第2話 変革の日 1

天野は流れる時間に苛立ちを覚えながらも、ただ移動に専念する。

早く現場への到着を。

同時に二班からの詳細な情報を。

どちらも待つことしかできないもどかしさが、彼を苛む。


「小隊長。こちら二班班長。

 襲撃開始から、珪素生命体一三七体を確認。

 大型二〇。

 中型一〇。

 小型一〇七。

 内小型一七を撃破。

 被害は小破四、中破一。

 現在予定合流地点に向けて移動中。移動速度に大きな遅延あり。予測航路の更新情報を送信。

 我々は未だに追撃を受けています。」


彼が待っていた情報は、最悪以外のなにものでもなかった。

彼我の戦力差は合流したとして絶望的。

そもそも、コーン一機と珪素生命体との戦力比が小型であれば1:10。

中型であれば3:1。

大型はそもそもコーンで対応するような存在ではない。

生命体であり、兵器の類を搭載してないとはいえ、高速で体当たりを行われるだけで、直撃すれば小型ですらこちらに甚大な被害を与える。

小型とはいっても、こちらの数倍のサイズなのだから。


「レディ、受信情報を一班、三班に通達。」

「指令受諾:一班、三班に通達。」

「レディ、三班に通達。観測拠点設置作業を中止。現地店で防衛体制の構築指示。」

「指令受諾:三班に通達。」

「レディ、一班に通達。二班と合流予定の五機は戦闘準備を行いつつ行動継続。残存五機は三班と統合。

 防衛体制 の構築を共同で行え。」

「指令受諾:一班に通達。」

「レディ、各班に通達。以降二班並びに合流予定機を戦闘隊、残存機を防衛隊と再編成。

 防衛隊の指揮権を、三班班長空条巴兵長に委譲。」

「指令受諾:エラー。班の再編成に関する権限齟齬。空条巴兵長は指揮権を持てません。」


天野は思わず舌打ちしそうになる。

作戦行動外であれば、良き話し相手ともなるAIではあるが、さすがに作戦中であれば多くの制限もあり融通が利かない。

そもそも指揮権を持てる人間など、こんな辺境に多数派遺族等されるものか。

天野はそう、心の中で毒づく。


「レディ、非常事態宣言。特記事項、隊員の生命が脅かされる状況である。

 当行為におけるあらゆる責任は私が引き受ける。」

「指令受諾:班の再編成を小隊各機に通達。

 尚本件に関して天野弘忠中尉は、非常事態終息後に直ちに射手座方面軍査問会に出席すること。」

「了解。生きて帰れればな。」


ひとまずの対応を終え、予測図付きの宙図を睨みつける。

合流予定の元一班とは、まもなく双方向での通信が可能になるだろう。

二班は果たして、こちらが合流するまで全機無事でいてくれるだろうか。


「通信要請受諾:マスター、ディラン・メイフィールド軍曹より通信要請。」

「レディ、繋げ。」


天野が元二班からの返信を待ちながら、いかに撤退するか思考を巡らせてしばらく。

一班班長から通信が入る。


「こちら、ディラン・メイフィールド。現時点より当機以下元一班五機は貴官の指揮下に入る。」

「こちら、天野弘忠。了解。貴君らの奮戦に期待する。」


定型のやり取りを交わした直後、ディランは砕けた雰囲気に変わる。


「さて、隊長殿。演習の予定が本番のようですが?」


緊急時でも緊張しないというのは、ディランという男の美点だろう。


「まったくだ。一つの銀河を調べつくしたというのに、人間の勘というのは馬鹿にできないものだと驚いているよ。」


天野は苦笑交じりにそう応える。


「まったくで。それで仲間が助かる見込みが上がったんだから、これからも気兼ねなく演習を行ってほしいものですな。」

「私は二度とごめんこうむるがね。」


軽口をたたきあううちに、天野は自分の緊張が少しほぐれていくのを感じる。

精神状態なども、脊椎越しに接続されるケーブルから数値化、モニタリングされ、規定値を超えれば警告が入るというものの、規定値以下に対処するものではない。


「で、隊長殿。二班と合流した後はどうするんで?」

「撤退だ。それしかないだろう。」

「できるとお考えで?」

「できなければ、死ぬだけだ。これまで決して立ち入ってこなかったエリアへ侵入してきたんだ。

 途中で追いかけてくるのを止めるなんて、甘えた考えは捨てるべきだろう。」


ため息とともに天野は告げる。

つまるところ、問題はそこなのだ。

これまでにない珪素生命体の行動。

それが、範囲が狭くなっただけとは、言い切れるわけもない。


「方面軍本部からの増援は、早くとも一二時間後。少なくともその程度の時間は逃げ回らなければいけないわけだ。

 それもワープ可能な宙域からあまり離れないようにな。」

「そいつはまた、難儀なことで。」


そういったきり、二人とも少し黙る。


「で、小隊長。」


ここにきてディランは少し緊張した風に声をかけてくる。


「結局のところ、なんだってあいつらは急にこれまで侵入しなかった領域に入ってきたんでしょうかね?」


それは、この情報が共有された人類すべての疑問となるだろう。

これまで起こらなかったことが、突然起こった。

その契機は何なのだろうか。


「考えるだけ無駄だろう。

 そのあたりは学者連中に任せるさ。」


天野も疑問位は感じている。

だがその疑問も、今襲われている仲間たちほど強いものではない。

今襲われている彼らにしてみれば、それこそなりふり構わず喚き散らしたいほどだろう。


「さて、無駄話はおしまいだ。

