7-2.たのしいデートのはずが……~その2~
すんなりと個室に潜り込んたおかげで、春森の透明化は誰にも見られずセーフ。
「ふぅ……。これで透明になってしまっても大丈夫だ」
本当に焦ったよ。
あのまま気付かずにあの場所にいたら、大変な騒ぎになってたし。とはいえ、いつまでもここに留まるわけにも行かないんだけど……。
そういや、春森はどうなったんだろ?
オレは後ろを振り返って、春森の様子を確かめた。
「春森! 大丈――」
「ふーん、男子のトイレってこんな風になってるんだ」
「……って、なんでそんなに冷静なのっ!?」
「いや、なんとなく。男子トイレなんて入ったの初めてだから」
「フツーは入らないけどね」
なんでだろ? この平然としたたたずまい。
春森は男子トイレを珍しいモノを見たみたいに眺めていた。
んまあ、そのことにもビックリだけど、すでに身体の大半は頭と膝下を残して透明化しちゃってることの方が問題だ。
足下には、身につけていたノースリーブとショートパンツ。ピンク色の上下の下着も散乱している状態でかなり悲惨な状況。
――って、下着っ!?
「は、春森っ!? 下着っ、下着が落ちてる!!」
「え? あ、うん――落ちてるね」
「いやいや、突っ込むところはそこじゃないでしょ!? もうちょっと恥ずかしがるリアクションとかないの?」
「そりゃあ、恥ずかしいよ。でも、この状況じゃ拾うことも満足にできないし」
「確かにそうだけどさぁ……。もうちょっと恥じらいってモノを持とうよ」
と言っても、春森にその気はなさそうだけどね。
なにせよくわからない上に時折大胆な行動をするから、こっちの方がビックリさせられちゃうよ。
さて、そろそろここからどうやって出るべきかを考えなきゃいけないよな?
透明人間のままなら声を出さずに出て行けば大丈夫かもしれないけど、いつどこで元の姿に戻るとも限らない。
実際、春森は裸だ。
元の姿に戻ったら、あられもない姿になってしまうワケで、彼氏であるオレも目も当てられない事態に陥ってしまう。
なに策を講じないといけないここから出られないよなぁ~……。
「それがさぁ~あったんだよ」
刹那、急に誰かに話し声が聞こえてくる。
当たり前のことだけど、聞こえてきたのは男の人の声――入り口から扉の向こう側に向かって響く声は、オレと春森に極度の緊張をもたらした。
同時に春森の背後に回って、おもわず口を塞いでしまう始末。春森も驚いただろうけど、オレも驚いてしまったのだからしょうがないよね。
だって、さすがにここに男女ふたりが入っているだなんて思われたくないじゃん? 男の人に見つかったら、きっと大変なことになっちゃうよ。
「だよねぇ~だよねぇ~。そういう考え方じゃないとマズいよね」
で、当の男性は誰かとしゃべっているみたい。
おそらく相手は、スマホの向こう側。
こっちのことを気に留めてる気配はないけど、いつ何時女の子と一緒にトイレに籠もってるってバレたら最悪だ。
ああもうっ、心臓の高鳴りが鳴り止まない――頼むから、早くどっか行って!
