第19話 彼方より此方へ
天野の気分は沈んでいた。
もしかしたら、探し求めていた相手だったのかもしれない。
どうしても彼の頭から、それが離れない。
結果として、不可能だった。
ではなく、可能だったが諦めた。
その事実が、ひどく思い。
埋葬だけでも行うべきであったか。
そんなことを考えてしまう。
目標数の結晶を集めたものの、その結晶を保管だけして、彼はすぐに自室へと戻った。
そして、今、全身にお湯を浴びながら、ぐるぐると同じところで思考が回り続けている。
切り替えよう。
そう考えれば、思考をあの時作戦行動下としてのものから切り替えるべきだったと。
天野はどうにもならない自身の思考と感情に翻弄されていた。
そのまま寝室へと向かいかけた足を止め、天野は居間として使っている部屋へと戻る。
「さて、今日の活動の結果を確認しよう。」
そう天野が声を出せば、レディは心配げに彼の側に近づく。
「中尉。先に休まれてはいかがですか?
喫緊の事項は存在しません。」
「いや、明日起きたときに、確認するのも手間だ、今行ってしまおう。」
天野の本音としては、いつも通りのことを行い、少しでも気持ちを落ち着けたい。
それだけだった。
「結局、地平線までの距離は測定できなかったな。」
「はい。ただ、測定器、カメラに破損はありません。
望まれるのでしたら、いつでも実行可能です。」
「それに関しては、改めて考えよう。
結晶の数は目標数に到達したな。」
「はい。現在保管されている総数は五一。
目標数を超えています。」
それを聞き、天野はようやく、僅かに思考を切り替えられた。
「それでは、当初の目標通り、再現を行う。」
「わかりました。中尉。」
「再現を行う際、留意すべき事柄は多いな。」
そういって天野は、天井に視線を向ける。
そして広げた指を一つづつ折りながら、続ける。
「まず、私だけ、機体だけが転移現象に巻き込まれること。」
「はい。直前の場合では、現象まで構造体が発生してからある程度の時間がありました。
起きるとすれば、中尉には外部で構造体の再現後、すぐに機体へ退避を行っていただきます。」
「まぁ、可能ではあるだろうな、再現までの時間が変わらないのであれば。」
「構造体の形成に際し、働いた力は不明ですので、まずは当機から結晶の全てを一度機体外の特定箇所に投機するのも、選択肢の一つかと。」
「そうだな、最初はその案を実行しよう。加えて、原因不明の意識の断絶もあった、操縦席についたうえで作業を行うことは可能か?」
「はい。機外への排出だけですので、問題ありません。私もその方法を支持します。」
「反応が見られない場合は、機外に出て作業を行う。その際はまた別途方法を考えよう。」
これで一つ。
「次に、現状の機体の状況に関してだが、元の座標に戻ったとして、発生する問題は。」
「はい。中尉が該当宙域での消息を絶って明日で七日。
連絡が全く取れない状況でしたので、判断の如何によっては、射手座方面軍まで、単独で移動を行う必要があります。」
いわれて、それもそうだと頷く。
このどこまでも広大な宇宙空間で、一〇〇mにみたいなものを探すなど、正気の沙汰ではない。
「それに関しては、復帰できたのなら、まずは連絡を試みるしかないだろう。
該当宙域に戻れたのなら、ある程度移動すれば、設営中の観測拠点もある。
座標の再取得に問題は無いはずだ。」
「いいえ、中尉。任務中行方不明とされている場合は、権限がはく奪されている可能性があります。」
「それはわかっている。何も情報を取得しなくとも、位置関係が分かれば問題ないだろう?」
「それもそうですね。」
「確認だが、もし単独での方面軍までの移動が必要となった場合、実行は可能か?」
「不可能です。」
