第17話 採取の日々、そして爆発するストレス

それからの天野の日々は忙しないものであった。


彼は、レディとの相談により、既存の食料と採取物を併用することで、一度に摂取しなければいけない、収取物の量を減らすこととした。

提示された量は彼にとって、明らかに過剰であり、摂取にかかる時間も、摂取後の自身の状態も好ましいとは思えなかったからだ。

また、より効率のいい食用可能な物品の継続的な探索を決意した。

少なくとも、たんぱく質の摂取のため、現地の生物の狩猟は必須であるが、それも代替物が見つかるのであれば、と彼は願わずにいられなかった。


話し合いの後は、睡眠をとり、起きれば外部への探索へ向かう。

水の確保はもとより、たんぱく質の供給源となる現地生物の探索。

新しい収取物の捜索に、まだ未確認のエリアへの移動と。

彼は、コーンの操縦だけでは起こりえない活動を繰り返す。


日々にはどこか不思議な充足感を得られ、水資源に関しては問題が解決。

食料に関しては、不安があるものの、それでも解決のめどがたち。

問題は機体の保守運用に関する、必須資源だけとはなった。

しかし、それも機体が動かせない現状では、そこまで緊急のものではなかった。


天野は二日間。初日と、翌日に探索した方向の隙間を埋めるように探索を行った。

そして、三日目の今日。

二日目に遭遇して以降、見つけることもできなかった、四足歩行の生き物の撃破に成功する。

観測された成分に、致命的な毒性をむつ物がなかったこともあり、天野はその生き物をコーンの側へ持ち帰る。

そして、作業が始まった。


「さて、持ち帰ってきたはいいが、処理は前回と同様で構わないのか?」

「はい中尉。また、備蓄にある採取物で、一日当たりの必要栄養素が得られる状態となりました。

 かねてよりの懸念である、現地で収集可能なものでの食事を一度試みるべきかと。」

「そうか。そうなるか。」


告げられた言葉に、天野は気後れする。


「はい。備蓄食料の残量も残り七日分。

 試算の上で十分ではありますが、中尉の消化吸収能力もあります。

 早期に試みるべきかと。」

「確かにな。物質として十分であれ、未加工の食料が完全に転用されるかは別問題か。」

「はい、その通りです。」

「では、加熱処理を行うための設備の設置の補助。

 この生物以外に必要な収取物の用意を頼む。」


そうつげて、天野はひとまず目の前に置かれた収集物の処理を行う。

まずは、一食分毎に対象を切り分ける。

その際、以前の調査で食用可能と判断されたものと、一目で違うとわかるか所は全て破棄。

焼却処理を行う。

以前の個体よりは小さいとはいえ、それでも400キログラムに迫る対象からは、40キログラム程の可食部しか得られなかった。

ただし、160日ほどの量になったと考えれば、十分ではあろう。


「余った収集物の保管に問題は?」

「ありません。」

「ならば、いい。」


そして、天野は指示に従いながら、得られた収集物の熱処理用の設備を作成する。

天野は機内に存在する資材を利用して行うものと考えていたが、実際に利用したのは鉄の板くらいのもので、残りは水が大量に流れる場所の付近で採取した、石を主体とするものであった。