やがて、オレの願いが通じたのか、男性の声が足音共にトイレの外に向かって遠のいていった。
寸刻して、オレは安堵の溜息をついた。
「……ふぅ、どうにか行ってくれたみたい」
もう本当どうしようかと思ったよ。
もし万が一、若い男女がトイレの個室にふたり。しかも、片方が透明人間の状態で入ってるなんてバレたら、いったいどうなっていたことやら……。
袂を見ると、すでに春森は完全な透明人間と化していた。
押さえていた口も、見えていたはずの頭もなにもかもが無色透明。
足下には、春森の衣服が散乱している……って、下着はとりあえず目をつぶった状態で、拾って鞄に詰め込めばOKだよね。
オレは春森が着ていた衣服のぬくもりを噛みしめながらも、春森の服を拾ってバックに詰め込んだ。
「あ~っ! 三田村君のえっち!」
そんな折、春森の声が聞こえてきた。
透明になったとはいえ、こちらの様子は窺えるらしい。からかう声にビックリさせられたけど、言い訳のできない状況だけに焦らずにはいられなかった。
「しょ、しょうがないだろ! これ拾っておかないとあとで着替えられないじゃん!」
「あ、それもそうか」
「ここでからかうのは勘弁してよぉ~」
「ゴメン。いまのは完全に私が悪かった」
「とりあえず、危機は脱したからいいよ。でも、さっきのは本当にヤバった」
「……だね」
「とりあえず、早くここからでよう」
「三田村君。こんなことに付き合わせちゃってゴメンね」
「いまさらなに言ってんのさ。それに春森はオレをからかって笑ってるぐらいがちょうどいいんだから、気にしなくていいよ」
「……うん……でも……いまは落ち込んでる……かな……」
「だとしても、それは仕方のないことじゃん。春森が透明人間になってしまうのは、どうしようもない不可抗力なんだからさ」
「とはいえ、このままじゃラチがあかないよね」
「う~ん、ならいっそのこと、このまま外まで出てみるしか……」
「えっ! それってまさか私に裸のまま外を歩けってこと!?」
「そ、それはそうなんだけどさ……」
マ、マズい……。これはヘンなこと考えてるって、勘違いさせる結果にしかならない。
事実、完全な透明人間になった春森からは「ふーん」というなにかを考えているような声が漏れてるし。
これ、絶対よからぬ事をたくらんでいるよね。
「それしか方法はないだろ? いつまでもここにいるわけにも行かないんだしさ」
「でも、放っておけば元に戻る気もするけど?」
「春森の元に戻るってどれぐらいなのさ」
「うーん、いままでの体感からすると2時間? 一番長かったときは5時間ぐらいかな?」
「それじゃあ、デパートが閉まっちゃうよ! 時間だって、とっくに十七時過ぎてるし」
と言って、手元の腕時計を差し出して示す。
当然、時計の針を見たらしい春森からは「あ、本当だ」という声が上がった。だからこそ、早めに駄出する必要があるのだ。
……まあ、問題は透明人間とはいえ、裸での脱出を試みなきゃいけないってところだね。
そこに納得できないからこそ、春森が渋っていると言えるんだけど。
「春森、お願いだ! どうかオレを信じてここからの脱出を試みてみないか?」
その願いに対して、春森からの返答はなかった。
見えないこともあって、余計に心配になる。もしかしたら、押し黙ったまま怒っているかもしれないし、最悪別れを切り出されるかもしれないわけで……。
嗚呼、もしそうなったらどうしよう!
不安ばかりが脳裏をよぎる。
「本当に護ってくれるって約束できる?」
数分後。
突然発せられた声はオレを驚かせた。それは怒っているのではなく、考えていたのだと知るなり、オレは諸手を挙げるようにして喜んだ。
「も、もちろん! ちゃんとオマエのことを守って約束する!!」
「仮にもしも透明人間の身体が元に戻ったら?」
「そのときは、オレが全裸になって衆目を集める!」
と言った途端、春森の声が途切れた。
表情が窺えないだけにどんな風に感じたのかがよくわからない。
けど、一秒もしないうちに「プハハハ」という笑い声が聞こえてきて、春森がいま腹を抱えて笑っているのだと知ることができた。
「は、春森さん?」
「……アハッ……アハハハハハ……な……なにそれ……アハハハハハ……」
「ちょっと笑いすぎだってばぁ~」
「だって、ツボちゃって……。ククククッ――」
「いまのはたとえ話なのにヒドいよぉ~」
そう抗議しても、春森の笑い声は止まらなかった。
ようやく落ち着いたのは、それからしばらくしてのこと。
「いいよ。恥ずかしいけど、三田村君を信じる」
「ほ、本当!?」
「……うん、だけど私がピンチになったら絶対服を脱いで私を護ってね?」
「え? いやいや、それは冗談であって」
「ちゃんと私を護ってくれるって信じてるから」
うわ、なにこのプレッシャー?
脱ぐの前提の「信じてるから」は卑怯すぎない?