 レディ、双方向通信を戦闘隊と確立。通信可能範囲外の機体とは可能になり次第。」

「指令受諾:双方向通信を確立。一〇機と未確立。」


天野が気の抜ける会話を楽しんでいるうちに、彼ら六機は救援を待つ仲間たちまで残り七分ほどで合流できる地点まで、移動していた。


「各員、この先では間違い無く戦闘が発生する。機体のチェックを怠るな。」


天野の指示に了解と応答が重なる。


「一度情報共有を行って以降、二班からの連絡は途絶している。

 最悪の状況も予想されるため、いつもより入念に。

 また、合流地点突入前に全武装のロックを解除。」


「小隊長殿。最悪の状態とはつまり、二班が全滅しているということでしょうか?」


天野が指示を出してしばらく。

震える声で通信が入る。

この声は、確か現宙域での作戦に合わせて配属されたばかりの、新人だったろうか。

一度も顔を合わせず、お互いコーンに乗ったままでのコミュニケーションしかとっていないため、顔がすぐに出てこないが、確か名前はベノワ・パスカルといったか。


「ベノワ一等兵。その通りだ。各員も傾注。

 最悪の事態は、全滅だ。だが、最善であろうとも通信が困難な状態である。

 また、これまでは全滅した宙域に珪素生命体含め痕跡が残ることはなかった。

 しかし、今回に関しては同様であるというのは楽観が過ぎるだろう。」


天野は自分に言い聞かせるように続ける。


「これまで通りであれば、奴らは侵入してきていない。二班も襲われていない。

 すなわちこれから向かう先にあるのは、これまで通りではない何かだ。

 我々の目的は、可能であれば二班の班員を救出し、方面軍本隊の到着まで生存することである。」

「増援の到着予測はいつごろでしょうか?」


別の班員から声がかかる。


「不明だ。

 状況判明後即座に連絡は行ったが、返答が得られるほどの時間は経過していない。

 最短でも一二時間以降のこととなる。」


通信越しでもわかる、息をのむような音とひりついた空気が流れる。


「質問がなければ、各員各種確認作業を開始。

 完了次第順次報告を。」


務めて、平時と同じ調子で喋るよう注意を払いながら天野は告げる。


「レディ、機体の全走査。各種設定を戦闘態勢に合わせ。完了次第全武装ロック解除。コントロールをこちらに。」

「指令受諾:機体の全走査開始。」


AIからの返答と同時に、新しく空間投影されたモニターに確認項目、緑の光が流れ出す。

その流れを目で追いながら、天野は一度大きく深呼吸をする。

耐衝撃・慣性制御を目的とした溶液に満たされたカプセル内では、効果が認められるものではないかもしれないが。


「走査完了。全項目オールグリーン。当機全設定を戦闘態勢に移行。移行完了。続いて全武装のロックを解除。

 ユーハブコントロール。」


これまでの内部のスピーカー越しから聞こえていたAIの音声が、頭の中で直接響くようなものへ変わる。

併せて脳内に操作用のコンソールが発生する。

脊椎に接続されたケーブル経由で、機体の全てのシステムへのアクセスを行うことができるようにするためのものだ。

以降は口頭で何かを言う必要もなく、AIとのやり取り含めすべてこのコンソール越しに機体の有する機能の全てを使用することができる。


「アイハブコントロール。元二班へこちらの予定進路と到着時間を送信。」

「送信完了。」


そのため、AIの応答も簡略化されたものが返ってくる。


「戦闘班内データリンクを確立。」

「可能範囲外の一〇機を除き完了。未完了機は可能範囲内に入り次第確立予定。」


順次必要な作業を行っているうちに、同行している機体から順次作業の完了報告が入ってくる。

全機の準備完了を確認し、最終確認に移ろうかとしたその時に新しく連絡が入る。


「二班班長より小隊長へ。

 現在、指定ポイントへ移動中。

 被害は、小破3中破5大破2。

 珪素生命体残存戦力は、大型二〇、中型九、小型七四。

 依然追撃を受けている。」

「各員、聞いたな、予定ポイント到着まで残り二四〇秒。

 相対速度に注意、警戒を厳に。」

「各機了解。」


天野は考える。

圧倒的に劣る戦力ながらも、二班の班員たちはうまく立ち回ってくれているらしい。

たったの一〇機で、脱落者を一人も出さずしのいでいてくれているのだから。

しかし、これからたった六機が向かったところでどうにかなるのだろうか。

引き返してしまったほうが、損害が減るのではないのだろうか。

冷たい引き算を行うべきか。


そこまで考え、頭を振る。


このどこまでも広い、ただただ広い世界で、数少ない手の届く範囲にいる仲間なのだ。

ここで見捨ててしまえば、残る隊員の誰もが頭の片隅に恐怖が焼き付くことであろう。

助けようと動くことに意味はあるはずだ。

結果として誰かを切り捨てることになったとしても。


「二班より送られてきた行動データを共有。予想合流点を再計算。宙域図の更新完了。

 予定ポイントとの誤差約17.5AU。

 合流予定時間の誤差2秒以内。」

「予定の変更は無し。各員珪素生命体を射程にとらえ次第、攻撃開始。

 くれぐれも友軍への誤射を行わないよう。」


さて、あとはいかに犠牲なく逃げ切るか。

それに注力しよう。

返ってくる応答を聞きながら、犠牲0で終わることを天野は祈った。

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