第14話 帰還そして、再探索

天野は、初日とは違って、ずいぶんと軽い足取りで機体が占有する場所の側に戻ってきた。

時間を確認すれば、戦闘行動が二度あったとはいえ、出発してから五時間もたっていない。

彼は、これから別の方向へと足を延ばそうかと考え、それを戒める。


作戦の一つが上手くいったからといって、次が上手くいくとも限らない。

とはいえ、全体として時間が限られており、急ぎのことでもある。

さて、どうしたものかと、考え始めたとき、彼に声がかかる。


「中尉。コンテナの物資の移動を。」


天野は、言われて、ひとまず収集物を一度下ろすべきと考え直す。

また、その際に、棚上げしていた問題を思い出す。

すなわち、本日獲得した結晶を、外部に初めから配置するのかどうか。


「獲得した結晶をそのまま機体外に配置することに関して、どう考える?」

「推奨しません。

 万一中尉が船体から離れている際に、不明な挙動があった際、中尉は当機を失うこととなります。」


いわれて、天野はその可能性を考慮する。


「そうであれば、船内にあったとしても、変わらないと考えるが。」

「いいえ、船内に存在すれば、緊急排出を行い、相応の距離を作ることが可能です。

 現在に至る直前の、機体の位置を鑑みるに、十分な距離を離すことが可能です。」

「なるほど。」


確かに、あの状況下で、それぞれの機体が相応に近い距離にあった。

特に、ベノワの機体とは至近距離といっても差し支えない。

その状況で天野だけが、移動したというのなら、距離は重要な要素とみることもできる。


「その予測が間違っていた場合は。」

「外部にある際、当機が何かの作用を自発的に行うことが不可能であり、また中尉が携行している際も同様。

 当機内に保管することが、最もリスクの低い選択肢と判断します。」

「よろしい。その意見を採用しよう。

 コンテナの内容物を保管後、再度探索に向かうことに関して、なにか意見はあるか?」

「いいえ。」

「ならば、先ほどまでの移動方向に対し、九〇度方向へ移動を行う。

 補助を頼む。」

「了解です、中尉。」


宣言通りに、天野は一度船内の出入り口に戻り、その場でコンテナの中身を放出、あとの処理を任せたうえで、再度外部への探索に向かう。

三度目ともなれば、手慣れたものであるのに加え、森の中ということもあるのだろうか。

周囲に特別目新しいものも少なく、その工程は早く進む。

少ないだけで、ないわけではないので、当然道中に天野はあれこれと採取していくことになるのだが。


そうして活動することに、どことなく満足感や、楽しさを感じる己を、天野は自覚した。

何もかもが不足していて、あらゆることに不便を感じているものの、それが楽しいと、そう感じたのだ。

天野にとって、このようなことは全てが初体験であり、それゆえだろうか。


移動の合間にまた、幾匹かの犬型の生き物を処理し、その結晶を格納しているとき、レディから声がかかる。


「中尉。前方、マークを付けたエリアの探索を行ってください。」

「何かあったのか?」

「何かある気がしますので、お願いします。」


未だ、この地における日照時間は不明ではあるが、夜間であろうとも問題なく活動できる。

少々時間を使うことに問題は無いと判断し、天野はその地面の方に近づき、確認する。

特に違和感は感じられない。


「中尉。視界内にマークを表示。

 犬型とは異なる足跡を発見しました。」


移動に合わせて、こちらの方向では、足元を覆う草がなく、地面が露出している箇所が増えていたからだろうか。

レディからの報告に、天野は改めて地面を注視する。

マークが示す痕跡は、確かに犬型が残したものと明らかに違う形状をしていた。


「よくやった。それにしても、これはどんな動物によるものだ。」

「不明です。」


天野が思わず口に出した思考に、律儀なAIから返答がある。

生物に関する情報は現在保管されていないのだから、それは仕方のないことであり、天野も以前の会話で十分承知している。


「ああ、ただの独り言だ。通信の不備は理解している。機能に対して何かの意図があってのことではない。」

「理解しています。

 ただ、中尉。独り言が増えているように感じます。

 疲労を感じているのでは?」

「さて、肉体的に問題を感じる程度でないのは確かだが。

 何分、精神的な疲労に関しては、否定できないな。こういう状況だ。」

「帰還して、休息されますか?」

「なに、性能に影響が出るほどでもない。」


そうかえして、天野は改めて足跡を注視する。

さて、探索用の装備が十分にあれば、地面に残された足跡から力をかけた方向を割り出し、追跡もできるのだろうが、今の装備で望むべくもない。

足跡それ自体は、犬型のものよりも小さく、形も二本の円柱をそろえて押し付けたようなものになっている。

地面のくぼみは自身のものと比べて、そこまで深くはないので、脅威になるほど大型というわけでもなさそうだ。

時間経過による変化が起こっているならわからないが、そこまでの判断は難しい。


天野は、足跡の観察を止め、周囲を見回す。

あたりにこの足跡を残した生き物が通ったような形跡があればいいのだがと、そんなことを考えての行動だ。

その期待は叶わず、または、期待通りの痕跡があったかもしれないが、彼にそういったものは見つけることができなかった。


「移動を継続しよう。周辺の警戒は怠らないようにしよう。」

「了解です。移動方向の表示を行います。」


天野は、先に進むことを決める。

進んでいるうちに、この足跡を持つ生き物が見つかればよし。

