第16話 会議それとも相談
機内に戻り、装備を外した天野は、昨日と同じく自室に戻る。
自身の洗浄自体は、今回に限らず、機内に入る際に行われているが、気分をリセットするためにすぐにシャワールームへ向かう。
基本的に、レディは私的な空間に天野がいる際、呼びかけ、よほどの緊急事態でもない限り、連絡をよこさない。
普段より長く時間を使った天野は、資源の無駄遣いだったと反省する反面、いい気分転換であったと満足感に浸る。
全身を暖かな湯に打たれている間、天野は不思議な感覚を覚えていた。
満足感とでもいうのだろうか。
このような状況でなければ、そう思わずにいられないほど、彼は体に感じる疲労を、充実感とともに受け取っていた。
シャワールームから出た後は、替えの操縦服に着替え、ソファの上に転がる。
すぐにベッドに移動して、眠ってしまいたい気持ちは否定できないものの、まだ彼にはなすべきことがあった。
「レディ、確認事項がある。」
「はい中尉。緊急のものは存在しないかと。先にお休みになってもよろしいのでは?
お疲れのご様子です。性能の低下を引き起こす行為は、現状況下では推奨されません。」
「なに、この体勢で、十分な休息効果はある。
それよりも本日の収集物について、判明したことがあれば、報告を。」
天野自身、それを確認しなければ、休めないだろう、と感じる部分もあった。
特に大きいかもしれない収穫は。
大量の液体からとったサンプル。
現状不足していた、たんぱく質やアミノ酸の原料となりうる生物。
上手くいけば、活動可能期間の大幅な延長が見込める事項だ。
「構わない。本日の収集物について、調査が終わっていれば報告を。」
「了解。まず、継続した周辺の採取物に関してですが、新規のものに関して、人体に有害な分子を含むもの、食用に適するものを、リスト化しています。
また、有害なものに関しては既に隔離処理を完了しています。」
天野は送られたリストに目を通す。
今回の採取物に関しては、食用に適さないもののほうが多いようだ。
少しの落胆を覚えながらも、特に気になっていたことを確認する。
「採取した液体と、生体から回収した部位に関しては。」
そう、天野にとってはそちらが本日の本題であった。
「はい。まず採集した液体に関してですが、主成分は水。
その他微量の金属元素を含みますが、飲用に問題はありません。
精製が可能でしたら、当機の燃料としても利用可能なレベルです。」
告げられた言葉に、天野は衝撃を受ける。
確かに、人類が問題なく活動が可能だとは言え、まさか。
「水が、自然状態で液体として存在していると。」
「はい。例によって不明な重量の存在も認められますが。
主成分は間違いなく水です。」
これまで人類が踏破してきた惑星の中で、どれだけ自然状態で水が存在する惑星があったであろうか。
文字通り星の数ほどの惑星を踏破したうえで、発見の報告は両手の指が余る程度の例だった。
そのどれもが、人類の特定の層にとって、羨望をもって居住が望まれる惑星になっていたはずだ。
たとえ、そこが水が存在するだけで、居住ユニットから出るのに、装備が必要であったとしても。
「間違いないのか?」
「構成分子の分析によれば、主成分は間違いなく水です。
自己診断でも、分析機器に問題は発見されません。」
天野は、この非常に大きな発見に、今一つ実感がわかなかった。
「現在の機内の備蓄は十分ではありますが、今後中尉には定期的に目標地点から、水の採取をお願いしたく考えています。」
「それはわかるが、燃料用とするのに精製が必要ではなかったか?」
「燃料とできずとも、中尉の生命維持、衛生状態の確保に有用です。
また、不十分ではありますが、ある程度精製可能な設備はあります。」
「ああ、それもそうだな。」
そもそも、この機体は辺境探索を目的としている。
元々無駄にできる水などない。
再利用するための設備は存在している。
「だが、機内の水処理機能だけで、燃料化まで行えるのか?」
「簡易的に電気分解を行う危機がありますので、そちらを利用します。
分解に必要なエネルギーと、精製後の水素から得られるエネルギーでは、圧倒的に後者が勝っています。」
その言葉とともに送られてきた、予測値に天野は目を通す。
確かに、比べるのもばかばかしい差がそこにはある。
「許可する。不要となった水素以外の成分に関しては?」
「いくつかの金属に関しては、補助錠剤に転用可能です。
現状用途のないものはサンプルとして保管します。」
「ふむ、格納庫の容量は十分か?」
「隔離処置が必要な品が多く、現在62%を使用中。」
なるほど。水の確保には十分な容量といえる。
「わかった、水の確保に関して、確保に使える装備はあるか?」
「通常の外部探索装備に、液体保存用のタンクを付けましょうか?