あくまでも脱ぐの前提というのは、オレの冗談をからかって遊んでいるだけなのかもしれないけど、言われる側からするとたまったモノじゃない。
「春森、それズルくない……?」
「フフッ、ズルくはないよ。だって、三田村君が私を裸で公衆の面前を歩かせるわけだし、その点考えたら公平だと思うよ?」
「なんか納得いかない部分もあるけど……。んまあ、一応ありがとう」
「それで? いったいどうするつもりなの?」
「……階段から下りようと思う」
「階段?」
「幸いにもここは四階。六階とか七階じゃないからそう下りるのはツラくないと思う」
「でも、途中で誰かとすれ違う可能性もあるんじゃない?」
「階段を使うのは、ひとつ上の階へ上がりたい人ぐらいなモノじゃない? そう考えると、ここから脱出するリスクは最小限で済むはずだとオレは思う」
「それは確かにありそうだけど……」
「とにかく、この方法が一番リスクが少ないんだ。あとは春森次第だけど、どうする?」
わかってくれ、春森! じゃないと、ラチがあかないんだ。
でも、春森からの応答はすぐにはなかった。
「……わかった。ただし、私のそばにちゃんといてくれるって約束して」
そう返されたのは、遅れて数秒後のこと。
その言葉はスゴくありがたい言葉で、おもわず声を上ずらせて喜ばずにはいられなかった。
「もちろんだよ、春森」
お互い通じ合ってるっていいなあ……って、こうしてる場合じゃない。いまはとにかく、トイレから出ないと。
それから、オレは春森を連れてトイレから脱出することにした。
「じゃあ、行くよ」
まず、最初にやるべきこと――それは、ひと気の確認。
すぐに周囲をうかがって安全を確かめてみたけど、いまのところ問題はなさそう。これなら、通路上に出ても大丈夫そう。
すぐさま背後にいるであろう春森にむかって話しかける。
「いいよ。誰も来ないみたいだから、いまのうちにトイレから出よう」
「あ、待って」
「えっ!? なに?」
「はぐれないように手を繋いでおいて。私もその方が安心できるから」
「わかった。オレは春森の手がどこにあるのかわからないから、春森がオレの手を握って」
と言うと左手にギュッと握る感触が伝わってきた。
どうやら、春森がオレの手を握ったらしい。そうして、オレは春森を連れて、表の通路までの道を歩いた。
でも、ここからが問題。
このデパートのトイレは、壁際のテナントとテナントの間にできたデットスポットを利用して設置されている。
つまり、なにが言いたいかというと……。
ここから壁に沿って北側へ直進して、通路の角を曲がって行かなければ、階段にたどり着けないのだ。
もちろん、その間も人とすれ違う可能性はある。
透明化した春森と手を繋いでいるという不自然な行動を極力見られないようにしないといけない。
オレは、その考えから春森に協力を求めた。
「春森、もうちょっとピッタリくっついて歩いて」
「うん、オッケー」
「できるだけ小声で人に聞かれないようにね」
これでも小さな声で話してるけど、いつ何時怪しまれるかわからない。
その辺のことを考えたら、ひっついて歩いてもらうのが一番……って、春森は裸じゃん。
「あっ……」
「どうしたの?」
「……え、いや……なんでもないよ……」
ヤバい。
よくよく考えたら、このシチュエーションはマズいだろ。横に裸の美少女が立っていて、オレと一緒に歩いている。
これって、野外プレイとかいうヤツじゃないか。
裸を想像しただけで、春森のHカップのおっぱいとか、ちょっと大きめのお尻とか、たくさん妄想が膨らんじゃうよ。
ダ、ダメだ……すぐにでも鼻血が出ちゃいそう。
……って、違うしっ!
エロいこと考えてる場合じゃねえよ、オレ。と、とにかく、理性を保ったまま早くここから出ないと。
「お客様。大変申し訳ございません」
そんなことを考えていた直後。
突然、側面から誰かに呼び掛けられる。
それは、春森ではない別人の声で、オレは反射的にそっちの方向を見ちまった。んで、そこに立っていたデパートの店員さんがなにやら意味ありげな笑顔で立っていることに焦りを感じずにはいられなかったよ。
「な、なんですか……?」
「失礼ですが、バックの中を拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
「え? バックの中?」
あれ? 透明になった春森のことじゃない?
