第18話 新しい生命の発見

天野は突然自分の意識が覚醒する感覚を覚える。

同時に、倦怠感を覚える。

昨日、初めて現地の収穫物で調理を行い、その結果に当たり散らして、思いなおし、無理やり食べた後に、機体に戻って、何も考えないと出いうようにベッドにもぐりこんだ。


彼が直前の行動を思い出せば、そうとしか表現しようのない一連の流れが思い返される。

士官として教育、調整を受けた身で行うべきではなかった。

そんな反省が頭をよぎる。


ベッドから一息に立ち上がり、外部探索への用意を始める。


「中尉。バイタルの数値に異常は見られませんが、昨日のこともあります。

 くれぐれも、無理をせずに活動を。」

「わかっている。今日は収集も急ぐ必要がなくなっているわけだし、周辺の探索だけにしよう。

 結晶に関しても、ここ数日で、かなりの数がそろっているしな。」

「はい、初期目標まで残り七個。

 これまでの統計的には、今日で集まる可能性もあります。

 ただ、活動には十分な資材が残っています。無理な収集はくれぐれもお気を付けください。」


3Dモデルで投影されているレディは、非常に表情豊かだ。

今も、天野を心配そうに見ている。

天野は気にしていないが、触れられるのであれば、引き留めようとしただろう。

そういった悲壮さが見て取れる。

最もそんな機能はこの機体に搭載されていないのだが。


「心配はわかるが、必要なことでもある。

 補助は期待しているし、制止要請があれば、従うさ。」


天野はそう応える。

彼としても、昨日の自身の状態から今日は休養してもいいかという考えは持っているが、昨日の食事の影響か、どうにも動かないとおさまりが悪い感覚を覚えていた。


「確認だが、昨日の食事以降、体調に変化は見られたか?」

「いいえ、中尉。先ほども申し上げたように、体調に問題はありません。

 ただ、予測より消化に時間、エネルギーが使われています。」

「それについては、未加工のものだから、理由はわかるな。」

「はい、この情報に基づき、再度計算を行います。」

「事前の計算は、自然主義者の統計からか?」

「はい、他に参照可能な情報が無かったので。」


天野はその返答に頷く。

自然主義者以外であれば、惑星居住者くらいなものだろう。

後者に関しては、自然主義者というわけではなく、惑星上での自給自足、テラフォーミングを課題としていることもあり、あまり情報が末端の軍人にまで回ってこない。

どちらかといえば、犯罪者を取り締まる警備部の管轄でもあるためだ。


「なんにせよ、慣れない状況だ。体調の監視は頼む。」

「お任せください。」

「さて、それでは、今回は森が薄くなると想定している方向。

 つまり、初回探索と逆の方向へ移動を行う。」

「了解です。資材に余裕がある現状で、よい判断かと。

 移動方向の指示はお任せください。」


天野は機外に出て、表示された方向に移動を開始する。

先ほど話に出ていたこともあり、移動を優先し、収集はあくまでこれまでしたことが無いものだけにとどめる。

二〇㎞も進めば、周囲が次第に開けてくる。


「遮蔽が少ないのが、少し不安になるな。」

「逆説的に、当機の確認可能範囲が増えているので、警戒はお任せください。」

「さて、確かにこのまま移動を続ければ、森から抜けられそうではあるが、こちらの方向に対しての通信精度は?」

「過去の同距離の場合と比較すれば、向上が見られます。

 やはり、物理的な障害物による要因が大きいとみてもよろしいかと。」

「まぁ、断定はしないでおこう。大気中にも未知の成分が含まれているのは事実だ。」


そう告げてさらに移動を続ける。

追加で一五㎞ほど進んだところで、天野は遂に森を抜ける。

事前に目視で、明確な切れ目が存在することは見て取れていたが、実際に視界から樹木が消え、広がる草原を目にすれば、どこかすがすがしさを覚える。

視線の先には広々とした緑の絨毯。ところどころに隆起した、丘と呼ぶべきものも見える。


「通信状況に問題は?」

「はい。間にある樹木による影響は存在していますので、完全とは言えませんが、これまでの探索方向に比べれば、かなり良好です。」


見渡す限りの平野が広がり、後ろを振り向けば森。

明確な境界線でも引いてあるかのような光景に、天野は違和感を感じる。

勿論、視界の範囲でも、一直線というわけでもなく、上空から見れば凹凸はあるのだろうが。


「こういった植生に、自然になることはあるのか?

