第13話 決定因子の不足

天野は、動く樹木が消えた後に転がる水晶を回収するため、もともと樹木があった場所へと向かう。

その際、地面の様子に特に注意を払う。

根らしきものが地面から飛び出してきたため、他の樹木が同様の振る舞いを見せることを警戒したのもあるが、何よりその痕跡が消えてしまっていることが気にかかった。

対象の樹木が消える前に、根が付きだしてきたとき、確かに地面からの振動を感知した。

果たして、その根が引っ込んだ際に、地面に穴が開いていた。


「さて、あの根が突きだしてきた際に、地面にそれらしい穴が空いていたように思うが。」

「はい、中尉。記録画像をご確認ください。」


送られた画像には、突きだした根が戻った後に、はっきりと穴が空いている。


「それから、こちらが同じ位置の2秒後の画像です。」


次に提示された画像では、忽然と空いていた空間が消えている。

ご丁寧に、その表面には草が生えている。


「この期間の連続した映像はあるか?」

「中尉の移動により、定点観測を行ったものではありませんが。」

「それで構わない。」


天野がそう伝えれば、すぐに映像が再生される。

レディが処理を行ったためか、それは穴が空いていた位置に焦点を当てたものだった。

質にばらつきはあるものの、天野が認識できる速度では、突然地面の穴が消えているように見える。


「この地面の穴は、時間経過で修復されたか?」

「いいえ、現在の観測機器の精度では、連続性なく、突然直線の状態に復帰しています。」

「それは、あの樹木があった場所も、同様ということか。」

「はい。」


天野は、いっそあの根の動きを誘導して、周囲のどこかを破壊させればよかったと考える。

その結果で、破壊の痕跡が消えるのかどうか、確認したくなってしまったからだ。

生憎、今回は突きだした根が何かに衝突することもなく、中空を貫いただけであったため、その確認はできそうになかった。

勿論、彼自身で実験するというのは、論外ではあるのだが。


「地中に不審な空洞があるかは、観測可能か?」

「いいえ、中尉。現在の装備にアクティブな探索機能は存在しません。」

「それは、装備の変更で可能か?」

「不可能です。必要な装備は現在当機に存在しません。

 また制作にあたって、必要な情報が不足しています。」

「わかった。では、目の前の減少について考えよう。

 木の根らしきものが、地中からこちらのいた場所に、突きだしてきた、これは間違いないな。」

「はい、間違いありません。

 こちらの位置を特定した方法、地中を移動した方法が不明ではありますが。」

「方法に関しては一度無視しよう。木があれだけ自在に動いていたんだ。

 こちらの位置の特定に関しては、そうだな、振動の可能性は?」

「一般的な樹木が、振動を感知する機能を備えているとは思えませんが。

 光に反応して生育の方向を変える種が存在していたかと、それに近しい形で、何かを感知することがないとは言えません。」


天野は、レディからの返答を聞きながら考える。

たしか、食虫植物という分類があった気がする。

あれは、特定の場所に接触することで反応するものだったか。


「直前まで反応がなく、一定距離に近づいたところで反応があった。

 ある一定距離を感知する機能が備わっていると、そう考えるが。」

「確定させるには、サンプルが不足していますが。振動を感知するとして、対象物まで、こちらの移動の影響による地面の振動があの距離で伝わるとは、考えられません。

 距離、状況を考えれば、視覚、聴覚に類するものが無ければ、感知は難しいかと。

 周囲に障害物も多数ありますので。」


確かに、ここはコーンのある位置よりも深くなってきた森の中。

あたりには、岩もあり、多くの木々が生えている。

この中で、かすかな振動の差を理解するというのであれば、それこそ大気の揺らぎに応じてあちらこちらにその根を突きだしていなければ、理屈に合わない。

そのとき、ふと、天野の脳裏に思い付くことがあった。


「例えば。例えばだ。

 今私に起きている重量増加、それの原因である物質を感知できるとすれば?」


レディに、天野は意見を求める。


「その器官の形状、機能に関して疑問は残りますが、あるとしてあの対象が備えているなら、その推論は成立するかと。」

「そうだな、あまり、意味のない質問だった。

 そもそも不明なことばかりなのだから、目のまで追加されたからといって、今更か。」


レディからの返答で、そもそも見たことも聞いたこともない、全く異なる法則の下にあるものを引き合いに出したと、天野は気が付いた。

そういった、これまで影も形もなかったものを引き合いに出してしまえば、あらゆることがそれで説明ができてしまう。

良くないことだと、自分の考えを戒める。


「地面の状態について、何か気が付いたことは?」

「現状のセンサーでは、重量まで測定できませんので、今のところは。

 ただ、対象が結晶に変化した際に、周辺の地形を整復するのだとしたら、これまでの犬型の生命体が何も変化を周囲に与えたことが、説明できません。」


