的危害を加えることを禁ずる。禁を破りし存在は直ちに魔女の呪いを受け滅びることとなる』この一節を知らぬとは言うまい」
ヨハネスの言葉に、そして魔女領クライネシュヴァルツェから伸びる茨の如き植物の蔓草に恐怖と反論から声を上げる頭目の男。
「だが!貴様は魔女領に踏み入れていないではないか!」
既に配下の男女は頭目を放って逃げに転じている。ヨハネスは肩を竦め、膝立ちになった膝から先が魔女領クライネシュヴァルツェの茂みの中に入っていることを示す。
「俺も今は亡きコーネリウスも、ちゃんと文字通り片足を魔女領に突っ込んでいるさ」
そちらからは見えていなかったようだがね、と付け加えるヨハネスの言葉は最早誰にも聞かれなかった。
「…残念だ」
頭目の男は失神し、蔓草に捕らえられて魔女の呪いの刻印を受けていた。逃げた男女達にも遅かれ早かれ同様の刻印が押され、彼らも呪いに苛まれることだろう。
「何はともあれ、『七夜の宴』が終わるまでこーねリウスの亡骸を野盗やら野生の獣やら死霊術師やらに見つからないようにしなければな」
そう呟くとヨハネスは手際良く地面に結界術式の魔法陣を描き、コーネリウスの亡骸をその中心に据えた。
「結界術式は専門外だが、あとは上手くクライネシュヴァルツェの魔力が結界を働かせて守ってくれるだろう」
ヨハネスは今は亡き友に再度黙祷を捧げると、鬱蒼とした森の中に分け入っていった。
七夜の宴 平田凡人 @nidoking-000
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