 何者かの手が入っている可能性は?」

「前者に関しては不明ですが、後者に関しては、これまでの間作業を行っている対象を観測できていませんので、可能性は非常に低いかと。」


いわれて、それもそうかと、考え直す。

まぁ、こういったものに神秘性を感じ続ければ、自然主義者が出来上がっていくのだろう。

そんなことを考えながら、次の指示を送る。


「この地点で、この惑星の半径の概算は可能か?」

「はい。地平線が確認できますので、別途距離測定用の機材を利用して、測定が可能です。」

「自転、公転周期に関しては?」

「どちらも概算であれば可能です。ただし、この地点での定点観測を一定期間以上行う必要があります。」

「この地点に観測用のカメラを置くことに関しては?」

「推奨しかねます。天体の観測のためだけに、利用するには資材が不足しているかと。」

「そうだな。夜間に観測を行い、この地点が既存の星系・星図として比較し位置を割り出すことは可能と考えるか?」

「不可能かと。当機には作戦地域詳細、天の川銀河全隊図しか記録されていません。」


天野はそこまでの返答で一度話を切り、頭を整理する。

森から出たとはいえ、やはり状況に大きな進捗は見られないか。

落胆をするわけではないが、少し気勢をそがれた感はある。


「さて、この平原を探索したところで、作戦目標に進捗は無いと思うが、それに関しては?」

「その通りかと。」


天野の予想は肯定される。

であれば、引き返すかと、そう考えたところで、惑星の半径ぐらいは測定しておくべきと考え直す。

天野としても、惑星全体を探索する気はないが、全体の大きさが分かれば、現在の探索完了範囲も明確になる。

また、やむなく、長期の活動を行う必要が出た際に、全体像もなく、場当たり的な地図の作成を行うことは、過剰なストレスを生むだろう。

そこまで、考え、天野は一度引き返し、装備を持ち出すことを決める。


「一度地平線までの距離の測定、そこから惑星半径の導出を行おう。

 得られた結果をもとに惑星の空白地図を作成。コーンの位置を中心とし、現在判明している範囲の詳細な地図を作成しよう。」

「了解です。装備を用意します。」

「それでは、一度帰還してこの場に戻るとしよう。」


そう告げた後、一度機体まで戻り、用意されていた装備を持ち、再び移動を行う。

往復に際しては何事も起こらず、天野はすぐに森を抜けることができた。

観測用のカメラを指定された高度に起き、あとはこのカメラと自身の距離を計測すればいい。

大気に含まれる未知の成分により、誤差が生まれる可能性はあるが。


「設置完了。問題は?」

「ありません中尉。移動をお願いします。」


移動そのものは大した労力でもない。

天野は指定された方向に移動を行う。

ただ、距離の測定のためだけに移動を行うわけではなく、同時に周囲の確認も行う。


移動を始めて、僅かな時間。

2㎞も移動していない位置だろうか。

天野の耳に、異音が届く。

すぐに、聞こえた方向に銃口を向ける。


「前方右、四度方向です。」

「了解。画像の拡大で対処の確認は可能か。」

「画像出します。」


流石に天野の肉眼でとらえられる距離ではない。そうであれば、異音よりも先に気が付いている。

今も、移動を止めて、音のした方向を見てはいるが、一面に広がる緑しか見えない。

いや、よくよく注視すれば、緑の合間にわずかに動くものが見える。


送られた拡大画像は、いまひとつ解像度が低く感じる。

ぼんやりとした灰色が数個映っているだけだ。


「接近する。対象の拡大画像を常に更新。」

「了解。お気をつけて。」


対象との距離は六〇〇mもない。天野は正面だけではなく、周囲への警戒も強めながら前進する。