天野は、まぁ、それはそうだと納得する。
さて、確認事項はこれで二つ。
「復帰後の状態に関して、今回であれば、主電源が停止していた。
それによって発生するであろう問題は?」
「事前に予定されていれば、予備電源、蓄電器を利用し対処は可能です。」
「対処しきれなかった場合は。」
「生命維持装置まで停止された場合、電源の停止から二時間以内に復旧が求められます。
この数値は、当機内部の各隔離壁が損傷していないと仮定した場合の数値です。」
「ここへの転移の際、意識不明であったと判断できる時間は?」
「二六分です。」
これで、三つ目。
帰還できたとして、予測される事態に対する予測はこの程度でいいかと天野は考える。
彼の頭には当然他の事態もある。
例えば未知の減少を発見した、他の部隊が攻撃を仕掛けてくる。
帰還じの座標のずれ。
これまでの時間で発生しているであろう、位置座標ずれ。
そもそも、全く違う場所に移動するかもしれない。
それこそ、ここと違って補給もできないような環境下に。
それらは彼にはどうにもならない。
祈るしかない。
悪い予測を一度すべて無視し、軍人として、士官として、天野自身どうかと思いながら、確認を次に移す。
「本日確認した、人類に酷似した姿を持つ生き物について、どう思う。」
「それですが、中尉。こちらの画像をご覧ください。」
表示された画像に、天野は改めて衝撃を受ける。
その画像に表示されているのは、二足歩行を行い、服を着た、天野の知る人類とよく似た姿が映っている。
ある程度の処理を行ったのだろう、画像は、彼が遭遇した際に確認したものより、はるかに鮮明になっている。
だが、どうだろう。
人類に頭の上に飛び出すそこそこ大きな影が二つもあるだろうか。
実際の現場で、犬型に襲われていたため、原型があまりとどまっていなかったし、あちこちが土と血にまみれて判然としていなかったため、確認は行っていなかった。
「奇抜な髪型である可能性は?」
天野自身、意味のない質問だと思いながら尋ねる。
「不明です。現状ではこれ以上の鮮明さは望めません。
ただ、連続記録からの予測ではありますので、髪である可能性も否定はできません。」
それで罪悪感が薄れることはないが、やはり人類に似た何かだったのか。
天野はそう納得する。
「それに関しては、持ち帰ったものも含めて、調査が行われるだろう。」
「はい、中尉。」
天野はそういって、飲み込む。
レディと、いつも通りの会話を行ううちに、いくらか気分が晴れた。
あげていた手と顔をそのまま後ろに投げ出すように、ソファに倒れ込む。
「何はともあれ、明日だ。
明日、試行を行う。」
「中尉。考え直しませんか?
現状からよくなる保証がどこにも存在しません。不確定情報ばかりで確率の計算も不可能です。」
そして、レディは天野の顔を覗き込むようにして、顔を合わせる。
その表情は、悲壮感あふれる物であった。
「わかっている。だが何もしなければ、結果は決まっている。
帰還の可能性は無い。やらなければいけない事なんだ。帰るためには。」
「現在の環境で、中尉の生命維持は十分可能です。
救援を待つことも考慮可能です。」
天野は、レディの懸念事項も理解している。
そして、その提案も。
「戻れる可能性が分からない、逆説的に、救援が来る可能性もわからない。そうだな?」
天野の譲れないラインは明確にあった。
この状況を打開する、帰還する。
その目的のための行動が、最初に話し合ったように、彼にとって最も優先されるべき事柄だ。
「考慮の上だ、現状より悪くなる可能性のほうが高い。
そもそも、明日何も起こらない可能性のほうがはるかに高い。
それでも、実行しよう。
私がこの場でとどまるとして、私が死んだあと、レディはどうする?
