第11話 帰還に向けて1

レディとの相談を終えた天野はそのまま浴室で汗を流した後、眠りについた。

夜間でも問題なく活動できる装備がそろっているため、軽く休んだ後は、すぐに行動に移すつもりではあった。

しかし、かなりの時間彼が目を覚ますことはなく、次に気が付いた時には、最後に時刻を確認してから実に13時間が経過していた。

珪素生命体との戦闘からこちら、ずっと神経をすり減らすようなことが続いていたからだろうか。

モニターしきれない疲労が溜まっていたらしいと、彼はひとまず納得をする。


「レディ、起こしてくれてもよかったんだぞ。」


天野はなんとなく、愚痴のようなものをつぶやく。


「昨日は、メンタルの数値が複数回規定値を超えていましたので。

 睡眠による回復が見込めればと、あえて起床を促しませんでした。」

「気の利くことだ。」

「賞賛をうれしく思います。中尉。」


返答は返ってこないかと思っていたが、すぐにあった。

思えば、この状況であれば彼女も暇を持て余すだろう。

外部から得られる情報は、あくまでこの機体のセンサーによるものだけにとどまり、その処理だけでは、能力をかなり持て余すことになるだろう。

本来であれば、宇宙空間において、常に周囲の情報の収集と他の機体から得られる情報、軍本部から送られる情報、さらには必要な調査に応じてデータベースへのアクセスも行い、その情報の全てを処理しなければいけないのだから。


「レディ、私の就寝中に報告すべき事態は発生したか?」

「はい中尉。視野角が木々によって限られていますが、外部カメラを利用して、昨晩天体の観測を行いました。」


明確に指示として出していなかったが、確かに有用な情報だ。

そう考えた天野は、話を聞く構えを作る。


「興味深いな。よく実施してくれた。

 大気による揺らぎもあるだろうし、継続的な観察が必要な事項もあるだろうが、ひとまずの結果を報告してくれ。」

「はい、中尉。」


レディは天野に資料を送信する。


「資料に記載していますが、観測できる天体を全て図示したものとなっています。

 少なくとも現在位置の特定に寄与する情報は現在見つかっていません。

 また、天の川銀河、並びに観測記録が完了している星図と比較した際、記録されている恒星の位置関係と一致するポイントは存在しません。

 別銀河系の観測に関してですが、現在の装備では不可能です。

 また、渦状銀河に存在していればみられるであろう、恒星の帯に関しても観測できませんでした。」

「なるほど。ここが天の川銀河系ではないことを裏付ける情報として、有用だな。」

「ありがとうございます。」

「この記録は継続してくれ。可能なら、自転、公転周期の計算も頼む。

 特に自転周期が分かれば、それに合わせて活動を行うこともできるようになるしな。」

「自転周期に関しては、南中高度が複数回判明すればそれなりの精度で算出が可能です。

 もちろん惑星外からの観測によるものほどの精度にはなりませんが。」


天野はそういえば昨日の行動中に、この惑星の主要な光源となっている恒星を確認していなかったことを思い出す。


「現在位置で南中高度は判断が可能か?