予想外の展開に呆然。
それじゃあ、いったい店員さんはなんでオレたちに声を掛けてきたんだ? この展開を予想できなかっただけにバックも言われるがまま差し出すしかないじゃん。
「どうぞ」
オレは理由もよくわからず、店員さんにバックを差し出した。
すると、店員さんは目の前でオレのバックを漁り始めた――かと思ったら、中身の精査し終えたらしく、すぐにバックを返された。
「……大変失礼しました。先ほどお客様が売り場で商品を持ち去ったように見えましたので、バックの中身を改めさせて頂きました」
「あ、そういうことか」
「どうやら、私どもの勘違いでございました。改めてお詫び申し上げます」
「いえいえ! 誤解が解けたようでなによりです」
ふぅ……。
なんだか万引きと思われてたみたいだね。んまあバックは返してもらえたし、結果オーライってことでいっか。
しかし、透明化した春森の存在が一瞬バレたのかと思ってヒヤヒヤしたよ。これでバレてたら、春森は全裸なだけに相当マズい展開になってたよなぁ~。
「ところでお客様」
――って思ってたら、なぜかそれだけじゃ終わらない!?
どういうこと?
店員さんはオレにまだなにか用事があるっていうの? 立ち去るどころか気まずそうな顔をしているし。
むしろ、オレに言いたいことがあるみたいな感じがする。
「え? えっと、まだなにか?」
「――大変申し上げにくいのですが。お鞄に入れてらっしゃる女性ものの衣服と下着はどういった経緯で……」
「あっ!?」
んあああああーっ! しまったぁぁあああーっ!!
男子トイレの中ですっかり春森の衣服をバックに入れていたのを完全に失念してた!
ヤ、ヤバい……! どうにかして店員さんに弁解しないと、オレが怪しい人みたいになっちゃうよ。
「そ、そ、それはですね。オ、オレの趣味というか……」
「しゅ、趣味!?」
「あ、いや違うんです!!」
「じゃあ、なんなんですか?」
「……それはですね……その……」
「ハッキリとお答えになった方がよろしいかと思いますよ。もし、売り場から持ち出したのであれば……」
「違います!! オレが女装して楽しむためにバックの中に入れておいたんです!」
なに言ってんだぁ~オレは。
とっさに言うべきいいわけもできず、妙な誤解を招いちまったじゃねえか。自業自得とはいえ、この言い訳はあんまりだ。
さすがの店員さんも、この発言にはドン引きなご様子。
あとずって、オレを警戒してるっぽいし……。
「……あ……そ……そうなのですね……失礼しました……」
と言って、店員さんは一礼するとそそくさと去って行っちゃった。
オワタ! オレの人生オワタ!!
アハハハッ、この絶望のあまり膝をついてその場に倒れ込んでしまいたいぜ。早く今日という一日が終わってくれないかなぁ~?
「三田村君、大丈夫?」
そんな事を考えていたら、透明化して身体をくっつけたままの春森が話しかけてきた。
唯一の救いは、こうやってフォローしてくれる彼女がいるってこと。だったら、こんなところでくじけてちゃダメよな。
「春森、ゴメンな。オレみたいな変態が彼氏なんて自慢にもならないよね」
「ううん、そんな事ないよ。三田村君は、私を庇うために仕方なく嘘をついたんだから」
「……春森ぃ……」
ああもう、春森の優しさがヤバいよ。
心に突き刺さって本当に泣いちゃうそう。落ち着いたら、どこかいい場所で春森の胸にうずくまって、いっぱい甘えさせてもらわないと。
「でも、イジれるネタが増えたね」
「やめて! あとでイジるの前提でいうのは、本当にツラいだけだからやめて!!」
前言撤回。
泣かずに強く生きなきゃダメっぽい――。
よし、明日から頑張るぞいっ!
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