来るともしれぬ救援を待って、ただ朽ちるに身を任せるのか?」
「いいえ、中尉。お供します。
中尉が失われれば、当機は機密保持のため、この機体を破壊しましょう。」
「なら、なおさらだ。
帰還のための努力は継続する。」
そう応えて、天野は立ち上がり、寝室へと向かう。
「この場にレディがいてくれてよかった。」
天野は、そう声をかける。
「感謝している。本当に。私だけであればそれこそ、自分の正気を疑って、早々に自決していたかもしれない。
ありがとう。君のおかげでこうして帰還への試行も行える。」
天野は、返事を聞かずに寝室へと入る。
頭の片隅では、未だに自分の選択を疑う思考が声をあげてはいるが、それはだいぶ小さくなっていた。
帰還する。
あの仲間たちのいる場所へ。
天野は、その気持ちが、一段と強くなった。
翌朝、天野の目覚めは思いのほか、すっきりとしたものだった。
そこからの彼の行動は、この一週間と大きく違うのは、食事をとった後に、すぐに操縦室へと向かい、操縦用のカプセルに体を潜り込ませたことであった。
天野は少し間の空いたケーブル接続の感触や、カプセルに満たされる慣性制御用の溶液に懐かしさを覚える。
操縦席の準備が終われば、あとは慣れた物。
次々と現れる状態表示を、問題がないことを確認し、消していく。
機体との接続も終わり、準備の完了が告げられる。
次々と浮かび上がるコーンの外部カメラがとらえている風景が移されたモニター群を一瞥。
天野にとっては、レディからの報告だけとなっていたが、そのほとんどが周りの木々や枝葉を映すくらい。
地面に対し上部につけられているものも、枝葉が邪魔をし上空の視認性も非常に低い。
「レディ。こちらの準備は完了だ。機体の制御をこちらに。」
「了解です。中尉。ユーハブコントロール。」
「アイハブコントロール。それでは、昨日話した通り、試行を行う。」
隔離されている、結晶の全てを密閉容器から取り出し、そのまま機外への排出孔に運ぶ。
機外では重力操作が行えなかったため、天野には行え中ったが、やはり使えると非常に便利だと、改めて天野は感じた。
「機外への排出作業を開始。作業中の結晶に特別な反応はありません。」
ともすれば、この排出作業中に、理解しえない現象が起こる可能性もあったため、天野は一息をつく。
「了解。そのまま観測を継続。」
「排出完了。」
モニターに機外へと投げ出される結晶が映る。
さて、類似の現象が起きてくれれば。
天野はそう願う。
「落下速度の減速を確認。中尉。警戒を。」
何かが起こり始めたらしい。
映されているモニターではすぐには、わからなかったが、少しすれば明らかに、いくつかの結晶が速度を落としている。
そのまま見ていれば、いくつかは中空にとどまっている。
「レディ、外部の重力の状況は。」
「不明です。機外の重力子へ干渉できません。」
天野は返答を聞き、思い出す。
「記録はしているな。」
「はい、稼働可能なセンサー全てで、対象エリアを観測中です。」
そう話している間に、すべての結晶が動きを止める。
「この反応は機内では見られなかったはずだ。」
「はい中尉。機体から五メートル離れた時点から、速度の現象を確認しています。」
天野は、モニターを注視する。
「珪素生命体との戦闘後、該当の現象が発生するまでの時間は?」
「およそ六分。」
天野は警戒を続けながら考える。
さて、類似の現象は発生している。
問題はここからだ。
頼む。帰還するんだ。
それを強く願い始めたとき。
「中尉。バイタルに異常。
不明な質量増加分が急速に低下しています。」
言われて、天野は自身の情報を確認する。ここに来てから、22%も存在した謎の重量が見ている間にも減っていく。
「大丈夫だ、身体に違和感は感じない。」
「少しでも違和感を感じたら、報告を。不明重量の影響に関して統計的な判断は不可能です。」
「わかっている。」
そう、応えて、結晶に目を向ければ、そこでは、結晶が緩やかに回転を始める様子が映されていた。
「レディ。あたりかもしれないぞ。」
帰れるかもしれない。
