7-3.お婆ちゃん

 春森に連れて行かれたのは、オレの家とは真逆の千波山地区だった。

 御茶園通りと呼ばれるこの一帯は、おらが町のビバリーヒルズと言われるほどの高級住宅地。いわゆるお金持ちがたくさん住んでいる地区だ。

 そんな高級住宅地の一角に春森の家がある。



「デカっ!」



 まあ、第一声でそう驚いたのはいうまでもない。

 邸宅を覆うコンクリート壁と門――。

 地下一階にあたる部分には、車二台分は入るであろうガレージがあって、肝心の本宅はスロープ上の坂を上がったところにあった。

 これもまた有名デザイナーが手がけてそうなシャレた造りをしていて、外観を見ただけでもすでにお腹いっぱいそうな感じだった。

 ……いや、春森の品の良さとか教養とかは知ってたよ?

 でも、こんなお金持ちだっただなんて知る由もないじゃん。それだけに足がすくんで、本当にお邪魔していいのかどうか考え込んじまったよ。



「なにしてるの? 早く中に入ろ」

「あ、うん……。なんか家の大きさに圧倒されちゃってさ」

「そうかな? ここいらの邸宅の中じゃ小さい方だよ」

「えっ? このサイズで小さいのっ!?」

「そんなに驚くほどのことじゃないよ」

「いやいや、彼女がこんな大きな家に住んでたら普通は驚くでしょ?」

「うーん、そうかなぁ~?」

「どう考えたって、ウチの何倍も大きいもの――全然比較にならないよ」

「だったら、今度近隣を見回ってみようか」



 なんて春森は言ってるけど、これで小さいって言うなら他の家はいったいどんなアメリカンサイズの家なんだよ。

 そんなことを考えながら、オレは春森に連れられて家の中へ。



「お邪魔します」



 入ってみれば、やっぱり中もスゴい家だった。

 キレイって言うだけでなく、広々として大きいという実感がわいてくる室内。

 さらに吹き抜けにもなっていて、採光性だとかバリアフリーだとかよく考えられてるなあというのが一目瞭然でわかっちまう。

 そして、極めつけはスリッパを用意して待っていたエプロン姿の女性の存在。



「お待ちしておりました、三田村様」



 うわっ、家政婦さんだ!

 本物の家政婦さんがいるよ! アニメとかドラマとかそういう類いで見かける架空の存在かと思ってたけど、やっぱり本当にいるんだな。



「こちらは、私の家で家政婦さんをしてくれてる内村さん」

「内村でございます」

「ど、どうも……」

「私が小さい頃からずっと家政婦さんとして働いてくれてるの」

「お話はお伺いしておりました。まさか寡黙で人付き合いの悪いお嬢様に恋人ができるなんて思っても見ませんでしたから」

「う、内村さん……。三田村君を前にちょっとそれはヒドいよ」



 おお、これは珍しい!

 まさか春森がからかわれる側に回るなんて。子供の頃からの付き合いだって言ってるから、ある意味で親子みたいな関係なんだろうな。

 ところで、肝心の家族の姿が見当たらないんだが、いったいどうしたんだ?



「そういえば、春森のご両親は?」

「……あ。ウチの両親はずっと海外赴任でいないの」

「そうなんだ」

「しかも、帰ってくるのも年に一回ぐらいでほとんど放任主義。だから、前はそのことをお婆さまが怒って下さってたんだけどね」

「お婆さま?」



 ってことは、ここは春森のお婆さんの家? 『前は』っていう言い方が気になるけど、そのお婆さんって人はなんで出てこないんだろう。



「ささ、立ち話もなんですから家の中にお上がり下さい」



 まあ、それについてはすぐにでもわかるだろう。

 オレは靴を脱いで、用意されたスリッパに履き替えた。



「お邪魔します」



 さて、どこに案内されるんだ……などと思考を巡らせていると、春森がどこかに向かって歩き出そうとしていた。



「内村さん。私、三田村君をお婆様に紹介してくるから、その間にお茶と菓子を部屋に運んでおいて」

「かしこまりました」



 どうやら、春森のお婆さんを紹介してもらえるみたいだ。でも、出迎えに出てこないかったのはなぜなんだろう?

 ちょっと不思議に思う。



「こっちだよ」



 と、案内されたのは玄関から横に伸びた長い廊下だった。

 そこから、いくつかの部屋やトイレらしきものがあって、右側のガラス窓を隔てた先には洋式の小さな庭園。

 その向かいには、障子によって間仕切りされた十二畳ほどの和室があって、春森が開いた瞬間にふわりとした畳のいいニオイが香ってきた。

 けれども、不可解なのことにすぐさま気付かされる。



「あれ? 春森のお婆さんは?」

「いるよ。ほら、そっちに」

「えっ、どこ!?」



 キョロキョロ見回してみたけど、どこにもいないじゃないか。

 あるとすれば、大きな仏壇……って、まさか!