 機能の段階で恒星を確認しておくべきだったか。」

「外部の光量による概算は可能です。もちろん精度は落ちますが。

 僅かでも精度を上げるということでしたら、観測を行う際に障害となるものが無い位置にカメラの設置をお願いいたします。」

「予備を観測に使うのか。」


天野は、確かにこういった観測情報は重要だと感じるが、もしも外部に設置して破損した場合のことを考えてしまう。

資源には限りがあるのだ。

優先順位を決めなければならない。


天野は悩む。

こういった情報は軍人として、どれだけ重要かは理解できる。

帰還を前提として、その先を考えた場合は、このカメラの設置は必須といってもいい。

しかし、帰還の目途が立っていない状態であり、これを達成することだけ考えるのなら、資源の浪費は避けなければならない。

天秤を傾けるために、天野は大きな材料をレディに告げる。


「現状、機体の航行もできない状態では、カメラの設置を行ったとして、精度の上昇はたかが知れているだろう。

 ならば、周辺の観測に予備を使うこととしよう。」

「了解です、中尉。記録の継続は現状で可能な範囲で行います。」


そう、それこそ機体周辺の樹木を全て伐採して、視野を確保したとして、惑星の全周で考えれば微々たるものでしかないのだ。

また、高所に設置しようにも、重力制御ができない以上、場所も限られてしまう。

軍事的に意味のある地図などとてもではないが作れる状況でもない。

ならば帰還した際の情報として、現状でも十分であると判断する。


「なんにせよ、今日の探索の際、この惑星が属するであろう恒星系の主星の確認を行おう。」

「了解です、中尉。木々の合間から確認できればいいのですが。」

「不可能であれば、それこそ継続的な目標とするだけだ。

 さて、栄養補給を行って、早速ではあるが調査を開始しよう。」

「そのことですが、昨日の収集物から人体に有害な成分がいくつか検出されたものがあります。

 また、該当物を除かなくとも、現状の収取物では必要な栄養素の確保がなされません。

 積極的に収集活動も行ってください。追加装備として、小型コンテナを基本外部探索装備に追加していますので、ご活用ください。」

「了解だ。」


天野はそう応えて、行動を開始する。

食事に関しては、そもそも積載量に限界があり、長期保存が可能であるという要件を満たすためにはおのずと、その形は決まってくる。

彼の食事は、簡単なものでいくつかの錠剤と、押し固められた棒状の物体となっている。

一日に二回、これらを口にすれば経口で十二分に必要な栄養価が得られる。


天野は手早くそれらを摂取し、背部に天野の背丈から見れば十分に大きなコンテナが取り付けられた装備を身に着け、外に出る。

昨日と同じく、ハッチから出れば、そのまま地面へと落下する。

周囲は昨日から大きく変わったところがあるようには見られない。

レディからの報告書にも、天野の就寝中に周囲に新規の動体は発見されなかったとのことだ。


「さて、昨日の話では、確か周囲の木の破壊を試みるとのことだったが。」


言いながら天野はあたりを見渡す。

鬱蒼と言うほどではないが、少なくとも選ぶ必要もないほどに周囲には林立している。


「はい、中尉。

 結晶の採取を目的としていますので、現地の多細胞生物であれば採取が可能であるかの試験を兼ねています。」

「どの程度の損害を与えれば十分だと考える?」

「昨日の生き物と同程度の損害を与え、一度様子を見ましょう。

 根から切り離すことが条件ではないのは、昨日の採取の結果から明らかですので、変化が見られない場合は、切り倒したうえで、細かく全体を砕いてみましょう。」

「なかなか時間がかかりそうな作業だな。」

「全行程の終了に二時間を想定しています。

 また、木を切り倒す際には、周辺への過剰な影響が出ないように、補助を行います。」

「頼んだぞ。」


天野はそう応えて、作業を開始する。

一先ず、小型の陽電子砲を数発、手近な木に打ち込む。

暫く待つものの特に変化は見られなかった。

貫通痕はあるものの、この程度でどうにかなるなら、昨日とった果実などが結晶に変化しない理由もないだろう。


「さて、切り倒すか。」

「視界にガイドを表示します。問題はないでしょうが、倒れる際に機体にあたっても困りますので。」

「それもそうだな。」


天野は、レディに応えながら、腰からナイフを引き抜き、木へと近づいていく。

離れていたときには気にもならなかったが、僅かに焦げたにおいが漂っている。

そういえば、昨日の獣の際は匂いに関しては注意していなかったと、反省する。


「まったく、新兵でもあるまいし、自分の行動を逐一反省するとはな。」


自嘲とともにそう呟く。


「中尉。状況が状況です。全て手探りが当たり前ではないですか。」

「そうは言うがな。これでも相応の経験は積んできたつもりだったのだがな。」

「その年齢で中尉にまでなった方が、優秀でないといえば、皇国の人事部すべてが無能だということになりますが。」

「結果として、辺境に飛ばされているあたり、あながち間違いでもないんじゃないか?

