第3話 変革の日 2
「予定ポイントまで残り10・9・8」
天野は溶液越しでも感じる荷重を受けながら、モニターに移される周辺状況と、コンソールに流れる各種データを見落としがないようにに確認する。
直前に来た連絡以降、事態が急変していなければポイントに到達後数秒もすれば、現在撤退中の友軍部隊との通信可能距離に入る。
つまり、珪素生命体との交戦可能距離に入るということだ。
「各員、まもなくだ。緊張しろ。そのうえでリラックスしろ。
珪素生命体との交戦経験があるもののほうが少ないだろうが、シミュレータで何度もやりあったことがある相手だ。
それに撃墜する必要はない。目標はあくまで、友軍機の撤退支援だ。」
天野は流れるカウントダウンにかぶせながらも、各員に告げる。
戦闘状態で、複数の音声が同時に再生されたとして、聞き逃すことはない。
現状の人類は、機械との直接接続、極環境である植民惑星での活動を可能とするため、ゲノム設計をはじめ、身体の一部を機会に置き換えることを当然としているからだ。
「0。予定ポイントに到着。」
「各員、更新されたポイントに向けて前進。合流に備えろ。」
予定ポイントに到着するも、直前の連絡に付随したデータが示すように、襲撃を受けている班はさらに移動が遅れている。
更新した合流予定ポイントに向け、さらに進みだす。
次の合流ポイントは戦闘中の宙域となるため、だれもが、前方への警戒を強める。
じりじりと時間が少し過ぎたころ。
「残存機と双方向通信可能距離に到達。通信を確立。
未編入の機体十機を戦闘隊に編入。
報告。六機は作戦行動可能な状態にはありません。
データリンク実行。宙域図を更新。」
「各機、作戦行動開始。
リディア・ケプラー少尉、報告を。」
「中尉!まさか、ここまで早く救援に来ていただけるとは。
現在第二班は小破1、中破3、大破6。人的被害は0。
敵戦力は、大型二〇、中型八、小型七二。
襲撃目的は不明。攻撃行動はこれまでのデータ通り体当たりのみです。」
最初の報告からは、だいぶ落ち着きを取り戻しているように見える。
「了解。よく離脱者を出さずに持ちこたえた。
元二班はこのまま離脱に専念。すぐに我々の後ろに回るよう。」
「了解。中尉、本当に助かりました。」
「こちらの状況は、共有された情報を参照するように。
第一段階として、設置拠点までの撤退を行う。」
天野はそう告げて、状況を再度整理する。
現在大破している機体を、残りの機体が牽引している状態だ。
パイロットを他に移して期待を破棄すれば、移動も早くなるか。
ただ、そのためにはその作業を行う時間と空間を作らなければならない。
「リディア少尉。大破機体の搭乗者の状態は?」
「全員軽傷程度です。」
「では、こちらで状況は作るので、搭乗員は小破、中破機体へ移乗するように。」
実行予定の行動を一先ず伝える。
すぐにAIへの作戦の実行に必要な時間、状況の算出を指示。
得られた結果を、全体で共有する。
「作戦目標を追加。各員情報確認の上、行動を。
大破機体は、乗員の委譲を確認後自爆。珪素生命体への攻撃に使う。
コーンの動力炉爆破によって、過去大型を数体ほどまとめて撃破した記録もある。
離脱の速度をあげつつ、珪素生命体に打撃を与え、離脱の可能性をあげる。
各員速やかに実行するように。」
天野はそれだけ伝えて、更新された宙域図に改めて意識を割く。
珪素生命体の能力は、これまで確認されているものと変わりはないように見える。
問題は、こちらの機体よりも機動力が高いこと。大型であってもだ。
攻撃射程はこちらが圧倒的に有利。
今回は、突然の襲撃による恐慌状態にも陥っていない。
大丈夫だ。逃げ切れる。そう自分に言い聞かせる。
珪素生命体が有効射程内に入るのがモニターに映ると同時に、攻撃を開始する。
補給を簡単に行える状況ではないのを承知の上で、実弾兵器も惜しみなく使用する。
「小型珪素生命体二体を新たに撃墜。」
他のコーンからの射撃も重なり、新たに撃墜数が増える。
撃墜した珪素生命体は、それまでの大きさに関係なく、小さなガラス状の物質だけを残して、それまでそこにあったはずの構成物が消えてしまう。
質量保存則に喧嘩を売っているとは、この特性が判明した時に当時の学者が異口同音に唱えたセリフだ。
現存するあらゆる兵器による攻撃で、外見的な変化が起こることがなく。
まだ明確に数値化されてはいないが、ある一定値を超えると忽然とこれまでの姿が消える。
「珪素生命体、小型一体、中型一体を新たに撃破。」
「隊長。これより移乗を試みます。」
「了解。各機大破機体からの移乗をサポート。珪素生命体を近づけるな。」
珪素生命体には、これまで戦術的な行動は見受けられない。
突撃にしても、最も近い物体に対して直線的に突っ込むだけだ。
