第15話 帰路、交戦付き

天野はその場に警戒したままとどまっていた。

何故目の前の生き物は結晶にならないのだろうか。

犬型との違いは何か。

樹木と犬型に共通していて、この目の前の生き物と違うことは何か。


こちらに攻撃行動をとったかどうか、それがすぐに思いつく差異ではあるが。

はたして、そんなものが。

そうも考えてしまう。


「これまでの、結晶化への平均時間は。」

「20秒です。すでに対象の活動停止を確認して3分が経過しています。」


誤差と呼ぶには過剰な時間だろう。


天野は数度対象に向けて、引き金を引く。

反応は何もない。


「中尉。加虐的行為は褒められたものではありません。」

「確認だ。結晶に変化しない以上、まだ活動可能な可能性が否定しきれない。」


結果として、対象に反応はなく。

また、追加で二分待機しても、様子に変化がない。


「結晶に変化はしないか。」

「中尉。植物に関しても同様の事態が発生していますので、なにも特別なことではないかと。」


言われて、天野は思い至る。

そもそも今日出がけに木を一本破壊したばかりではなかったか。

その結果、結晶は得られなかった。

ならば、こういった結果もまた想定できたはずだ。


「ああ、失念していた。

 動いているから、ついな。」


天野としては、この状況で出会った自発的に動くものが、三例ではあるが、全て結晶となっていたため、そういう先入観が発生したのだろうと考える。

知らないものを、過去の例から根拠もなく推測するのは危険だ。

彼は、軽く頭を振る。


「さて、目の前のこれをどうしたものか。」

「確保できれば、食用可能か判断を行います。

 動物ではあるでしょうから、たんぱく質の供給元として優秀かと。」

「処理は?」

「こちらで加工可能な段階まで、中尉にお願いします。」

「経験も知識もない。ガイドは可能か?

 過食部位として、体表と骨から分離したものくらいの知識はあるが。」

「それで十分です。あとは加工可能なサイズをこちらで表示しますので、切り分けてください。」

「了解。なかなか、骨の折れそうな作業だ。」

「また、作業中に未確認の細菌などが予想されますので、対BC装備への換装を行ってから実行してください。」

「わかった。いまは、帰還するとしよう。」


天野は、その会話の間も一切動きを見せなかった生物に近づき、改めて観察する。

全体的に薄汚れており、見た目にもごわごわとした毛におおわれている。

ただ、その模様や質感は美しく見え、これを綺麗にすれば、さぞ居住ユニットで暇を飽かしている連中に喜ばれるだろうと考える。

全長は視界内の計器に従えば3mを少し超えるくらい。体高は足を延ばして立ち上がれば、2mに近いのではなかろうか。

動いているところを、はっきりと視界にとらえたわけではないが、自分よりも大きな原生生物であったようだ。

改めて、早く対処ができた幸運に感謝をしつつ、持ち上げる。

重量計の示す値は400キロに近い。

四肢を見れば、どうやらここに来るまでに見つけた足跡の主らしい、形状をしている。


安定して持とうと思えば、両手を使わなくてはならないため、天野は少し不安を覚える。


「この場で分割して、一部だけを持ち帰ることは?」

「事前に提示した危険性が存在します。」


で、あれば仕方ない。

天野は確かに必要な食料であることも加え、覚悟を決める。


「周辺警戒を厳に。運搬にあたり、即応性が落ちる。」

「了解です中尉。お任せください。」


そうして天野は装備の性能を十分に使い、機体への機関を開始した。少なくともこれまでであった生物であれば、ついてこれないであろう速度を出すことができる。

安全な経路がレディによって表示されるなか、天野は今抱えている生き物が、活動を再開するかもしれないとも考え、とにかく神経をすり減らす移動を行った。


そして案の定、悪いことは続いてしまう。


「中尉。音源補足。犬型4匹。進行方向です。」


その警告と同時に、急制動をかけ、運搬していた死体から手を離す。

これまで抱えていたものは、慣性に従い前に飛び出し、手近な木にぶつかった後地面をわずかに滑る。

その拍子に、頭部から生えていた、鋭利な、幾重にも枝分かれした部分が折れたようだ。

これまでは、静かな接敵であったが、ここまで大きな音を出したのだ、対象の動きが変わるかもしれない。

天野は一層の警戒をする。


既に腰から陽電子砲を引き抜き、前方に向けて構えている。


「位置の特定が完了次第、表示してくれ。」


こちらの方角に移動を始めて帰還するまで、3時間足らず。

復路は急いでいたため、所要時間が短いことに間違いはないが、その時間の間に、移動してきた。

そう考えれば、この森の中にはかなりの同種の生き物が存在しているのか。

または、運悪く今接敵している四匹の気まぐれか。


「確認できました。敵性生物の位置情報予測を表示。

 確定情報ではありません。ご注意ください。」

「精度付きで表示してくれれば問題ない。」


天野はそう応えて、視界に確率付きで表示された情報を見る。

あまり褒められたことではないと考えながらも、高い数値を示している位置に向けて、引き金を立て続けに引く。

対象に命中したのか、異音が返ってくる。


天野は音の返ってきた方向に距離を詰める。

そこで、どうやら足に当たったようだ、体勢を崩している対象に追加で二度ほど引き金を引き、移動の間に確認できたのか、確定情報として表示された位置に銃口を向け、すぐに引き金を引く。