平原と表現してはいたが、実際には地面に凹凸も当然あり、対象物は小高い丘の影に隠れる形になっているようだ。

更新される画像も、鮮明さを増してきている。


「対象は犬型が五。それと未解析の対象一。交戦中のようです。」


天野はその報告に頷く。

前方からは移動の音や、唸り声などが聞こえる。

ただその中にあって、悲鳴のようなものが聞こえるのがひどく気にかかった。


「対象補足。犬型五、人型一。」


言葉と同時に表示された画像には、犬型五に襲われている、人類が一人。

瞬間的に、救助に向かおうと体動き、移動速度をあげさせるが、天野はすぐにその場に立ち止まる。

果たして、あれは見た目が似通っているだけではないのだろうか。

その疑念に、天野はとらわれる。


「対象の観察を継続。交戦が終了次第、犬型を撃破する。」

「了解です。遮蔽物が無いので、くれぐれもご注意を。」


人型の対象はこちらとは違う方向に向けて、移動している。

天野はその方角を記録。

人型の生命は、肉眼では詳細はわからないが、拡大画像によれば、衣服のようなものを身に着けている。

生産を行うだけの拠点が、その方角に存在している可能性がある。

だが、自衛もできない状況で、拠点から出る等何を考えているのだろうか。

やはり、あれは形だけ似た別種の生き物ではないのか。

そんな考えが天野の頭の中を回る。


新たに発見した対象が、逃げられたのは、わずかな間で、犬型に引き倒され、緑の絨毯に埋没する。

こちらの移動で、それなりに大きな音が鳴っているはずだが、犬型はこちらに気づくそぶりを見せない。

悲鳴らしき音源が消えて、一分ほど。

天野は犬型への攻撃を開始する。


距離を一気に詰め、有効射程距離に入った目標に向けて、立て続けに引き金を引いていく。

急接近し、一〇〇mほどに近づいた時に、反応を見せたが、もう手遅れである。


動きを止めた犬型を全て視界に収めながら、天野は周囲の警戒を続ける。

視界は開けているため、接近に気が付かないことはないだろうが、こちらの反応可能な速度を超える生物がいないとは限らない。

共通項を持つ珪素生命体は、それこそ目視できる距離にいるならば、回避等不可能なのだから。


視界に存在した、五体の犬型が無事結晶になることを確認して、天野はもう一つの対象を確認する。

生命活動は停止しているだろう。

おびただしい量の出血が地面には広がっている。

しかし、対象は結晶へとその姿を変えていない。


「レディ。この人型の対象を確保することに関して、意見はあるか?」

「これほど大型の物体を補完するための必要な容器が存在しません。」


その答えを聞き、天野はあきらめる。

いかに、疑いが未だ存在するとはいえ、自分に似た形態を持っているものを、細かく切り分けて保管しようとは思えなかった。


「ならば、身に着けているもの、血液を採取しておこう。」


そうして、天野はまた機体との往復を繰り返す。

この出来事で、地平線までの距離や、惑星の半径を求める気にはなれなかった。

身に着けている衣服の一部、血液を採取した後、残りはそのままに、天野は機体へと戻る。


自分の判断は正しかったのだろう。

あくまで不確定な原生生物でしかない。

コミュニケーションが可能かも判明しておらず、その行動にも、不明な点が存在する。

助けるという危険性は、明らかに自分の現状で許容できるものではなかった。

天野に合理的な判断はそう告げる。

一方で、同族意識が彼を苛む。

助けられる状況で、何もしないのは同義に反するのではないかと。


結論が出るはずもない思考を行いながら、彼はその日の活動を終える。

その往復の最中に、当初目的としていた結晶の数が集まった。

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