第9話 成果確認

天野は、尋常ではない疲労を覚えながら、コーンに帰還する。

その途上で、何か別種の生き物に遭遇するわけでも、新しい何かが起きたわけでもないが、精神的なものだろうか、彼の人生でこれまで感じたことのない疲労が、足取りをとにかく重くさせた。


天野は、機体に入ると、採取してきたものをすべてその場に取りだし、用意されていたコンテナに収めていく。

蓋をして、置いておけば後はAIが重力操作を利用して、倉庫に格納することだろう。


操作性、情報確認の容易さを考えれば、天野は操縦室に行くべきだとわかっていながら、足を居住スペースへと向ける。

コーンを含め、宇宙空間で長期活動を行うことを前提としている機体には、必ず用意されているスペースとなっている。

最長で、二年程も期待から降りことが不可能であるため、必須の設備となっている。

また、その居住スペースは軍用のものであっても、個人の趣味に合わせて用意することが、もちろん予算による制限はあるが、推奨されている。


天野の居住スペースは、彼が居住ユニットで生活していたころの部屋と、同じものを用意していた。

ダイニングと、寝室、浴室、トイレがそれぞれ区切られ配置されている。

彼はダイニングにつくと、倒れるようにソファに転がる。

普段であれば、お気に入りの音楽でも流しながら、一息つくのだが、今はそんな気にもなれなかった。

獅子を投げ出すような体制で、彼は大きく息をつく。


「中尉。ずいぶんとお疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「ああ、問題はない。しかし、どうしたものか。

 こんなに疲労を感じたのは、初めてかもしれない。

 正直、俺は自分がもう少し精神的に丈夫だと思っていたよ。」


自身の完全に私的な空間であるためか、ことさら砕けた口調で、話し出す。


「いや、こんな状況を想定して訓練などしたことがない以上、戸惑いが疲労を加速させるのはわかるんだが。

 なんだ、遭遇した状況だけを簡潔に書きだせば、生命の存在が確認できた惑星で、遭難しているだけだろ?

 装備は万全、資材の残量に不安はあるかもしれないが、宇宙空間を自由に移動できな文明レベルの相手に、命の危機があるはずもない。」


そこまで、言い切って、天野はようやく気が付く。

人類は天の川銀河内で知的生命体を自分たち以外に発見できていない、という事実を。


彼が今日遭遇した、珪素生命体と同様の特徴を見せた生き物は、明らかにこちらを認識したうえで、威嚇、攻撃行動をとっていた。

つまり、こちらを敵と認識できるほどの知性が存在していたということだ。

状況判断として、敵性生物であったので、攻撃したことに関しての罪悪感を天野が感じることはないが。


「レディ、少し考えをまとめたい。話し相手になってくれ。」

「了解です、中尉。私は常にあなたの補助をすることを喜びとしていますよ。」

「ありがとう。」


天野はソファに体を預けたまま、目を軽く閉じ、その上から手で押さえる。

疲労感を紛らわせるためでもあるが、考え込むときの癖でもある。


「まず、外部探索前に頼んでいた作業の進捗は?」

「全て完了しています。確認が必要であれば、資料を参照してください。

 音声での報告が必要であれば、今お伝えさせていただきますが?」

「ひとまず、予測活動可能期間と、修理不可能なコーンの機能だけ報告を頼む。」

「はい。現在の資材のみで活動を行う場合、一四日が限界となっています。

 限界の要因は食料の不足により、中尉の健康状態に致命的な問題が発生する見込みです。

 修理が不可能な機能は、航行機能のみとなっています。

 試射は行っていませんが、当機の武装は全て利用可能な状態まで修理可能です。

 ただ、残弾が存在せず、実弾兵器の利用は不可。

 また、修復が完了してはいますが、通信系・次元航法機能などは利用ができません。」


機体の状態は、天野の想定から大きく外れているものではなかった。

むしろ、想定よりも良い状態であるようだ。


「わかった。ありがとう。

 さて、本日の収穫物だが、あれらが食用として、有害であるかの検査は可能か?

