第10話 帰還に向けて、方針を
天野は一度話を区切り、レディがまとめた情報を確認する。
機内資材に関しては、食料問題が解決するなら、あとはどうにかなりそうだと、判断を下す。
確かに、これから先、コーンが大きく破損することが一度でもあれば、枯渇するどころか、再起動すら難しくなりそうではある。
これらの資材は、コーンの設備で機体の装備に自由に使えるよう加工された資源であり、その加工には当然非常に高度な設備が必要になる。
そして現状、そんなものが用意できるはずもない。
大体の資源を探そうにも、データベースへの接続ができない以上、設計情報や、材質の要求特性、代替方法などはわかるはずもない。
「レディ。原状復帰した危機でこの惑星に電磁波、X線、赤外線などを利用しての通信が行われているか、調査は可能か?」
「はい中尉。現状すべてのチャンネルに対し、通信機器はオープンになっていますが、そこから有意な情報は得られておりません。」
「わかった。ありがとう。
人類史はそこまで詳しいわけではないが、そういった道具を発見ないし開発、利用されていないとしたときに、この惑星は少なくとも、帝国と比較して、どの程度前の技術レベルだと判断できる?」
天野は自身が所属している文明で、最初に機械的な長距離通信技術が発明されたのは、さて、いつの事であったかと、思い返そうとする。
彼の認識では、集団の成長に遠方との時差の少ない連絡手段は必須だった。
現に、彼らは技術的問題で天の川銀河の探索に、時間がかかったわけではなく、派遣した人員から情報を確実に手に入れる方法論の確立、派遣先へ緊急に増援などを派遣できる手立てがなかったため、二の足を踏んでいた時間が長かった。
「資料が存在しないので不明瞭ですが、宇宙空間への進出以前であることは間違いがないかと。
最低でも、4000年以上前と推測できます。」
「なるほど。ならば、道具を使うなにがしかがいたとして、協力を要請することはできそうにないな。」
「中尉。それ以前に機密保持義務があります。」
その義務に関しては、現状抜け道がいくらでもある。
天野は、それに関しては言及せずに、口に出してしまえば、その抜け道を使うことが前提となるし、記録に残るので、ひとまずその考え持っている理由だけを告げる。
「それもそうだが、流石にコーン単独で、銀河系から脱出し、天の川銀河系へ帰還というのは、無理が過ぎるだろう。」
「誠に遺憾ではありますが、そうですね。
当機の能力では、現在地が異なる銀河系であった場合、脱出は不可能でしょう。」
どこか不服そうな物言いに、天野は苦笑する。
「コーンの能力に不満があるわけではないさ。
ここまで想定外の事態が重なるような想定をした機体など、それこそ数㎞規模になるだろう。
そんなものを一人で動かせと言われても困る。
何より、それを数十機も編成して、辺境に送るなど、それこそ生産基盤に求められるものが過剰すぎるだろう。」
「現状の人類の生産力では、賄えない規模にはなりますね。」
「だろうな。現実的な範囲で、最高だと、そうは思っているさ。
事実、こんな状況にあって、こうして寛ぐこともできているわけだ。」
「賞賛として受け取ります。」
何処か自慢げになったレディに、天野はそう呼称するだけのらしさが、あるようなないような、と取り留めもないことを考える。
「さて、レディ。楽しいおしゃべりはここまでとして、現実を考えよう。」
「はい、中尉。」
天野は総言葉に出し、自分も一度気持ちを切り替える。
「作戦目標はただ一つ。部隊への帰還だ。
これが、今後変わることはないし、最優先目標であり続ける。いいな。」
「了解しました。」
天野は、今一度自身の目的を明確にするため、言葉に出す。
「さて、機関の目途に関しては、現在全く立っていない。
宇宙空間に出ることすら困難だ。これについては間違いないな?」
「はい。現在当機の航行システムは原因不明の問題で、利用不可能です。
そのため、機体の移動自体が不可能となっています。」
「当然、新規に動力を生産することもできないな?」
「はい。資材の問題以前に、設計図が存在しません。
中尉から提供を受ければ、判断を再度行うことは可能です。」
天野は技術士官ではないし、そこまで技術に熱心でもないため、そういった知識の持ち合わせはなかった。
「ならば、不可能ということだな。」
「了解です。」
天野は、ここまでの会話を前置きとして、思いついた可能性のありそうな事柄を告げる。
「この状況に陥った原因となった事象の再現により、帰還することは可能だと思うか?」
彼が感じる、最も現実的な案がこれだった。
今回の外部探索で、珪素生命体と同じ特徴を持つ生物に遭遇したことで、彼はこの考えに思い至った。
「つまり、あの解明されていない事象の再現を試みるということでしょうか。」
「ああ、そうだ。少なくとも現状取りうる手段として、他に有力なものがないとも感じている。
溺れる者は藁にも縋る、というのだったか。
正直縋れる藁があるだけ、よい状況だ。」
天野は続ける。
「直前状況の記録は残っているし、際限が可能となるかもしれない資源が本日幸いにも発見できた。
もちろん、全く違う状況に陥ることになるかもしれない。
陥った先で、そもそもこのような試行ができなくなるかもしれない。
だが、可能性があるというのなら、試してみるべきだと考えている。」
天野とて、最悪の事態に考えは巡らせている。
そもそも全く未知の場所に移動させられることとなったのだ。
元の場所に都合よく戻れる可能性が低いことも理解している。
それでも、ここでただ朽ちていくのを待つよりは、と、彼は考えずにいられなかった。
「提案された方法による機関の可能性ですが、そもそも不明瞭な要因によるものばかりで、計算は不可能です。
現状を鑑みた場合、元の座標への帰還見込みは、限りなく低いと回答せざるを得ません。」
「わかっているさ。だが、他に方法がない。」
「現状より生命維持が困難となる可能性がありますが?」
「織り込み済みだ。」
AIから投げかけられる問いに、天野は既に自分の中にある回答を返していく。
しかし、一つ彼が思考から外していた疑問が投げかけられる。
「再現を行う際、当機の破棄を行うと、そういう認識で間違いありませんか?
