第8話 幕間 残された隊員達2

ディラン軍曹をはじめ戦闘隊の面々は、可能な限りの探索を行うも、なんの成果もなくその宙域を離れざるを得なかった。

同期した通信越しに、落胆のため息や歯ぎしりの音が響く。

その音を意識的に無視しながら、ディランは残された構造物を監視するためのカメラを設置し、その帰路の最中、適時、この宙域にすぐに戻るためにビーコンを設置、または設置指示を出していく。


誰も発言をすることなく、移動を開始して、数分がたったころであろうか。

ディランの頭からは抜け落ちていた、射手座方面軍からの連絡が返ってくる。

返信自体は、小隊全員に送られているが、暗号化された情報は指揮官の持つ解除鍵でしか復号できず、また復号できない情報であれば、AIが操縦者に情報の受信を伝えることもない。


ディランは愚痴をつきたい気持ちを抑えながら、受信した情報を確認し、すぐに握ったこぶしを操縦席を兼ねたカプセルの保護壁にたたきつけることとなった。


一瞬で規定値を超えたディランの激昂に対して、機体が精神安定剤を投与してはくれるものの、彼の感情はそれだけでは収まらなかった。


「ディラン軍曹。どうかしたのか、先ほどから奇妙な笑い声をあげているが。」


通信からはリディア少尉の心配げな声が聞こえる。

それを聞き、ディランは己が笑っていたのだと自覚する。

その笑い声を聞いた彼女が、隊長の安否が判明したと考えないあたり、さぞ不気味な笑い声だったのだとも。


「笑うしかないだろう。今、ようやく、方面軍から中尉の送った情報に対する、返答の第一報が返ってきたんだがな、なんて言ってきたと思う?」


ディラン自身、自分の声が妙に震えていると感じていた。

自機のサポートAI、ニーコが狼狽している姿が目に入る。


ディランは作戦時だからと、AIに制限をかけることを好まず、常時人口知性として、よき隣人として、人と接するように接することを好んでいた。

これまで、幾度も変わり者といわれ、道具に執着するその様子から、疎まれることもあった。

実際、こんな辺境に左遷される程度に、彼のその執着は周りに理解されなかった。


「軍曹。軍曹。落ち着てください!

 これ以上のお薬は体に悪いから、無理なんですよ。

 いったん、いったん、落ち着きましょう。ほら、楽しいことを考えましょう!」


投影される、ニーコのわたわたと、AIらしさのかけらもない挙動が普段ならディランに落ち着きを与えたのだろうが、今は、それで落ち着くことはできなかった。


「奴らが、いや、司令部ではなく通信士がなんと返してきたと思う?

 情報の真偽が不明だから、追加情報をおくれといってきたやがった。」


再度、カプセルの内壁を殴りつける。

声のおかしな震えは治まり、徐々に大きくなっていくのを自覚する。


「こんな頭のおかしい冗談を俺らが言ったと、そういいたいわけだ、このくそったれは。

 なんだ、俺たちは辺境の任務で暇に飽かせて、こんな壮大なブラックジョークに満ち溢れたムービーを作る、非常に有能な芸術家だってことか。」


ディランは続ける。


「ふざけるなよ、くそが。いくら辺境送りの左遷組だと噂されてるからといって、方面軍にまで緊急コードつけて送信して、それで情報の確度が不透明だからアクションが起こせない?

 だったら、通信士なんて置物でも置いておけよ。

 業務用の定型しか返さないAIだってもっとましな対応をよこすだろうよ。

 くそが、辺境だからこそこっちは命の危機と常に直面してんだろうが。」


言葉を吐き続けるうちに、歯ぎしりの音や、内壁を殴りつける音が返ってくる。


「軍曹。軍曹。気持ちはわかります。

 私たちは危機的状況でした。救援が必要です。

 だからこそ。だからこそ。必要な手続きをしましょう。」


ディランはニーコの提案を聞き、かろうじて気持ちを持ち直す。


「ニーコ。これまでの戦闘記録、行動記録をまとめて、射手座方面軍へ。

 非改竄証明を、俺の権限のうち、最も高いもので追記。

 追加で、戦闘状況終了の報告とともに、緊急での支援、補給要請。」

「わかりました。すぐにやります。

 軍曹。軍曹。少しは落ち着きましたか?

 まだ、メンタルの状態が異常値を出しています。

 ニーコは心配です。

 今の状態が続くと、フィジカルの影響が出ますよ?

 お薬も、もう許容値を超えてますよ?」


告げられる言葉に、ディランは大きく呼吸を繰り返す。

今は経験豊富なベテランとして、茶々を入れたり、他の隊員をからかい交じりに注意しているだけで許される状況ではないと、自分に言い聞かせる。


それでも、はらわたが煮えくり返るのを抑えきることはできないまま、ディランは班員の行動状態を把握する。

自分と同じように、全員メンタルの状態に異常値を抱えている。

行動予定との齟齬が出ているメンバーが、一人しかいないのはやはりあの温和で懐の広い隊長の賜物だろうかと、改めて自分を受け入れてくれたことに対する感謝を覚える。


「リディア少尉、気持ちはわかる。痛いほどにな。」


ディランは殴りつけたせいで、多少痛むこぶしをなで、まさしく言葉通りと苦笑する。


「しかし、今最も優先されるべきは作戦行動の遵守だ。

 一刻も早く、安全に防衛隊と合流をする、いいな?」

「通信受諾:少尉は現在強制睡眠に移行。

 当機補助AIがご用件を伺います。」


返ってきた応答はAIからのものだった。

パイロットの精神状態が規定値を大幅に超えたためだろうか、戦闘がひとまず終了していることもあり、フィジカルへのダメージを抑えるために、強制睡眠処置がとられたようだ。

ディランはその返答を聞き、微笑ましさと同時に、士官として問題になるだろうな、と考える。


ディランはそのまま指揮官の権限を利用し、リディアの機体の制御を掌握。

ニーコに補助を任せながら、作戦行動を続ける。

他の隊員の状況に目を配れば、危険域に近いパイロットも多い。

特に、天野がMIAとなる原因を作ったベノワの精神状態もひどいものである。


ディランは口頭ではなく、ニーコを経由して指揮官の強権を使い、ベノワも強制睡眠措置を取り、機体の制御を掌握。撤退行動を継続する。


把握できている範囲では、新たな珪素生命体の存在は見られず、配置してきたビーコン経由で取得している情報にも、その影が映るということもない。

処理すべき情報の多さ、自分の感情を戒める困難に、これまでの天野の苦労を思いながら、自分は手伝えていたのかな、と、そんなことを考えながら、撤退を急ぐ。

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