その機動性、質量は十二分に脅威ではあるが。
天野の機体からわずか数十キロの位置を中型が通り過ぎる。
すぐさま、コーンの移動方向を変更。
慣性制御用の機器や、カプセル内に満たされた溶液だけではどうにもならない荷重に、うめき声が洩れる。
珪素生命体が直線でしか動かない、動いたことがないことを前提にAIに移動予測線、また、現在移乗作業中の班員が攻撃対象にならない位置を、宙域図に表示させる。
目まぐるしく変わるその安全地帯を目指し、ひたすらコーンを動かし続け、その合間に各種兵器で珪素生命体への攻撃を続ける。
回避する方向を間違えれば、現在移乗作業中の無防備な期待に突撃される。
加えて、大型が小型の縦にならないよう射線の管理も行わなければならない。
突撃から数秒で反転し、再突撃をかけてくる珪素生命体に天野は理不尽を覚える。
小型なら回避は難しくないが、中型では判断を誤れば、大型ともなれば最善を瞬時に選んだとして、接触は免れない。
AIの補助、各種生体への調整、埋め込まれたデバイス、コーンの性能。
それらをいかに駆使しようとも徐々にコーンの表面は削れ、緊張感と作業の難易度が精神を削る。
さらに、繰り返される無理な軌道は、肉体への負荷を高め続ける。
「操縦者への負荷が安全域を超過。イエローシグナル。
珪素生命体、残存小型六二、中型五、大型二十。
移乗作業完了見込み迄、残り二十秒。
見方機への被害、新たに小破二。
当機の実弾兵器残弾四五。当戦闘の継続は困難と判断されます。」
頭の中に直接流し込まれるデータに加えて、AIから随時更新情報が告げられる。
煩わしく感じるときもあれば、見落としがなくなるためありがたがることもある。
年若いパイロットからの通信が戦闘隊全体に流れる。
「私は見捨てていただいてもかまいません。今なら」
「困難だろうが、継続だ。」
言いかけた言葉を天野が途中で遮る。
「いいか、困難だからと、仲間は見捨てない。
現実として、不可能になったならまだしも、結果が出ていないうちに、私は仲間の命を諦めたりはしない。
聞け。各員。
こんな何もないところで、何もわからないまま、失われるものがあってたまるものか。
生きて帰る。全員で。
生きて帰るぞ。」
士気高揚効果を狙っての発言という側面もあるが、天野にとっては本心からの言葉でもあった。
「隊長様のいう通りだ新人ども。
いいか、こんなものシミュレーターで何度も繰り返したことと変わりない。
リンクで表示されている宙図の安全域に移動し続ける。
ついでにくそったれ共にプレゼントをくれてやる。そんだけだ。」
場違いに明るいディランの声が響く。
「さっさと全員で帰って騒ぐにはどうすればいいか。悩むならそれにしときな。」
事実彼は縦横無尽に宙域を飛び回り、珪素生命体に打撃を与えつつ、さらにはいまひとつ動きの悪い他の隊員のフォローまでこなしている。
天野は指揮、情報の統合に手を取られることもあり、彼ほどの動きはできないでいる。
「隊長。移乗完了です。」
「よし。大破機体をこの場で自爆。珪素生命体に打撃を与える。
各員爆発範囲を確認。離脱タイミングに注意。
また爆発の影響で、一時的にセンサー類の不調が予測される。
外部カメラによる映像モニターにも注意を払うように。」
告げながら、天野は即座に大破機体六体に自爆信号を送る。
乗員の移乗作業が完了した機体は、トラクタービームを使用し、機体に推進力を外部から与え、効果が最も高いと予測される地点へと移動させつつ、これまで下げていた速度を急速に上げる。
ほかの機体は被弾の多い機体から、珪素生命体の注意をひくために安全度が低い場所へも厭わず飛び込んでいく。
「各員、衝撃に備えろ。」
天野はそう言い放つと同時に、自身も爆発範囲外へと一気に機体を加速させる。
他の機体も間違いなく、範囲外へと向けて移動しているのを確認した直後、爆発によりモニターがホワイトアウトする。
遅れて爆発による衝撃にあおられ、機体があらぬ方向へと動き出す。
センサー類も一時的にマヒしているため、体にかかる負荷、表示される機体内部の負荷数値を頼りに方向の修正を試みる。
それも極僅かな時間で終わり、各種センサーが正常に動作を再開、破損の報告が一気に頭の中を駆け巡る。
爆発に伴う電磁波の影響で、通信の回復は少し遅れるだろう。
「外部カメラ回復。確認できる範囲に珪素生命体の存在は無し。」
AIからの報告に慌てて外部カメラの取得情報を表示するモニターを全て確認する。
確かにそこに珪素生命体の姿形はない。
危険を察知して、それすらもこれまでには見られなかった行動ではあるが、逃げ出したとでもいうのだろうか。
「映像を解析。ガラス状物質のスキャン。」
爆風で何処かへ吹き飛んでいるだろうが、もし珪素生命体を撃破できているのであれば、残っているはずの物質を探させる。