 個人的には満足のいく状況ではあるのだがな。」

「私は中尉と出会えたことをうれしく思っています。また優秀な指揮官であり、操縦者だとも。

 現に不意の遭遇戦で、記録上では人的損失0で切り抜けたではないですか。」


視界に直接働きかけ、対象の樹木にはどこをどのように切るのか、ガイドラインが引かれている。

天野はそれに合わせ、ナイフをふるいながら、会話を続ける。

昨日に比べれば、今日はずいぶんと気楽だと、そう感じながら。


「現地の記録で考えれば、私が損失に計上されるだろうさ。

 もし帰還がかなえば、またお偉方に説教をいただくことになるかな。

 指揮官が兵士の損失を抑えるために、身を危険にさらすとは、などと。」

「どうでしょう。私の保持している中尉の記録は、当機に搭乗してからの記録だけですので、回答は難しいですが、持ち帰った情報に関しては、褒章は間違いないかと。」

「なるほど、であれば少しは溜飲も下がるか。

 今から、帰還した時に苦虫を噛み潰したような表情で、私に勲章を渡すお偉方が楽しみだよ。」


そんなことを話している間に、ガイドの引かれた箇所にナイフを入れ終わる。


「中尉、指定方向から対象を押してください。」


言われるままに行動すれば、他の木々の枝を大いに巻き込み、大きな音をたてながら、切り付けていた木が倒れる。

天野はその光景に、何ともまた原始的なことをしていると思う反面、心躍るものを感じていた。

全ての経験が、モニターやセンサーの数値を経由せず、目の前で起こっている。

彼だけでなく、多くの現行人類にとって、得難い経験だろう。


「さて、それではこれから対象を破壊するわけだが。どうしたものか。」

「重力兵器の利用ができませんので、こちらも時間をかける必要があるでしょう。

 ひとまず、適当なサイズに分断するのが良いかと。」

「そうだな。それも含めて作業の見込み時間ということだな。」

「ご明察です、中尉。」


天野は、目の前にある、7mほどの木を前に、ため息をつきながら作業に取り掛かる。

直接的な経験に物珍しさを覚えられたのは、最初の十分ほどだった。

後は機械的に、大きな塊から小さな塊へと、徐々に全体を細かく分割していく。

結果として、彼の作業は徒労に終わった。


「さて、周辺の木材では、結晶が得られないと結論付けるには十分と考えるが。」

「早計かと。一つのサンプルだけで判断はできない事柄であると考えます。」

「その通りではあるが、統計的に十分な数をこなす間に食料が尽きると思うが。」

「はい、中尉。その予測は正しいものです。」


天野は、レディの実にAIらしい回答に苦笑いが抑えられなかった。


「そうだな。少なくとも前例がすでにある事柄を再現するほうが容易だろう。」


そう呟いて、天野は次の行動先に思いを巡らす。


「さて、昨日と同じ方向へと移動してみるべきか、違う方角を目指してみるか。」


天野はそう言葉に出しながら、昨日しばらく進んだ方向へと再び足を向ける。


「昨日本来なら、通信可能距離を試すために、移動する予定だった距離まで行ってみるか。

 ただし、昨日の生き物と同じ音源を感知すれば、そちらの確保を優先する。いいな。」

「了解です、中尉。収音機の確認はお任せください。

 また、当機との通信途絶のシグナルにはご注意を。」

「ああ、頼んだ。」


そして、天野は再び目の前に広がる原生林へと分け入ったいく。

叶うなら数個は結晶を持ち帰りたいものだと考えながら。

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