遠い隣人との狂想曲

五味

序章

第1話 変わらないはずの一日

新暦1016年 11月25日

天の川銀河内 射手座方面軍 銀河外第10号観測拠点設置予定地


この日も彼らにとって代わらない一日になるはずであった。


新皇国射手座方面軍辺境調査隊第一小隊隊長

天野弘忠は、この日も変わらず銀河外観測拠点の設営と珪素生命体の襲撃警戒任務に従事していた。

人類が初めて襲撃を受けてから、より小回りの利く戦闘兵器として開発された戦闘機、その外観からコーンと呼ばれる、に乗り、周囲の映像をモニター越しに確認しながら、機体の各種センサーからフィードバックさせれる情報にも意識を傾ける。


「レディ、各班長に通達。各班、定時報告を。」


コーンの操縦席は慣性対策を目的とした溶液に満たされているため、口から出る音ではなく、脊椎に接続されているケーブル経由で機体の統括AIに指示を送ることで、各班長への連絡を代替する。


「指令受諾:各班長に伝達。」


AIから、すぐに返答が返ってくる。

コーンに搭載される機体制御統括・対話型UIとしてのAIは、宇宙空間での長期単独行動が想定されていることもあり、搭乗者のストレス軽減策の一環として搭乗者によるカスタマイズが許されている。

