第12話 帰還に向けて2
天野は昨日と同じく、採取活動を行いながら道を進む。
違うことといえば、成分解析を終えたものについては、人体に有害であるため採取の必要がないと、レディから忠告が入ることくらいだ。
二時間ほどは進み、昨日謎の生命体と遭遇した位置を超えてしばらく、天野は一度足を止めた。
「さて、現在位置は機体からどの程度離れている?」
「六〇㎞ほどです。
現在通信に多少のロスが発生しています。問題は無いレベルではありますが、障害物が非常に多いためだと推測されます。
このままでいけば、およそ100㎞が十分な品質の通信を行える限界距離となるでしょう。」
「機内に通信中継用の端末があったな。それを設置したとしてどうなる?」
「該当端末は宇宙空間での利用を想定しており、大気下での暴露試験が行われているものではありません。
端末の品質維持期間が不明です。」
「そうか。ならば一先ず、通信の品質が保証される範囲内の探索を優先しよう。
これまでに、昨日と同様の異質な音に関しての発見は?」
「現在、発見されていません。また、装備の性質上全周囲からの音を拾っているわけではなく、指向性をもって収音しています。
音に関しての探索完了範囲を送信します、ご確認ください。」
天野は送られてきた周辺地図を確認する。
コーンを中心として、3D化され、音の確認ができる範囲が地図上に色分けして表示されている。
天野の想像より非常に狭い範囲でしか収音できていなかった。
「収音範囲をあげるには、装備の変更が必要か?」
「はい。又は、一定距離移動ごとに360度確認していただければ、解消が可能です。」
「それは、周辺の大まかな探索が終わってからにしよう。」
天野はその行動のに費やすことになる時間を考え、現状のまま行動することにする。
予定した距離を移動するため、改めて歩き始めようとしたときに、天野耳に変わった音が届く。
素早くそちらに体の向きを変え、レディに指示を出す。
「こちらの方向から、異音を捉えた。確認、解析を頼む。」
「了解。」
天野は銃を改めて構え、油断なく、音の聞こえた方角をにらむ。
「中尉。詳細はサンプルの不足で断定できませんが、こちらに向けて移動している音源があります。」
「わかった。こちらからも接近する。」
「お気をつけて。」
「了解。詳細な記録を頼む。」
告げて、天野はじりじりと、移動を開始する。
そもそも現在の装備は、静音性など考慮していない。テラフォーミングが完了していない惑星上での活動を目的としているため、継続的な利用、丈夫さといったものが優先されるからだ。
「中尉。拡大画像です。目標の生物三体を確認。距離およそ20m。
こちらを囲むように移動しています。」
「各個撃破を行う。
目標に識別子を追加。行動中に画像解析可能範囲から外れたら、再確認できるまで識別子は外して、直前位置の情報だけ表示。」
「了解。識別子を付加。」
拡大された画像には、草むらや、木の陰に隠れるように昨日見たものとよく似た、灰色の毛皮が少し映っている。
天野自身、周囲を気を付けてみていたはずではあるが、なるほどこれは肉眼で気が付くのは、難しいだろうと感じた。
今は視界の中に、赤い識別子がその存在を示しているため、見失うことはないが。
同時に、補助を行ってくれるレディをありがたく思う。
特に現状、大きな怪我をすれば、確実に致命傷になるのだから、事前に敵性生物の位置情報が彼にとって非常に重要なことだ。
対象の三体は、それぞれに分かれてこちらを囲むように移動を行っている。
その行動はずいぶんと知性を感じさせるものだ。
その姿に、感心を覚えるものの、ただそこに彼我の戦力差の考慮がされていない。
いや、唐突に表れた自分の装備を勘案して戦術を考慮せよというのも理不尽か。
天野はそんなことを考え、すぐに行動を開始する。
15m程まで近づいた対象へと、一足飛びに接近。
目視と同時に、射撃を行う。
その姿は昨日見た生き物と変わりないように見えた。
天野は二発が対象に着弾したことを確認すると同時に、次の対象へ接近。
残りの二匹も同様に、処理を行う。
最期の一体のほど近くに着地した時に、天野はふと思い立ち、腰に銃を戻し、ナイフを引き抜く。
目の前には大型の犬に似た生き物が横たわり、活動を停止している。
「中尉?」
レディから疑問の声が上がるが、天野は応えず、その毛皮の一部を切り取ってみる。
「結晶前に本体から切り離した物体が残留するのか、確認をしてみたい。
もし、残るのであれば、周辺の木々を徹底して破壊すれば、結晶を得られるかもしれない。
加えて、この惑星における生物に共通の事象だと判断も行えるだろう。」
天野はそう返して、目の前の生き物を観察しながら、撃破した残りの生き物が再度動き出していないかも確認する。
「まだ生体が明らかになっていないのに、明確な活動停止を確認せずに近づくのは危険行為では?