当機が破棄された場合、中尉の新環境下における生存は絶望的と、そういわざるを得ませんが。」
言われた言葉を天野は考える。
確かに、直前の状況を考えれば、複数のコーンの自爆というがあった。
だが、どうなのであろうか。
過去の記録によれば、同様の行為で、今回発生した事態が起こったという報告はなかったはずだ。
しかし、影響がないと言い切れるものではない。
どうして、自分はその可能性を一度も考えなかったのだろうか。
装備に依存をしているのだろうか。
彼の脳裏にはいろいろな考えがよぎる。
しかし、変えずべき回答は一つしかなかった。
「コーンの自爆を行うことはない。
そもそも、過去に同様の作戦を行った際に、現状に類似する事態の報告が行われた例は無い。
加えて、惑星上での核融合炉の暴発など、許容されない。」
そう告げれば、AIはどこか安心したように応える。
「了解です、中尉。作戦目的を受諾。
具体的な方法論の立案を補助します。」
「理解を得られてうれしく思う。
さて、具体的な方法に関してだが、第一案として、あの構造物に利用されていた結晶と同数の結晶を収集、配置を行うことを考えている。」
天野は思いついた、最も容易な方法を告げる。
「あの構造物に利用されていた結晶の総数は五十。
しかし、帝国の研究所にはそれをはるかに超える数が保有されているはずです。
そこで、こういった現象が確認できていない事態に関しては、どうお考えでしょうか?」
そう聞かれれば、確かにコーンの一斉自爆が頭をよぎるが、そもそも現状一機しかないのだ。
完全に再現とはならない。
「珪素生命体の異常行動が確認されたという流れが存在していたのだ。
正直これまでの結果だけを参照することに、意義を感じられない。
また、現状にこれまでの記録をもとにした論理的帰結というものが適用できるかにも、疑問を感じる。
作戦として、緊急ではあるものの、試行に際してコストが発生しないであれば、思いつく限り実行してい見ればいいと考えるが。」
「そうですね。中尉の考えは理解しました。
確かに現状の打破のためにとれる、ノーコストの方法は実践してみるべきでしょう。
ただ、その方法を行うとして、現在機体外に重力操作が行えませんので、構造物の再現性に問題があると考えます。」
言われて、天野はその問題を認識する。
確かに、現象を確認したのは無重力化であった。
「無重力化で、何らかの力が働かずあの形状をとったのだ。
同じ数を集めれば、再現されると考えられないか?」
「話を元に戻しますが、そうであれば、帝国内で保管されている箇所にて、同様の現象が発生したかと。」
「そうだな。」
思い付きは、あっさりと正論の前に膝を屈することとなった。
だが、と天野は続ける。
「他に行動指針もないんだ、ひとまず、同数の結晶を集めることを目標としよう。」
「了解しました。」
目標がないよりは、あったほうがいい。
そうでなければ、試行は悪い方向ばかりに転んでいくだろう。
天野はそう考え、これを一先ずの行動指針とすることにした。
「記録されている個数は五十で間違いないか?」
「はい、間違いありません。」
「では、ひとまずその数を集めることを目標としよう。
明日からは、本日遭遇した生物と同種の物を探し、見つけ次第撃破する。」
「中尉。動物に限定せず、周辺の植物でも試行するべきでは?
この惑星上の生物に共通する特性であれば、収集がより容易になります。」
言われて、天野は考える。
確かに、植物も多細胞生物ではある。
「本日の採取活動で、そのような結果は得られなかったが?」
「完全に破壊したわけでもありません。
中尉の言葉を使うなら、コストが発生しない試行です。」
「試す価値はあるということか。
ならば、明日はそれも行ってみるとしよう。」
そこまでで、天野は会話を区切り、本日の活動の終了を宣言する。
会話でずいぶんと気がまぎれ、コーンの帰還時に感じていた疲労はいくらか軽減されていた。
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