これで、二、天野は頭の中でだけ確認して、次の行動へ移る。

残りは二。

油断はできない。


表示されている中で、高確率の位置情報をもとに移動するが、対象は視認できない。

向こうも移動するのだ、入力値が正確でなければ、予測値の精度は言うまでもない数値になる。

天野の視界内に情報の更新。

確定情報として表示される。

そちらに向けて、数度引き金を引く。


残りの二匹は天野が投げ出した荷物を、咥えて引きずっていたようだ。

二匹が囮だったのだろうか。

天野は、そう考えながらも確実を期して、それぞれにもう二回。引き金を引く。


戦闘の終わりを感じながら、天野は、周囲を改めて警戒する。先の動物の例があるのだ。犬型であり、個体識別が完全に完了している個体ではない。

しばらく待てば、視認している二匹は結晶に代わる。

残りの二匹は、と天野は最後に確認した位置を油断なくそれぞれ確認する。

そちらも、地面には結晶が転がっているだけであった。


そこまで確認して、天野はようやく一息つく。


「周囲に他に反応は?」

「確認できる範囲では、存在しません。」

「現在位置と、コーンまでの距離の概算は?」

「15㎞程です。」


その距離を聞き、天野は考える。

彼の親しんだ距離感覚では至近距離だが、惑星上ではどうであろうか。


「対策が必要な距離と考えるか?」

「問題ないかと。機体周辺であれば、より高精度のセンサー類が存在します。

 加えて、射角に制限はありますが、現在中尉が携行しているものより、威力の高い兵器もあります。」

「そうか。」

「はい。機体内における、中尉の安全は当機にお任せください。」

「頼んだ。」


そう応えながら、天野は落ちていた結晶をまず拾い集める。

さて、これでいくつになったのだったか。

天野は、そんなことを考える。

この調子であれば、一回目の試行までさして時間がかからないかもしれない。

少し、前向きな情報が出てきたことで、気分が上向く。


「さて、それでは、持ち帰るとするか。」


天野の、上がった気分も運搬するべき重量物を見れば、沈んでくる。

さて、今度は何事もなければいいのだが、そう思いながら、対象に近づけば、噛んで引きずられていたからだろうか、流血が見られる。


「対象から出血。現在の装備で接触することに意見を。」

「対生物、化学兵器装備でなかれば、非推奨です。」

「持ち帰る方法に関しては?」

「当機との距離が十分に近いので、装備の換装を推奨。

 または、現装備に搭載されている、アセチレンバーナーによる、止血。」

「圧力による飛散の可能性は?」

「存在しますが、指向性により中尉の方向へ移動する可能性は十分に低いものとなります。

 可能性を最も下げたいのであれば、換装を。」


であれば、天野にとって選択肢は存在しない。


「一度帰還。装備の変更を行い、再度運搬。

 この原生生物が犬型に襲われる可能性は?」

「不明です。周辺に確認はできませんが、時間次第で状況は変わるかと。」

「であれば、BC兵器に攻撃用の装備を。

 たしか、まだ予備はあったな?」

「了解です。中尉の帰還までにご用意しておきます。」

「頼んだ。」


そうとだけ答えて、天野は急ぎコーンに戻り、装備を変え、採取物を投げ出した場所へと戻ってきた。

幸い、他の原生生物に食い荒らされることもなく、持ち去られることもなく、対象はそのままそこに残っていた。

探索装備に比べ、ずいぶんと外部での作業用機能が減っているため、持ち帰るのも容易ではない。

天野はどうにか、弱くなった装備からの補助に苦しみながらも、運搬を終える。


コーンが鎮座している空間は、森の中にもかかわらず、ある程度開けている。

天野は、適当なところに、どうにか持ち帰った死体を放り投げる。


一先ず、適当な大きさに分解するべきか、主要な部分で分けるべきか。

そんなことをわずかに考え、自分には知識も経験もないのだからと、ナイフで四肢と胴体まず切り分ける。


「調査に必要な分量はどの程度だ?」

「ガイドを引きます。」


視界内に表示される線に従い、足の一部を切り取る。

それをより厳重な密閉が可能な容器に入れる。


「血液のサンプルは?」

「調査用の設備がありません。

 血液を飲料の代用にする予定もありませんので。」

「それは何より。

 残りの部分に関しては、このまま機外に放置か?」

「はい。安全に保管可能な容器がありませんので。」


わかった、とそう天野は応えて、掘っておいた穴に残りの部分を放り込み、防護用の覆いをかける。

そして、内部をに液体燃料を少量入れ、点火、焼却する。

凍結処理のほうが望ましくはあるが、他に手立てもない。


その作業を終えた後に、装備の外装を外し、容器に入れ、密閉処理を行う。


いろいろあった、第二回探索も終わり、ようやく慣れ親しんだ機体へ帰還できる。

装備の変更で一度戻ったにもかかわらず、天野はようやく落ち着いた気持ちで、機内へと足を進める。

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