「お婆さま。ただいま帰りました」



 オレが気付いた途端、春森はそう言って仏壇の前に座って遺影を見ていた。

 そう……。

 つまり、春森の言うお婆さまとは『亡くなったお婆さん』のことだった。遺影の中で、満面の笑みを浮かべる姿は優しそうな人柄が窺えるよ。

 そんな人にオレのことを紹介したい――。

 なんだか春森の気持ちがわびしく思えちまうぜ。

 オレは春森の隣に座り、お婆さんの遺影と相対した。



「……この人が春森のお婆さんなんだ」

「うん、おととしに病気で死んじゃった」

「そうか。だから、玄関で出迎えてくれなかったのか」

「ゴメンね、勘違いさせて。でも、お婆さまは私にとって一番の家族だから……」

「一番の家族?」



 それは両親よりも大切ってこと?

 春森はしんみりした顔でお婆さんの遺影を見ている。

 どこか悲しく、どこか懐かしむようなその顔は会ったことのないオレでも大切だったんだと察することができるほどのモノ。

 お婆さんのこと、本当に大好きだったんだな……。



「さっきも言ったけど、私の両親は海外赴任が長くて、日本にいるよりも世界で活躍することがやりがいみたいな人たちだったんだ」

「じゃあ、もうずっとお婆さんと一緒だったってこと?」

「うん、そうだね。お婆さまとは幼稚園生の頃から一緒だった」



 そう淡々と話す春森。

 オレは、その姿に疑いの眼差しを向けちまった。だって、本当にいつもオレをからかって遊ぶ女の子なな思っちまうぐらいしんみりしてるんだぜ?

 イタズラな笑顔を浮かべて、意味深な顔している方が春森らしい。



「だから、今日はキミにお婆さまを紹介できてよかったよ」



 ようやく笑ったのは、その言葉を発してからのこと。

 こんなにも哀しそうな春森を見たのは初めてだ。それだけにもっと春森とお婆さまのつながりを知りたくなっちまった。

 気付けば、オレは『在りし日の面影』を和室の中に求めていた。


 そして、みつけた複数枚の写真――。


 それらは、右手のキャビネットから少し浮かせるようにして、壁掛けの写真立てに納められていた。

 サドルの長い一輪車に乗って縄跳びをする遺影と同じ顔をしたお婆さん。春森と思われる小さな女の子がビスチェを身に纏って、バレエを踊っている姿……等々、この家の残映が飾られている。



「あっ! バレエに大道芸って……」



 そうだよ! 全部春森がオレの目の前でやって見せた事じゃないか!

 これでようやくわかった。一連の春森の行動の原因は、すべてお婆さんの影響で始めたからなんだ。



「フフッ、そうだよ。バレエ以外はみんなお婆さまが教えてくれたの」

「それじゃあ、バレエだけは自分で?」

「うん、両親のススメで始めたんだけど、なかなか演技会には来てくれなくてね」

「……辞めちゃったの?」

「まあね。その頃は、いつもお婆さまに泣きついて『どうして、パパもママも来てくれないの?』なんてことを言ってたっけ?」

「そっか。だから、春森はバレエが踊れるんだ」

「ある意味、昔取った杵柄だよ。大道芸にしても、フラリと旅に出たけたくなるのも、すべてはお婆さまが私を元気づけるために教えてくれたことだし」



 つまり、今日家に呼んでくれたのはその種明かしのためだったってわけか。

 ただ亡くなったお婆さんと引き合わせるだけでなく、『春森の秘密』だと思われていた部分をさらけ出す機会だったと言える。



「ありがとう、春森」

「え? なんで?」

「だって、普段からかわれてばかりで春森のこと、これっぽっちも知らなかったからさ。どうして、バレエが踊れるんだろうとか、大道芸ができるんだろうとか、春森の『秘密』を知ることができたオレは幸せ者だ」

「そんな大げさだよ」

「大げさなんかじゃないよ。オレは、春森のことをもっとちゃんと知りたい」

「……三田村君……」

「『見えない彼女』じゃなくて、春森は見える彼女であって欲しいんだ」



 なんか改まってこんなこと言うと小っ恥ずかしいな。でも、これでちょっとは春森のことわかった気がする……。

 それから、オレは遺影の中のお婆さんに手を合わせた。

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