今後は控えていただくよう、お願いします。」
「確約はしかねるが、気を付けよう。
確かに一度負傷すれば、そのまま行動不能になりかねないわけだしな。」
「ご理解いただけたようで、幸いです。」
そんな会話をしているうちに、目の前の生命体が蒸発するように消えて、その場に結晶だけが残る。
天野が手に持っていた、切り離した毛皮も同様に消失した。
「都合のいい話はないものだな。」
「ここまでこちらに不都合なことが起こっているのですから、少しぐらいはと期待してしまいますが。」
「なんにせよ、確認できたことは喜ぶべきだろう。
少しづつでも、情報を蓄積しなければいけないからな。」
天野は地面に転がる結晶を回収する。
その際ふと考える。密閉処理を行うべきかどうか。
この後、必要数を集めれば機体の側にひとまず並べてみるわけだが、それまで密閉して保管しておくのか、いっそ場所を決めて、最初から配置しておくか。
一度棚上げして、落ちていた三個の結晶を一先ず回収し、それを手の上に並べて観察する。
細長い不規則な多面体。
どれも形状はわずかに異なっているように見える。
この形状に意味はあるのだろうか。
そんなことを考えながら、ひとまず小型コンテナに収納する。
「さて、それでは行動を再開しようか。」
「了解です。移動方向を再度表示します。」
天野は機体から直線で移動を続けている。
この木々に覆われた空間は、どこまで広がっているのだろうか。
彼の体感では、移動に応じて植生が濃くなっているのか、薄くなっているのかも判断できない。
「レディ、この木々に覆われたエリアから脱出はできそうか?」
「不明です。木々の密度が少しづつ上がってきていますので、脱出を目的とした場合、逆方向に向かうのが良いかと。」
どうやら、画像の解析上では変化があるようだ。
「なるほど。角度を少しづつ変えることを考えていたが、それも一つだな。」
「食料の確保という観点から、平野部を目指すというのはお勧めしませんが。」
「そういえば、それもあるな。」
天野は直面している問題の多さを改めて、思い知る。
「そちらに関しては、帰還後改めて確認しよう。」
天野は話している間にも、移動や採取を続ける。
採取の目標に関しては、出発前に渡されたリストを確認しながら、自分にとって有害と判定されているものを除きつつ、新しく見つけたものは、積極的に収集していく。
「こういうときほど、データベースへのアクセスができないことを悔やむことはないな。」
「申し訳ありません。今後はフリースペースに動植物の全データを記録しておきます。」
「やめてくれ。二回もこんな状況に直面したくはない。」
「ただ、帰還が成功した場合、中尉が再度こちらに派遣される可能性もありますが。」
言われて、天野は思わず動きが止まる。
「その場合、流石に単独ということはないだろう。
辺境、それも天の河銀河系の外側とはいえ、流石に増員は送られると思うが。」
「現在の人類の慢性的な人員不足を考えると、どうなのでしょうか。」
「確かに、調査用機械という話も出るだろうが。
この話はここまでにしておこう、正直精神衛生上よい話題とも思えない。」
「失礼しました、中尉。」
帰ったところで、再度追加装備を持たされて。
実にありそうなことだと、天野は考える。
その際、あの班員たちの半分ほどは、巻き込まれるのだろうか。
そもそも、再現性が保証されていない以上、そんな人体実験じみた真似が許容されるだろうか。
天野は自分から、話題を止めた以上はと、一度それらすべてを棚上げする。
とにかく、今は帰ることだけを考えよう、と。
話を打ち切って、しばらく。
そろそろ予定していた行程を踏破しようかというころ、天野の前に奇妙なものが現れた。
それは周りに生えている木と、外見的な差異はあまりなく、青々とした枝葉をたたえたものだった。
「動いているな。」
「はい、動いていますね。」
大きな違いは一点。
その木は明らかに自発的に動いていた。
「樹木というのは、あのように動くものだったか。」
「そうであれば、周辺のものが動いていないことが説明できません。
あの対象が特別な種という可能性もありますが。」
「事前に警告がなかったのは?」
「発生している音としては、周囲の木々が発生させるものと変わりませんので。
確かに、頻度、音量ともに大きく異なりますが、現在の装備では音源までの距離は特定できません。」
「なるほど。」
天野は、目の前で不規則に動く樹木を注視する。
見落としは無いだろうが、何か外部の作用で動いている可能性も否定しきれない。
天野は銃を構えたまま、少しづつ近寄っていく。
「中尉、地面から不明な振動。」
レディからの報告に、天野はその場から後ろへと移動する。
余裕を持った距離を維持した天野の目に、地面から先のとがった木らしきものが飛び出してくるのが映る。
「敵対行動を認識。推定される対象を排除。」
そう告げ、改めて動く樹木に銃口を向け、二回引き金を引く。
そのまま様子を見れば、また振動検知の警告が来る。
犬らしき生き物に対しては、十分だったが、目の前の樹木に対しては不足なようだ。
その場からさらに移動して、追加で数度引き金を引く。
動物と違い、外見的に活動停止が分かりにくいかと思えば、動いていた枝葉が止まり。
地面に向かって垂れ下がる。
そのまましばらく様子を見ていると、珪素生命体と同じように、霧のように姿が消える。
そして、樹木があった場所には結晶が転がっていた。
根が生えていたはずなのに、地面に穴が開くこともなく、天野は転がる結晶を目視できた。
「また、妙なものに出会ったな。」
天野はそう呟くしかなかった。
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