第8話「デパート狂騒曲」

7-1.たのしいデートのはずが……~その1~

――ガコンッ!



 という音と共にピンが倒れる。

 その数、10本――倒れた弾みで一同にデッキの奥へと消えていく。

 その様を観て、オレは声を上げて驚いた。



「スゴいよ、春森。またストライクだ!」


 梅雨も真っ只中の6月。

 合間に広がった青空にまぶしい太陽がかがやく今日。この奇跡とも呼べるラッキーデーにオレは春森とデートした。

 場所は、五年前にオープンしたアミューズメントパーク。その中に附設されたボーリング場だ。

 ……で、現在進行形でボーリングを楽しんでいるってワケ。

 そんな中でビックリさせられたのは、春森のボーリングの腕前がプロ級だったってことなんだけど……。

 なんか、まるで時代劇の終幕にバッタバッタと敵をなぎ倒す主人公みたいな? そんな感じで、春森の出番が来るたびに立てられたピンが小気味よく倒れていった。

 比べて、オレはメッチャ下手クソ。

 春森が一生懸命コツを教えてくれてるんだけど、ぜんぜんダメなんだよねえ。



「あ~あ……。オレも春森みたいに上手だったら、もっといいところ見せられるのに」

「そんな事ないよ。三田村君もじゅうぶんウマいと思うけど?」

「フォローしてくれるのはありがたいけど、自分としては納得がいかないなぁ~」

「じゃあ、どうすれば納得するの?」

「やっぱり、春森にカッコイイって思ってもらえるまでかな」



 事実、オレは彼氏としていいところを見せられずにいる。

 誰だって彼女がいたら、「ステキ」とか「カッコイイ」とか言われたいじゃん? なのに、春森がウマすぎて出番なしだもの。

 少しぐらい見栄を張ってみたいなぁ……。

 会話を続けながら、次の投球へと移る。



「毎度のことだけどさ、本当にひとりで旅行に出かけちゃうなんてビックリだよ」

「そう? 今回は朝シャワー浴びて上がってきたら、たまたま見たテレビで見た沖縄の海がスゴくキレイで行ってみたくなってだけど?」

「それがアクティブなんだって。なんで平日の……しかも、学校がある日に行けるの?」

「私は学校よりも世の中を見て回る方が勉強になると思うだけどね」

「そうかなあ?」

「友達と何かをするのも、勉強をするのも、いつだってできるじゃない。それに比べたら、どこかへ行こうなんて気力は『思い立ったら吉日』ぐらいな勢いでしか行けないもの」

「そんなの、オレには真似できないなあ……あっ、外した!」



 やっぱり、春森はスゴいのかも。

 ボーリングにしろ、アクティブなところにしてもだ。

 とにかく、オレの知らないミステリアスな部分が春森にはあって、まだまだわからないことだらけだってことだけはわかる。

 それから、小一時間ほどボーリングを楽しんでからのこと。

 オレは、春森が立ち寄りたいと言っていた本屋での買い物に付き合うことになり、大型書店が入っているデパートに向かうことにした。

 だが、悲しきかな。

 これが終わったら、今日のデートもほぼほぼ終了。

 なんだか短かったような長かったような……もうちょっとふたりで過ごしていたいところだけども、まああとはテキトーに館内を見回って帰るとしますか。

 ……って矢先に事件は起きた。



「これ見てよ、春森!」



 道すがら、おもむろに手に取ったのは『猫耳カチューシャ』――。

 偶然見つけちゃったんだよねえ~?

 しかも、春森に似合いそう。だから、オレはおもわず本人の前に猫耳カチューシャを差し出しちまった。

 そしたら、春森ってば急にクスクスと笑い出すし。



「なあに? これ?」

「いや、春森に似合うかなって思って」

「私、こんなの似合わないよ」

「そんなことないよ。春森ならメイド服を着てたって、絶対栄える思うんだ」

「あ~っ! 三田村君のえっち!」

「え? な、なんで!?」

「だって、そういう妄想してるってことは、私にそういうえっちな格好させたいって思ってるからでしょ?」

「ち、違うよ! オレは猫耳カチューシャを春森に付けてもらいたいのであって――」

「……あって?」

「そ、そのメイド服は『ついで』だよ! つ・い・で!」

「ふぅ~ん、まあいいんだけどさ」



 と、なにかを理解したように微笑む春森。

 そのミステリアスな微笑みは、悪魔よりも悪魔らしいな表情で、絶対オレをからかおうとなにか策を練っているかのよう。

 これは気をつけないと、また春森に弄ばれちゃう……って思っていた直後、突然の異変は春森の左手を見た瞬間に起きた。

 わずかに手が透け始めていたのだ。

 オレは、それで春森が透明化しだしたのだと気付いた。



「は、春森……腕!! 腕!!」



 もちろん、突然の出来事に気付いて驚いちゃったよ。

 オレの指摘にさすがの春森も事態を察知。慌てて人に見られないようにと、ニットジーンズのポケットに左手を隠しちゃった。



「……どうしよう……こんなときに……」

「わかんないよ。でも、このままじゃマズい」



 その間も、透明化は留まることを知らない。

 手だけでは収まりきらず、腕に向かってゆっくり進行している。このまま時間が経てば、服が脱げて身体まるごと消えちゃう!

 ヤバい、ヤバいよ……どうしよう、これ。



「とにかく、ここにいちゃダメだ。どこか、どこか安全なところに……」



 とは言ったものの、どこいきゃいいんだ?

 人気の少ない階段? 隣接する立体駐車場?

 ん~もう! どうすりゃいいのかわかんねえしっ!

 頭を掻きむしったところで、アイデアなんて浮かばねえよ! 本当にどっか隠れる場所はないのか?

 あたりを見回し、最適な隠れ場所を探す。

 ふと視線の先にある通路の行き止まりにあった『ある標識』に目が行く。それを見て、オレはひらめいちまった。



「春森、トイレだ!」



 もちろん、その声に春森も驚いてた。

 だけど、正直いまはこれが最善じゃないかって思う。



「……トイレ?」

「そうだよ! もうそこしか考えられない!」

「え? で、でもトイレって言ってもどっちの――」

「いいからっ、とにかく急ごう!」



 躊躇なんかしてられない。

 オレは戸惑う春森の手を引いて、トイレへと急いだ。

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