天野はコーンといえばアイスだなと、お気に入りにアイスメーカーから名前の一部をとり、それに合わせ音声も女性のものとしている。


「一班、異常なし。」

「二班、珪素生命体出現警戒距離まで1.5光年。班員は現在の位置で待機に移行」

「三班、観測拠点設置作業が110秒遅れています。原因は接近した小隕石への対応を行ったため。」


各班の班長から順次返答が返ってくる。

どの返答も特別問題視するものではない。

天野にとっても、今この場にいる誰にとっても、今行われていることは昨日までと変わらないことであり、報告内容もそうなのだから。


「レディ、二班に通達。観測拠点予定地まで移動ののち周辺警戒に移行。

 レディ、三班に通達。そのまま作業継続。」


「指令受諾:二班に伝達。三班に伝達。」


作業の遅れについては、原因は明確であり、実際に作業に対して致命的な結果をもたらす可能性があるため、対処したことによる遅延は仕方ないと天野は判断した。

当初の予定に不確定要因による猶予も組み込んではいたが、実際に起きた問題がそれを不足させるに足るものであるならば、仕方がない。

実際に対応するという彼らの職分はまっとうしたのだから、あとのことを行うのが自分の職分であると天野はそう考える。


そもそもこの天の川銀河全体に対して人類の数が圧倒的というのもばかばかしいほど少ないのだ。

加えて皇国の決定として、次の進出先はマゼラン銀河。

射手座方面にはなおのこと人員が配備されにくい。

そんな中で不測の事態に完全に対応しながら、すべてを予定通りに進めるというのが土台無理な話である。


「レディ、日報に追記。特記事項、小隕石への対処。損失なし。」

「指令受諾:日報、特記事項に追記完了。」


受けた報告のうち、言及の必要な項目をAIに伝えながら天野は考える。

この長閑さでは射手座方面軍が左遷先などと揶揄されるのも仕方ないことだと。

事実、自分の指揮下に配属された小隊員は皆新兵。

方面軍として最上位には大将がいるものの、その総数は軍団として最低限のものでしかない。

軍属以外では、最寄りの人類が居住可能な惑星に入植がはじまったばかり。

宇宙空間から離れて休暇を満喫しようと思えば、かなり離れた惑星まで移動しなければならない。


「旧暦の古典で左遷といえば、自然豊かな地域と相場が決まっていたらしいが、まったく羨ましい話だな。」


居住可能な惑星が、保護されていない地域をなんの装備も身に着けず歩き回れるという意味だったのははるか昔。

今となっては、居住用ユニットを設置可能な惑星が居住可能の定義となっている。

そんなことをつらつらと考えていると、ふと、モニターに意識が惹かれる。


「レディ、指定方向に探査ピン。」

「指令受諾:指定方向に探査ピン発信。」


モニターには何も変わらず、ただただ何もない暗黒空間と遥か彼方からの光だけが映っている。

ただ、天野はその画面が少し歪んだように感じたのだ。


「結果報告:1AU内に反応なし。」

「レディ、探査継続。」


天野は考える。

気のせいとして切り捨ててもいいのではないかと。

モニターに映る映像にぶれが生じただけ。

モニターそのもののトラブルの可能性もある。

気になることは、この方角に三班がいまいるはずだということ。

科学がどれだけ発展したところで、今自身がコーンを操縦しているように、人間の能力・感直観というものが未だに信じられていること。


「レディ、三班に通達、周辺警戒を厳に。」

「指令受諾:三班に通達。」


現在の通信技術では情報を伝達するのに距離を完全に無視できるものではない。

記録媒体を極小型のワープゲート間でやり取りすることで、実現しているため双方向での通信は未だに物理的な距離によって制限される。


「レディ、一班に通達。五機を三班と合流。」

「指令受諾:一班に通達。」


作戦行動中の自身の裁量の範囲に思いを巡らせる。

今出した指示の範囲であれば、何も問題はない。

これ以上の行動を勘だけを根拠にとって良いものか。


「レディ、二班の移動経路予測。当機が全速で移動した場合の合流地点、所要時間を算出。」

「指令受諾:予測経路を宙域図に表示。合流見込み宙域をマーク。移動所要時間、三時間一二分。」


天野は、表示された情報を確認し、移動を開始する。

この行動は結果として多少の罰則を得るものになるだろう。

しかし徐々に強くなる違和感が彼を焦らせた。

虫の知らせとでもいうのだろうか。

そんなことを考えながら、操作と指示を続ける。


「レディ、一班に通達。三班に合流しない五機は直ちに二班と合流。」

「指令受諾:一班に通達。」


これで何も起こらなければ、勘の虫に踊らされた馬鹿な男が一人笑われるだけだ。

そんなことを天野は皮肉交じりに考える。


「一班、了解。五機を二班との予測合流地点へ向けて移動開始。」

「音声ファイルを一件受諾。再生しますか?」


指示への対応報告に加えて、音声ファイルが届いている。

目的を明確にせず急に指示を出せば、確かに疑問の一つもあるだろう。


「レディ、ファイルを再生。」

「指令受諾:ファイルを再生します。」

「小隊長殿。あまりに急な指示ですが、二班になにかトラブルですか?

 状況が分かるのであれば情報の開示をお願いしたいのですが。」


一班の班長から、どこかからかうような声色で録音された音声が再生される。

天野と付き合いが長いこの男は、常々退屈を口にしていた。

これが本当に何某かの対応が必要な事態だとすれば、少しは退屈しのぎになると考えているのだろうか。


「レディ、音声録音。非常事態の演習だと考えるように。現状では何も問題は確認されていない。」


言い切った後に、現在の指示を完了させ、続けて指示を出す。


「レディ、一班班長に音声ファイル送信。」

「指令受諾:一班班長に音声ファイルを送信。」


この間にかかった時間は、十分にも満たず。

目的地までの移動時間はまだまだかかる。


移動を続けて、双方向通信が可能な距離になれば、少し気を抜いて話すのもいいかもしれない。

ただ何もない空間を移動し続け、空いた時間に手持無沙汰を感じ始めた天野はそんなことをぼんやりと考える。

就業時間外ではコミュニケーションをとるものの、思えばこの宙域に来てかれこれ半年以上、指揮下にある面々と顔を合わせて話をしていない。

それを当たり前とする者もいれば、いっそ煩わしいというものもいる中で、天野はその時間を心地よく感じていた。

同様に長い付き合いの隊員たちも、搭乗機から降りれば何かと集まっていた。

気質の似たものが集められているのだろうか。

そもそも現在の人類は設計され、生産されるものだというのに、いまだに個体差があるのは何故なのだろうか。


長時間の無為な時間を、こういった思索で過ごすのが天野の習慣でもあった。

もちろん必要な情報の取得に問題が生じない範囲ではあるが。


そんな思考を一瞬で停止させるかのように、音声が再生される。


「二班班長から小隊長へ。助けてください!急に奴らが、奴らが現れました。

 あいつらはここまで来ないはずじゃないですか!

 なんだってこんなところにあいつらが。

 今、二班全員で拠点設置予定地へ移動してます。

 応戦はしていますが、二班だけでは対処しきれません!」


再生された音声ファイルからは、ただただ慌てた女性の声が流れてくる。

奴らとしか言ってはいないが、間違いなく珪素生命体の襲撃にあっているのだろう。

初遭遇から一六年以上も侵入してこなかった、万が一遭遇したとして追ってこなかった宙域で。


嫌な予感が現実になった。

この瞬間の天野の考えをまとめてしまえば、その一文に尽きた。


「レディ、射手座方面軍に緊急通達。8.5光年内で珪素生命体と接触を確認。襲撃を受ける。至急救援を乞う。」

「指令受諾:射手座方面軍司令部に緊急通達送信。

 警告:当情報が受理されるまで、最短六十分を要する。」


方面軍司令部と外縁それも、銀河外の観測拠点設置予定地との距離を考えれば最短一時間でも十分すぎるほど早い。

母星方面で技術革新がおこり、飛躍的に通信可能距離が伸びた等と話を聞いたこともあるが、それこそ最新技術などこちらの方面に割くのはずいぶんと後になるだろう。

少なくとも今ないものをねだっても仕方がない。

割り切るしかない、現状で対処するしかないのだと無理やり飲み込み、天野は次の指示をだす。


「レディ、各班長へ通達。二班が珪素生命体の襲撃を受けている。現在敵の総数は不明。

 各班・各員は直前の指示に従って行動を継続。」

「指令受諾:各班に通達。」

「レディ、二班に通達。救援要請を受諾。現場の詳細を可能な限り連絡せよ。

 また、現在六機が二班の救出に向け移動を開始している。

 レディ、併せてこちらの予定航路を二班に送信。」

「指令受諾:二班に通達。予定航路送信。」


天野がモニターの一つを確認すると、予定していた合流時間までは残り四〇分程。

通信にかかる時差などを考慮すれば、一時間以上は二班の現有戦力でしのいでもらわなければならない。

報告が来なければわからないが、追加の六機だけで対応できないようであれば、さらに撤退を続けつつ、方面軍からの増援を待たなければならなくなるだろう。

それにかかる時間は、はたしてどれぐらいのものになるだろうか。


今はただ不安を飲み込み、連絡を待つしかない。

一六年変わらなかったものが、唐突に変わった。

理由は何なのだろうか。

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