帰るんだ。
天野の思考の大半が、埋められる。
「中尉。中央に不明な力場を確認。当機の移動を確認。構造体に向け、引きずられています。」
「了解。機体の状況の最終確認。外部記録の継続。操縦室の隔離。耐衝撃体勢。」
目当ての現象らしきものが発生し、天野は矢継ぎ早に指示を出しながら、自身も起こる何かに備える。
機体は既に、結晶の構造体の内部だろう、モニター越しの風景はでたらめに歪んでいる。
直前まで見えていた風景を、細かく切り分け、ばらばらに並べなおし、それをでたらめにゆがめればこうなるだろうか。
「作業完了。」
事前に出した指示を終えたレディから、報告が入る。
「了解。全ての情報をリアルタイムで物理記録に複製、保管。」
「了解。」
この後どうなるのだろうか、思えばここに来たときは、気が付けばここにいた。
そうとしか言いようがなかったが、天野はそんなことを考えながら、モニターを注視する。
すると、表示されている画像が次々と減っていく。
「外部センサーの状態は。」
「直前まで破損はありません。しかし徐々に活動を停止。
主電源ダウン。補助電源に切り替えます。」
レディから次々と報告が入る。
そして、天野自身も強烈な酩酊感を感じる。
「レディ。可能な限り記録を。」
「了解です。外部センサーへの電力供給完全停止。機内機器も停止を始めています。」
天野はレディの声が遠くから聞こえてくるように感じだす。
投影されたレディはこちらを心配そうに見ながらも、各種機器の操作を行っているのだろう。
そのレディの姿が突然消えたのが、天野が最後に見たものとなった。
次に、天野が目を覚ました時。
機内ではけたたましく警告音が鳴り響いていた。
ひどく痛む頭と、ひょっとしたらカプセル内で打ち付けたのか、体からの鈍い痛みを天野は感じる。
機体内は薄暗く、事前に確認したように、主電源の立ち上げから行わなければいけない状態なのだろう。
天野は痛みを飲み込み、カプセルから出て、主電源を起動する。
幸い致命的な破損は存在しないのか、起動を待つだけとなった。
さぁどうなった。
類似の現象が起こったことには間違いない。
だが結果はどうなった。
天野は、自分がひどく焦りを覚えているのを実感する。
電源の起動が終わるまでの僅かな時間が、ひどく長く感じた。
「電源供給を確認。おはようございます中尉。」
聞きなれたレディの声。
「すぐに、機体、周囲の状況、把握を。」
「了解です。機体、各機構再起動手続きを開始。」
天野は、一週間前と同じように、送られてくるエラー、破損の状況を確認しながら、稼働可能なものを次々と稼働させるように指示を出していく。
以前と比べて、エラー、破損が増えている。
あの現象に巻き込まれると、どうやら損害が発生するらしいと、天野は認識する。
そうして、次々と危機を立ち上げている最中。
「中尉。通信要求。受諾しますか?」
「なんだと?」
天野は確かに聞こえていた。
それでも、聞き直さずにはいられなかった。
「中尉。大丈夫ですか?
通信要求です。コードの変更がなければ、ディラン軍曹から通信要求が来ています。」
天野は言葉が上手く出なかった。
思わず、手を握り、開きを繰り返す。
自分の体の感覚は、間違いなくあった。
「中尉。再度通信要求。緊急信号付きです。
大丈夫ですか、私の音声は聞こえていますか、中尉?」
「ああ、ああ。
大丈夫だ。通信をつないでくれ。」
絞りだした声は、震えていた。
たった一週間だ。なんということもなかっただろう。
生命の危機もない、安全な惑星の上だ。ちょっとしたバカンスといっても問題ない。
そんな考えが天野の頭に浮かんでは消える。
「中尉。天野中尉。聞こえていますか。」
「ああ、聞こえているとも、ディラン軍曹。」
応えた声はどうしても、震えていた。
顔を濡らしているのは、カプセルに満たされた以外の液体だ。
帰ってきたのだ。帰ってこれたのだ。
天野の思考はただ、それに埋められた。
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