手のひらサイズの物質を、コーン全周を映し出すモニターから探し出すことは流石に人間にできることではない。
同時にセンサーの破損状況レポートをひとつづつ確認。機体の自己修理機能で対応できるものは順次修理指示を。それを超える物は一時的に使用停止としていく。
「スキャン開始。各種センサーの復帰を確認。磁気の影響で精度低下多数。信頼度別に宙域図を更新。通信機能回復。ノイズ多数。戦闘隊内の相互通信再設立。データリンク開始。」
センサーの回復に合わせてAIから大量の報告が始まる。
天野は報告を聞きながらも、宙域図の確認を最優先に行う。
過去の記録と照らし合わせても、これで先ほどまで残っていたすべての珪素生命体が撃破できたとは考えられない。
しかし、現在表示されている宙域図に珪素生命体の姿はない。
信頼度が最も低いデータに至るまで、その姿を映していない。
「各員、周辺宙域を走査。珪素生命体の残骸、もしくは本体を探せ。
同時に戦闘軌道の継続。宙域図に表示されないとしても、油断はするな。」
天野は隊員に告げると同時に自分の気を引き締める。
そもそも突然襲撃にあったのだ。何も映らないからと気を抜く理由がない。
「隊長。こりゃあ、一体どういうことで。
過去の戦闘記録じゃ、あれだけいた大型がさっきの自爆で吹き飛ぶはずはないはずじゃ?」
「不明だ。気を抜くなよ。
まだあいつらが消えた後に残るガラス状の塊を発見したわけでもない。」
ディランの言葉に天野は応える。
「いや、あんな小さな物、爆風にあおられてどこへなりといくでしょうよ。」
「だろうな。だが、確認は必要だ。
それとも、なんだ。私にこの後の報告で、槍玉にあげられる材料を残しておいてほしいのか?」
「そう言うわけじゃありませんが、どのみち我々全員まとめて査問会送りでしょうよ。」
「ああ、それは間違いないな。」
天野はため息とともに応える。
気を抜かないようにと思いつつも、こういった軽口をたたきあう程度に、もう何も起こらないと考えてしまっている。
今行っているのは、事後処理なのだと。
破損したセンサー以外はすべて回復。未だに磁気の影響が残るものの、精度はそれこそ珪素生命体に対応するには十分な範囲まで回復している。
「隊長。こちら確認をお願いします。」
ベノワから声がかかる。
共有された情報を見れば、珪素生命体が死亡した際に残るガラス状物質が確認できる。
だが奇妙なことに、一点を中心に球状に配置されている。
リアルタイムの情報に切り替えれば、球の上を回転するかのように動いている。
「これは、なんだ。」
これまでこのような挙動の報告はない。
同時に撃破した数に関しても、はるかに多いケースがあるにもかかわらず。
天野は確認のため、ベノワ機の側へと速度を落としながら移動する。
ベノワ機は、情報収集のため対象物の周囲を非常にゆっくりした速度で周回している。
「全機、周辺警戒。当機は対象物の調査を行う。」
「中心部に、何か。センサーに反応はないんですけど、なんだか歪んでいるような。」
ベノワの呟きに天野がすぐに叫ぶ。
「至急距離をとれ!」
それとほぼ同時に。
「隊長、センサーに小型珪素生命体一。残骸のある方向に向けて直進しています。」
「くそ!」
天野は即座に期待を加速させる。
「ベノワ、すぐにそこから離脱しろ。」
「できません!不明な引力によってコーンが中心部に向かって引きずられています!
なんなんだ一体!」
AIに送られる珪素生命体の航路予測、他の機体の行動予測。真っ先に動いたディランの支援砲撃。
天野は次々と送られるそれらのデータを確認しつつ、AIに自分の機体がベノワ機にぶつかることで離脱させる方法の計算を行わせる。
結果は当然エラー。
そもそも原因のわからない引力によって離脱ができていないのだ。
しかし必要としていた計算結果は得られた。
自身の体当たりが、突っ込んできている珪素生命体よりも早く行われること、最も互いの機体に損傷が少なくなる角度。
天野はそれに従って、機体を動かす。
他の隊員たちから悲鳴のような声が上がる。
「全員で生きて帰る。それが唯一の作戦目標だ!」
叫び声を無視して機体を急がせる。
ベノワ機との接触による衝撃で機体が大きく揺れる。
接触面にあった多くのセンサー類は破損したことだろう。
共有されるデータから、ベノワ機が謎の引力からの離脱に成功したことがわかる。
それと同時に外部カメラが、はっきりと構造物の中心から空間が歪んでいくさまを映し出す。
そして自分の機体がそれに飲み込まれていくさまが理解できる。
天野が認識できたのはそこまでであった。
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