現在の小型コンテナと併用になると、少々取り回しが悪くなるかと思いますが。」
「装備に取り付ける方法と、片手で携行可能な容器があれば、どちらも用意しておいてくれ。
試してみて、動きに不都合を感じないものを採用する。」
「了解しました。ご用意しておきます。」
「水の採取は、すぐに行うべきか?」
「現状、残量に問題はありませんが、定期的に行うべきかと。」
天野は考える。
定期的に行うのは問題ないが、さて、どれくらいの所要時間がかかるのだろうか。
また、一度の採取活動で、必要量が十分得られるのだろうか、と。
以前見た資材のリストでは、水の残量は機体の活動開始時点に比べて、27%ほどになっていた。
ここは、一度完全に補給を行ってしまうべきか。
そこまで、考え天野は改めてレディに確認する。
「先ほど提案にあった装備で、貯水量を100%に戻すにはそれぞれ、何回の採取活動が必要だ?」
「片手で携行可能な容器であれば、三千六百回。
タンクの利用で千二百回必要です。」
言われた回数に現実的ではないと、天野は判断する。
「定期的な水資源の確保とは?」
「外部探索の際、三回に一回、タンクを利用し一回です。
この頻度であれば、燃料の確保、中尉の利用を含め、水の残量を現在値から減らすことなく、活動を継続して行えます。」
「であれば、二日に一回。タンクでの確保を行う。
水の備蓄割合が50%を超えれば、三回に一回の頻度に変更を行う。」
「了解しました。」
備蓄に余裕があれば、精神的な余裕にもつながると、天野は行動方針を決める。
水が見つかった。非常に喜ばしいことではあるが、自身が活動を続けるには、水だけでは不足だ。
「では、水に関しては、ここまでとしよう。
次に、本日持ち帰った生物の一部に関して、何かわかったことは?」
天野は次に確認するべきことを尋ねる。
さて、これで切り取ったあの肉が食用可能だとわかれば、自給自足が成立する可能性が高い。
そうなれば、今後の探索活動では、必要なものだけを採取すればよく、より効率的な探索が可能になるだろう。
ひいては、あの結晶へと姿を変える原生生物の討伐にも集中できる。
「はい、成分の分析の結果、食用が可能です。
また、これまでの収集物に不足していた成分が多く含まれています。」
これは、よい報告だ。
「食事への加工は可能か?」
「いいえ、規格外ですので不可能です。」
これは、悪い報告だ。
「であれば、どのようにするべきか。
そのまま経口摂取で十分な栄養価は取れるのか?」
「既知の細菌のいくつかを発見していますので、加熱処理後、お願いします。
摂取目安は一日当たり二五〇gほどです。」
言われて、天野は少し考えてしまう。
「体積としては、どのくらいになる?」
「この程度です。」
レディによって、目の前に3Dモデルが実物大で表示される。
それは天野がこれまで、口にしていた食事の優に数倍のサイズであった。
「これは流石に過剰だろう。そんなに食べられるわけもない。」
「中尉。あくまでこれまでの採取物により不足している栄養価を補うためです。
現状の採取物で必要な栄養素を摂取しようと思えば、全体量はこうです。」
更に表示された3Dモデルは、目を疑うものだった。
「高々士官に、どれだけ食べさせるつもりだ。
頭のおかしい美食家どもじゃないんだぞ!」
この状況に陥ってから、初めてだろう。
天野は声を荒げる。
こんなものを毎日食べなければいけないとなると、それだけで活動に不都合が起きそうだ。
「中尉。未加工の食材ですので。」
「自然主義者共は、どれだけ効率の悪い生活を送っているんだ。」
レディに言い聞かせるように言われ、天野は脱力し、ソファの背もたれに状態を沈める。
必要だと、計算結果に合わせて報告している以上、この結果に間違いはないのだろう。
天野とて、嗜好品として未加工の食材を摂取することはあったが、それは栄養補給目的ではなかった。
嗜好品だけで、必要な栄養価を得ようと思えば、これほど非効率的なことになるのかと、嘆息する。
「どれも、加工は不可能という認識で間違いないな?」
「はい中尉。現在の収集物を食用に加工する機能は当機に存在しません。」
「加工の補助は可能か?」
「加熱に必要な最低限の設備の設営くらいであれば。」
「一日に、必要な摂取量とのことだが、毎日これらを、この量、現在の食料が切れたら採取する必要があるのだな?」
「はい。不測の際、短期的に影響するもの、長期的に影響するものの差異はありますが、どれも結果として不調の原因にはなります。」
その言葉に、天野は頭を抱える。
この量の確保を行うだけで、相応の時間をとられることだろう。
ああ、原始的な生活を好む人間は、何故こんな行為を許容できるのか。
今日の活動で、初めての経験に触れ浮いていた心が沈んでいく。
天野は、明日からの行動に、しばらく頭を悩ませることとなった。
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