5:日輪の狂気
「……何者かの戦闘の痕跡があるな」
月光に輝かんばかりの金糸の刺繍が施された純白の
「…これを見るに相当な階梯の魔女の手によるものに違いない」
感心したように呟き周囲を見渡すも、これを放った術者を視認できないと悟ったらしく、男は諦めて魔女領クライネシュヴァルツェの入口へと視線を戻した。
「…聞いてはいたがこれ程までに鬱屈とした森だったとは」
男の眼前にはある種の巨大な怪物が蹲っているかのようにも見える黒々とした森が広がっていた。春の月夜に風が吹くと木々がざわざわと揺れ、時折怨嗟のような呻き声がどこからか聞こえてくる。
「然し、私は同胞のためにも進まねばなるまい」
彼は右手を
「そして亡き母との約束のためにも生き残らねばなるまい」
金属板を右手で握りしめ、男は何かに誓うように目を閉じる。相変わらず死の間際のような声がどこからか聞こえてきているが、男は全く気にしていないようだった。
「また、己が野望のためにも、そして全世界の魔女のためにも魔術を信奉せぬ愚かな異教の者どもを根絶やしにせねばならぬ」
そう言って男はおもむろに左手に目をやる。彼はこの瞬間まで自分の左手が掴んでいる「モノ」を全く意に介していなかった。
「未だ死んでいなかったか、異教の蛆虫」
冷めたような声で男が呟くと、右腕と左足を失ったまま頭を掴まれ引き摺られていた壮年の男性が血を吐きながら、男に呪詛のような言葉を向けた。
「……我、ら、錬金、術師が…何をした、というの、だ。山、里で、誰に…も、迷惑を……かけ、ず生きて、いた、では、ないか。それを、お前は…」
息も絶え絶えに絞り出された男性の言葉は最後まで紡がれることはなかった。男が左手に力を込めると派手な音を立ててその頭部が爆ぜ、一瞬にして四散してしまったからである。
「さっきまで辛うじて一命をとりとめていた男性だったもの」の破片が周囲に飛び散り、どさりと音を立てて残った身体が地面に落ちた。同時に男の左手の周囲に術式を使用したことに伴う光の紋様が浮かび上がった。
「……異教の害虫駆除に手間取ってしまった上に左手袋と
男は独白の後手袋を脱ぎ捨て、新しい手袋を身につけると、死体はそのままに魔女領クライネシュヴァルツェの中へと分け入って行った。
「必ずやこの『七夜の宴』を生き延びて伝説の魔女アリアの術式を会得し、異教の連中を根絶やしにした上で魔術による圧倒的な支配を強化せねばならんな。……考えただけでも歓喜を伴う行為だ」
男は口の端を歪め、狂気に満ちた笑みを浮かべながら「七夜の宴」の開催地目指して道なき道を進んでいく。
男の名は『日輪の魔術師』ヘリオス・アリアンロッド。
又の名は「狂信者ヘリオス」。
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