天野にとって、問題は正しくそれであった。

珪素生命体、もしくは、こちらに来てから遭遇した生命体に共通の事項であれば、今こうして面食らっていたりはしない。

結果として、似たような事態は起こっているものの、同じ現象と判断するには差異があまりにも一目でわかる。


話しながらも、歩みを続けていた天野は、足元に落ちている結晶を拾い上げる。


「これまで、拾い上げたものより、明らかに大きいな。」


手のひらで転がしてみれば、それは明らかに犬型のものから得たものに比べれば大きい。


「これまで、珪素生命体から明確に大きさの違う結晶が得られた事例はあるか?」

「不明です。」


やはり、ここでもデータベースへのアクセスができない事が、影響を及ぼしている。


「しかしながら、複数のコーンの自爆により発生した構造体の結晶が、どれも同じ程度のサイズであることから、珪素生命体に関しては、残留物に有意な差異は発生しないものかと。」


天野はレディから伝えられた見解について考慮する。

確かにあの状況であれば、大型、小型の区別なく破壊できた可能性はあるが、残された結晶の数を考えると、あの宙域に存在したすべての珪素生命体ができていた、というわけでもない。

であれば、小型ばかりを撃破した可能性もある。


「撃破したのが小型ばかりの可能性は?」

「大型の撃破より低い可能性となります。そのサイズゆえに大型が爆発影響範囲から完全に逃れることは困難ですので。」

「あくまで、可能性であって、確定情報ではないと。」

「はい、中尉。実際に観測を行った結果での報告ではありません。」


天野はふと考えてしまう。

日々、行動するたびに、新しい、よくわからない出来事の出会う。

それが良いことか悪いことか。


「中尉。その結晶ですが、犬型物と比べ体積がおよそ3.2倍。

 対象が、結晶を残すまでに与えたエネルギーの総和と、関連があるように思えます。」


言われて、送られたデータに目を通せば、犬型に対して与えた小型陽電子砲のエネルギーの推定値と残された結晶のサイズ。また、先ほどの樹木型に関して同様の値が示されている。

確かに、残された結晶の体積と、関係のありそうな数値に見える。


「これは、例えば、陽電子砲を使用しなかった場合に、同じ結果が得られると思うか?」

「不明です。実証の危険性が高いため、おすすめはしません。」


言われて、天野は犬型であれば問題なさそうだと考える。ならば、次回はナイフのみを使用して、撃破を試みようと決心する。

陽電子砲が対象に与えるエネルギーは複数項目にわたり、ナイフのみでの討伐で与えるエネルギーの総和とは、単純に比較することは難しいが、試行の価値を感じたからだ。

もし、この仮説が正しければ、珪素生命体がサイズに応じた耐久力を持っていることが何か別の要因によるものと判断できるかもしれないからだ。


「許容できる危険性だな。機会があれば実践しよう。」

「了解です。ただし、対象が一体の時のみ実行してください。」

「ああ。実行の際は、対象に与えたエネルギーの総和の計算を頼む。」

「了解。現状の観測精度における最高をもって、計算を行います。」


そこまで話、天野は拾い上げていた結晶を小型格納庫にしまい込む。

予定の工程を消化するまでは、あと少し。

ここで起きた事態を考えれば、一度戻るのも選択肢であろうか。

そんなことを考える。


「目標距離までの、残りは?」

「残り2㎞ほどです。」

「ならば、速やかに移動を行い、通信品質の確認。その後帰還する。」

「了解。方向指示を表示。移動を開始してください。

 また、現状で通信品質警告。データロスの発生を確認しています。」

「なるほど。数値としてきりよく目標とできるほうが好ましい。

 移動を実行。通信状況に明確な遅延が発生しているのであれば、移動を止めるが?」

「現在の通信遅延は、2ナノ秒以下です。」

「ならば問題ない。明日以降の話にもなるが、50ナノ秒を超えることがあれば警告を。」

「了解。」


現在の新しく設計されて、生産され、その一部を機械で代替する人類であれば、20ナノ秒であれば近くが可能であると、性能が評価されている。

ただ、そこには個人差もあり、だれもが最高性能を発揮できるわけでもなく、もちろん状態による誤差も存在する。

天野は自身の戦闘記録に基づいた平均値での遅延を提示する。

それ以上の速度であったとして、彼には処理しきれない場面が出るためだ。

最もレディ側では、こちらの処理速度よりはるかに速い情報処理を行えるため、提示した時間はずいぶん遅く感じられるのかもしれないが。


そんな取り留めもないことを考えながら、天野は残りの行程を何事もなく踏破する。

通信品質だけを考えれば、さらに先に進む案もあったが、ひとまずこの距離を区切りとし、彼はコーンへ帰還することとした。


勿論、その帰り道でも、何も起こることはなかった。

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