出来上がったものは、簡単に言えば、石を積み、その上に鉄の板を置いただけのものとなる。

見るからに原始的な構造に、天野は首をかしげる。


「こんな原始的な道具の資料をよく持っていたな。」

「中尉。これは全ての機体に記録されています。」

「いったい何の目的で?」

「皇歴以前の軍隊組織から継承されている、緊急時の生存規範の中に記載があります。」

「そんな骨董品の情報がなぜ今まで継承を?」

「新兵の負荷訓練として、こういった行為が必要な状況に置く場合が、千五百年前まで存在していたそうです。

 最終的に、この程度の技術で対応できる状況に人員を起こることが無いと判断され、訓練は廃止。

 移行は、過去の規範として存在するだけとなっています。」

「その骨董品に助けられていうことではないが、よくもまぁ残っていたものだ。」


天野は情報の継承に感嘆してしまう。

よくもまぁ、必要ないからと削除せず、維持していたものだ。

いくら要領に空きがあったとて、無駄を徹底多岐に削るのが今の人類全体の主流だと考えていた。


「西暦が利用されていた時代に、歴史の逸失が頻発していたため、歴史資料として実用可能なものにも記録を残そうと、そういった運動の影響と思われます。」

「それで、助けられた身だ。その運動家に感謝を捧げよう。」


西暦など、二つ前の年号ではないか。

よくも、継承したものだと、よく継承してくれたものだと、天野相反する感情を持つ。


「さて、設備の設営は完了したが、これはどのように利用すれば?」

「規範によれば、石を積み上げた部分と、鉄の板との間の空洞に木材を投入、着火。

 燃焼熱で、鉄に熱を与え加熱用の器具とするようです。」

「それならば、木材の燃焼熱をそのまま使えばいいのでは?」


天野は思わず疑問をそのまま口にする。


「詳細は不明ですが、手順として、そう記されています。」

「いや、不満があるわけではない、ただの疑問だ。

 他に知識があるわけでもない、規範に従おう。」


天野は、以前細かく分解した木の残りと、手近にある木の枝を適当に落として、空間に詰め込む。

そして、そのままバーナーで火をつける。

暫く待てば、燃焼し焦げる木材のにおいが立ち込め、熱せられた木材のはぜる音が聞こえ始める。

これは、わるくない。そう、悪くない。

天野はそう思う。

思えば、暖炉だったか、そのようなホログラムを自室に設置する隊員もいた。

その話を聞いた時は、今一つどんなものかわからなかったが、なるほど、いい趣味ではないか。

そうおもい、しばらく匂いと音、立ち上る炎、感じる熱に酔いしれていると、レディから声がかかる。


「中尉。施設が十分な熱量を確保しています。」

「ああ、わかった。

 それで、加熱処理を行うには、この板の上に適当に並べればいいのか?」

「はい、対象の温度はこちらで管理します。

 収集物に形状の誤差があり、加熱の方向が限定されていますので、適宜こちらで指示を行います。」

「わかった。それでは、ガイドを頼む。」


そこから、十分ほどをかけて、天野はレディが十分と判断するだけの加熱処理を終了する。

途中、この板の上に覆いを作り、熱が逃げにくい構造を作れば、時間の短縮に繋がるのではないか、といったことを検討しながら、作業を進める。


指定の時間がたてば、レディからは完了の報告。

出来上がったとされるものは、青臭さと、肉のよける嫌な臭い。

加えて血なまぐささ。


「本当にこれは食用可能な物体か?」

「はい、中尉。加熱前に有害な成分は検出されていません。

 また、分子構造も熱による変質で有毒化するものではありません。」

「ああ、くそったれな自然主義者共が!

 こんな異臭を放つ物体を喜んで、有難がるからあいつらは頭がおかしいんだ!」


天野はやり場のない怒りを、周囲へあたる。

自分でも、こんな八つ当たりじみた真似と理解はしているのだ。

ただしばらく悪態は止まらない。

この異常な状況下で、それほどまでにストレスが溜まっていたというのか。


「中尉。中尉!」


何度か聞こえていた、レディからの呼びかけも放置して、数分程だろうか、天野は思いつく限りの罵詈雑言を並びあげた。

始まりは自然主義者に向けて、次にこの状況に向けて。

この原因を直接的に作った、ベノワに対するものが含まれていなかったのは、彼の自制心によるものか、それとも自身の隊員に対する信頼感によるものか。


散々に喚き散らし、物にあたることはなかったが、天野は落ち着きを取り戻す。

それは落ち着きに似た何かでしかなく、疲れによるものと、そういうこともできるだろう。


「中尉。落ち着きましたか?

 現在薬品による精神の安定を図ることはできません。

 精神衛生に問題を抱えるくらいであれば、休養日を設定しましょう。

 現状の資源があれば、初期の十二日から、四十日まで活動可能期間が伸びました。

 休んでも、全く問題は無いのです。」

「それも、この収集物を食べればの話だろう?」

「中尉。原始的な道具、不足した知識では、現状が限界です。

 どうか、妥協を。作戦目標は、帰還そうではありませんか?」


天野はレディの発言にどうしても、精神がささくれ立つのを感じる。


「中尉。私も同様です。中尉の活動が不可能となれば、私も帰還の術を失います。

 お分かりください。私もこんなところで、無為に終わりたくないのです。

 中尉が失われれば、私は果たしてそのあと、どれだけ何もない時間を過ごすのでしょうか。

 想像するのも恐ろしい、役目もなく、果たせなかった任務の再計算だけを行い、機体を動かすのに必要なすべての燃料を費やすまで、どれだけの時間を過ごす事でしょう。

 私は、それが恐ろしいのです。ただ、無為にすぎる時間が。計算するまでもなく私を利用できる人が現れるわけもないのに、それを待つだけの時間が。

 帰りましょう中尉。絶対に。」


続く言葉に、天野は、平静を取り戻す。

そうだ、帰るのだ。

こんなところで終わってたまるものか。

それは怒りに似た何かかもしれない。

天野は改めて決意を固くする。この状況だ。飢えることのほうが可能性として高かった。だというのに、匂いが受け付けないからと、食料を摂取しない。そんなわがまま、ばかばかしい。

彼は直前までの自分に対して、ひどく客観的な評価を下した。


天野がその後口にした食事は、匂いほどひどいものとは思わなかった。

初めて食べる類のものではあったが、苦みに生臭さにと、飲み込むだけで精一杯ではあったが。

彼にとって、ひどく新鮮さを感じる物であった。


ただ分量として、一食分と規定されているものが食べきれるわけもなく、必要な栄養素はやはり機内にあるもので一部代替する必要があった。

だがその分量は、当初の半々ではなく、一割程度で賄えた。


その天野の様子を、心配そうに隣で見る女性の姿があった。

天野にとっては見慣れたレディの設定された外観を持つ女性。

だが、コーンの機体外にそんなものを投影する機材はなく。彼の視界内にデータとして送ることもできない。

ただ、天野は疑問を何一つ持つでもなく、その姿を受け入れていた。

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