 ああ、重量を増加させている何かに関しては、無視して構わない。」

「可能です。処理をしておきます。」

「頼んだ。」


これで問題がなければ、解析によって判明した分子構造などから、何をどの程度用意すれば身体の維持に必要な十分量かが得られるだろう。


「次に、本日遭遇した生命体に関してだが。

 あれは、珪素生命体と同一のものだと考えられるか?」

「不明です。これまで、記録されているものとサイズがあまりに違いますし、行動も異なります。

 しかし、残留物に関する特性などは一致しています。

 このような特徴を持つ生命体が、複数いると決断することのほうが難しいかとも考えます。」

「現在のコーンには、どの程度まで珪素生命体に関する情報が記録されている?」

「中尉もご存知の、敵性生命体としての記録のみです。

 科学研究班による記録に関しては、現在当機は保持していません。」

「残留物の解析を行って、同定することは難しいか。」


天野は、そう口にした後、思わずため息をつく。

同じだとわかれば、全くもって、何もかもが分からない、という状況から少しでも抜け出したいという願望があったのだろうと、自戒する。


「お役に立てず、申し訳ございません。」

「気にするな、君のせいではない。

 現在のコーンが保持している記録に関してだが、惑星上で発見された動植物などに関する記録は、どの程度存在している?」

「当機はあくまで、戦闘を目的とした機体であり、本来であればデータベースにアクセスすれば得られる情報ですので、機体として保持を行っていません。」

「わかった。」


そこまで確認して、天野は思考をまとめるため、先ほど自分が気が付いたことを投げかける。


「これまで、我々は知的生命体を地球由来のもの以外、天の川銀河系内で確認できていない。

 これに間違いはあるか?」

「いいえ、間違いありません。

 微生物、菌類の発見は報告されていますが、知的生命体はおろか、多細胞生物の存在も未確認です。」


告げられた言葉に天野は思わず眉をあげる。


「そうか。多細胞生物すらもか。

 なら、ここは天の川銀河系外の銀河と考えるしかないのか。」

「はい、植物が繁茂し、まるでテラフォーミングが終わったかのような様相を示している外部環境は、これまで天の川銀河系内での発見報告が存在しません。」

「わかった。ありがとう。」


天野は告げられた言葉に、驚いた。

人類以外の知的生命体の発見を目的に掲げている、と聞いていたから、知性を持つ、人類首都の有意なコミュニケーションが可能な生物の発見に至っていないだけだと、彼は考えていた。

しかしながら実態は、それよりはるか前の段階で足踏みをしているということのようだ。

もしも珪素生命体が、友好的ないし、意思の疎通が可能な生命体であれば、あれらが人類初の隣人となった可能性もあったわけだ。

そのことに、天野は皮肉を感じた。


「今日遭遇した、生物に知性を感じたが、レディ、君の判断は?」

「私も同様の判断を持っています、中尉。

 こちらを認識したうえで、行動を起こしていました。

 一定の知性を持っていることは間違いないでしょう。」

「そうだな。もし、この情報を持ち帰れば、人類にとって非常に大きな発見となるのだろうな。」

「これまでの人類史にとって初めてのこととなるでしょう。」


何とはなしに、軽口をたたけばAIもそれに合わせる。

その返答を聞き、天野はこれを一区切りとして、本格的にこれからのことを考え始める。

考えがまとまらない中、ひとまず身を起こし、気分を入れ替える。

必ず帰る。

それがいま彼にとっての、最優先目標なのだから。


天野はその目標に目を向けるあまり、見落としがあることに気が付けなかった。

彼の補助を行っているAIが考えると、推論を口にしたことを。

そして、推論が行えるAIを開発できた、などという実例が存在しなかったことを。

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