見つからなかったとして、事前に設定した行動目標が達成されればそれで彼にとっては十分だからだ。


そうしてしばらく進むうちに、再びレディから天野へと警告が伝えられる。


「中尉、収音機から、未知の波形を確認。」


伝えらえると同時に、銃を構える。


「方向は。」

「一時方向。」

「了解。そちらに進路を変える。」


言われた方向に、少し進めば、天野の耳にも聞き覚えのない音が届く。


「類似の波形に該当は?」

「現在のデータには存在しません。」


レディからの答えに、さらに警戒を強める。

接近に連れ、音ははっきりしてくるが、それが止まることはない。

こちらに気が付いていないのか、警戒の必要がないと判断しているのか。


天野は徐々に緊張する全身を、一度大きく呼吸を行い、無理にでもほぐす。

緊張し、体が固まってしまえば、致命的な事態を招くかもしれない。


音はいよいよ大きくなってきた。

足元はこれまで、土と草に覆われていたが、徐々に粒の大きいものが混じり始める。

いくつかは石と呼んでもいい大きさであり、前方には岩と呼ぶべきものも見える。

警戒をしていなければ、拾っていくのだがと、少し場違いなことを考えながら、天野はさらに足を進める。


少し歩けば、前方に明確な森の切れ目が存在している。

天野がそこにたどり着いた時、目の前には敷き詰められた石の合間を流れる大量の液体が存在していた。

更に右手を見れば、高さに差があるのだろう、忽然と液体が落ちていくさまも目に入る。


「ここは、液体が存在するのか。」


茫然と天野がつぶやく。


「失念していました。」


レディから答えが返ってくる。

考えてみれば当然か。大気成分、収集物に現在の環境で液体になりうる分子が含まれているかどうかに関しては、わかっていたはずなのだから。


「いや、俺も完全に失念していた。

 自然状態で惑星表面い液体が存在するなど、それこそ指折り数えられるほどでしかないからな。」


天野は、茫然としていた自分に気が付き、改めて周囲を警戒する。


「いえ、操縦者の見落としに警鐘を鳴らすのが当機の務めですので。失態です。」

「気にするな。探索型の機体用というわけでもない。向き不向きはなんにでもある。」

「ひとまず、今回の波形を記録、以降は同様のことが無いよう努めます。

 中尉。サンプルの採取は可能ですか?

 飲料、燃料用として利用できるのであれば、非常に大きな前進です。」


天野は周囲の警戒を続けながら、目の前を流れる大量の液体に少しづつ近づく。


「周辺に、敵性生命体は見当たらない。

 対象に接近、観察ののち実行しよう。」


そう応えながら、周囲を細かく確認する。

これまでと違い、樹木という遮蔽物が存在しないので、なおのこと周囲の警戒に気を払う必要が彼にはあった。

殊更に時間をかけて、どうにか液体のそばまでたどり着き、その中を覗き込む。

そこには、見てわかる程度に動く影が存在していた。


「動体反応の確認は行えているか?」

「はい中尉。現在の装備で、液体中に対して有効な攻撃方法が存在しません。

 くれぐれもお気をつけて。」

「機内の装備で、対応可能なものは?」

「存在しません。携行型の実弾兵器がそれなりに有用ではありますが、残弾、運搬性の問題があります。」

「無理のない程度に努めよう。サンプルに必要な量はどの程度だ?」

「液体採集用のカートリッジをご利用ください。」


いわれて天野は、表示された装備を腰に巻かれているツールバッグから取り出す。

使用方法に関しても、同時に転送されているので問題ない。

彼は液体中からこちらに向けて、動きを見せる動体が存在しないか注意を払い、すぐに液体から離れられるよう気を配る。

カートリッジに必要な量を採取するのにかかった時間は、それこそわずかではあったが、彼にはひどく長く感じられた。


「カートリッジ、装備の破損の可能性は?」

「こちらでモニターをします。破損の兆候があればすぐに警告しますので、破棄をお願いします。

 また、時間経過による腐食を避けるため、一刻も早く機内への帰還をお願いします。」

「わかった。ここで採取を切り上げ、帰還しよう。

 方向の指示とともに、移動の最中に見つけた足跡を持つだろう生き物に関しても警戒を。」


天野がそう答えたとき、異音が聞こえる。


「周辺警戒。」

「了解。」


天野は、息をひそめて周囲を伺う。

背後には特定の終わっていない液体。

周辺に遮蔽物は存在しない。

状況は、非常に悪い。


「中尉、視界に表示します。動体あり。犬型よりも大型と判断できます。」


天野は視界に表示されたマーカーの方向を向き、すぐに構えていた銃口の引き金を引く。

茶色い塊に見えたそれに、着弾を確認する暇もなく、二回、三回と射撃を行う。


直ぐ後に、対象は、木と草の陰に消えた。


「逃げたか?」

「いいえ、その場に倒れたかと。」


返ってきた言葉に、天野は警戒しながら、接近する。

そこには、茶色の毛皮に、白い斑点、すらりと長い四本の足を持ち、蹄が二つに分かれている生き物がいた。

頭には大きく鋭利な突起物を持ち、非常に攻撃的に見える。


「対象を目視。活動は見られない。」


そう口に出しながらも、油断せずに、銃口を向け続ける。


「呼称不明対象、現在活動を停止しています。」


その返事を聞き、ようやく少し安心する。

ただ、結晶に代わる迄と、天野は警戒を緩めない。

そうして、その場で待機すること二分程。

これまで見られた、霧のように消え、あとに結晶だけが残る現象は遂に起こらなかった。

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