3:焔獄の到着

 サロメの水鏡に映った精悍な若者は、その術式の通り魔女領クライネシュヴァルツェの入口に立っていた。春の月夜に一際目立つ深紅の髪を苛立たしそうにガシガシと掻きつつ、無人の草原で若者が声を張った。

「見え見えの尾行続けてねえで、さっさと出てきやがれザコ共!」

 草原は静まり返ったまま、一陣の風が吹くのみである・・・と。

 瞬く間に数十人の人間がこれといった遮蔽物のない草原のそこかしこから現れた。

「けっ、やっぱり付いてきてやがったか」

 頭巾フードを被ったまま何も言わない黒衣の集団を赤髪の若者が睨めつけると集団が二つに割れ、奥から一人の大柄な中年男性が現れた。

「…文句があろうが聞かねえぜ、ゲルラ」

 若者にゲルラと呼ばれた中年の男は鷹揚に話し始めた。

「…プロメテウス様。我々はの貴方の存在が気に入らないのですよ」

 ゲルラの言を聞いたプロメテウスがフン、と鼻を鳴らす。

「テメェらの流儀に従ってテメェらの決め方で決めた『プロメテウス』だろ。俺はテメェらの流儀に違反してやった覚えはねえぜ」

 寧ろテメェらが今やっていることの方がよっぽどか違反してんじゃねえか?と投げかけるプロメテウスに、黒衣の集団が色めき立つ。

「彼らも、そして私も当代の『プロメテウス』を決める場に貴方が突如として現れ、何年も研鑽を積んだ我々の同胞が貴方に焼き尽くされたことに怒りを覚えております」

 それを制してゲルラが言葉を紡ぐ。そんなゲルラと黒衣の集団を見て、プロメテウスが急に笑い出した。

「…何がおかしい」

「テメェらが俺のしたことに腹が立つってのはまあ百歩譲ってもよ、当代の『プロメテウス』に俺を選んだのはあの老人会のジジイどもだぜ?でもって俺のしたことを裁くも裁かねえもジジイどもが決めるこったろ?なのに俺を狙うってのはお門違いなんじゃね?」

 剣呑な視線を向けるゲルラに笑顔で返すプロメテウス。

「どうしても腹立つってんなら俺をぶちのめすのも一つの手だけどよ、服だけ燃やされて全裸で敷地内を疾走するのがオチだぜ。あ、今度はこのだだっ広い草原か。あとな、俺が燃やし尽くしたテメェらの同胞?もテメェ自身もクソ弱ェからジジイどもが『プロメテウス』に選ばなかったんだろ。だったら次の『プロメテウス』にでも選ばれるべくケツに火がつく前に修練(笑)でもこなすこったな。特にゲルラ、テメェは娼館に入り浸りまくる前にな」

 プロメテウスの言葉を聞き、怒りに身震いし額に青筋を立てたゲルラが地を這うような声を出す。

「だったら今からお前を殺して私が『プロメテウス』になってやる」

 その言葉が終わると同時にゲルラの背後からごうと音を立てて火柱が上がり、まるで意思を持っているかの如くにプロメテウスを焼き尽くさんとして迫る。

「私が練り上げた『烟火轟々えんかごうごう』、これならば『プロメテウス』と言えど避けられはしまい!」

 高らかにそう言ってのけるゲルラに冷めたような視線を向けつつ、プロメテウスが一言吐き捨てる。

「…遅いんだよな」



 瞬間。



 ゲルラの足元で火花が散り、舐めるように青い炎がその全身を包む。彼の放った火柱の術式はそれと同時に掻き消え、つまるところ術者ゲルラの絶命と消滅を意味していた。

 黒衣の集団が恐怖によって騒然となる。

「俺の視界に入った時からテメェは俺の術式の射程範囲だったんだ。それぐらい『プロメテウス』決めるときのアレで学んでるもんだと思ってたぜ」

 はぁーあ、と盛大にため息をつくプロメテウス。ゲルラが立っていた場所には、灰がうずたかく積もっていた。

「で?テメェらもるのか?」

 プロメテウスが黒衣の集団に視線を向けると、その視線に恐れをなしたか、彼らは物も言わずに蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「……詰まんねえ奴ら」

 ゲルラに助太刀か魔力補充くらいすりゃ良かったのによ、と集団の後姿を見て呟き、彼らに視線を集中させようとして_______



「やっぱやーめた」

 くるりと踵を返すと、プロメテウスは魔女領クライネシュヴァルツェの森に足を踏み入れた。

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