7-3.たのしいデートのはずが……~その3~
「ヒドい目に遭った」
そう漏らしたのは、近くの公園に避難してきてからのこと。
すでに日も暮れていて、通りすがる人の姿もまばらになりつつある。そんな中で、オレはベンチに腰掛けて深い溜息をついていた。
もちろん、春森の方もようやっと透明化も解けたよ?
とはいえ、デパートで起きた出来事を思い返すと気苦労が絶えないというか、気が滅入るというか……。
まあ、最悪なことにならずに済んだんだし、結果オーライ……なのかなあ?
ちなみに春森は女子トイレで着替え中。万が一のことになってたら、テンパってなにもできなかったかもしれない。
「お待たせ」
そうこうしているうちに春森が戻ってきた。
オレは立ち上がって迎えると、先に買っておいた缶ジュースを手渡した。
「なんかゴメンね。私が透明になっちゃったばっかりに……」
「いいよ。透明人間になっちゃうのは、仕方のないことだしさ」
「……本当にゴメン。今回はあまりにも突発だったから、正直どうしていいのかわからなくて、正直いまだに心の整理が付いてないんだ」
「突発的?」
「いつもだったら、『あ、なりそう』って予感はするの。でも、今回はキミとのデートが楽しくて、つい我を忘れて遊んでいたらあんなことになっちゃって……」
「そ、そんなにオレとのデートが楽しかった?」
「……うん、楽しかったよ」
とうつむき加減に照れて話す春森。
その姿は、いつもオレをからかって笑っている同一人物だとは思えないほどに清純でいじらしく、見惚れるほどに可愛かった。
そのせいかな……?
口にしていたジュースの缶を落としてしまうほどに呆然としちゃった。だって、こんなにカワイイ春森を見たのは初めてなんだぜ?
それだけに缶ジュースを落としたって気付いたのが音がしてからだなんて忘れてたぐらいだ。
「三田村君!? 缶ジュース落ちたけど大丈夫?」
「え……? う、うわぁ~本当だ!」
「服っ! 服に掛かってる!」
「ヤベぇ~! 今度はオレの方がピンチじゃん」
「しっかりしてよっ、もう!」
そう言われても、オマエが可愛すぎるのが行けないんだぜ――春森。
こうやって、間近でタオルを使ってズボンにかかったジュースを拭いてくれる彼女がいるだけでもうれしいってのに……。
オレは本当に幸せ者なのかもしれないな。
「なあ春森」
「こんな時になあに? ヘンなこと言ったら怒るよ?」
「いや、そうじゃないんだ」
「じゃあ、いったいなんなの?」
「また兆候が出たら、すぐに言って。オレ、いつでも駆けつけるからさ」
「三田村君?」
なんて言ったら、春森は不思議がってた。
首をかしげてよくわからないみたいな表情。そして、オレがオレでないみたいな印象を受けて惚けているようなそんな感じで見ていたんだ。
でも、突然オレの身体を拭いていた手を止めて、
「……まったく。キミには叶わないな」
なんてことを言い出した。
その意味はよくわからない。ただ春森にもオレに対して、なんらしら思うところがあったんだと思う。
それから、オレは落とした缶ジュースを捨てにすぐそばのゴミ箱に捨てに行った。
「おかえり、三田村君」
戻ってくるなり、春森からそう言って出迎えられたのは言うまでもない。
だが、奇妙なことにその手にはオレが売り場で進めていた『あの猫耳カチューシャ』が添えられていた。
「あれ? その猫耳カチューシャどうしたのっ!?」
「うん、実はずっと持ってたみたい」
「ずっと持ってたみたいって……。それじゃあ、それまでは気付かなかったってわけ?」
「自分でもよくわからないんだ。ただ透明化していれば、当然これそのものはデパートの中に落としてきちゃうはずだし」
「それじゃあ、もしかして春森の身体と一緒に透明化しちゃったってこと!?」
驚いたよ……。
どうやって手にしてたんだろ? 確か春森の透明化はすべてを透かしてしまうはずだし、着ることもできなわけで、当然物体そのものをつかむことだってできない。
なら、この場に猫耳カチューシャはあるんだ?
「どうして、猫耳カチューシャだけ手にすることができたんだろう? 衣服とかバッグは全部脱げちゃったのに」
「……わかんない。とにかく、透明化してる間は無我夢中だったし」
「うーん、ということはなにかがきっかけがあるはずだよなあ」
「きっかけ?」
「たぶんね」
あとは、それがなんなのかがわかれば、透明化の進行を止められるかもしれない。
でもなぁ~簡単にわかったら苦労はしないんだよなあ。こういうとき、オレに名探偵みたいな知能でもあれば話は別なんだろうけど。
「どうすりゃいいんだろ……。オレには全然わかんねえよ」
気付けば、思っていたことを口に出していた。
考えれば考えるほどこんがらがる。
そもそも透明人間になるって、いったいどうやったらなれるんだよ。透明になれる薬だとか透明マントとかもっと具体的にわかりやすいモノがあったらマシなんだろうけどさ。
オレはあちこちを見ながら、うなり声を上げて考え続けた。
「ねえ三田村君?」
そんな折、突然春森から声を掛けられた。
なにかと思って顔を上げると、なにかを言いたげな表情で見ていた。しかも、胸元に添えられた両手にはあの猫耳カチューシャが携えられている。
いったいなんだろう?
それがわからず、とっさに春森に尋ねる。
「なに?」
「あのさ、私のことよく見てて」
「えっ、なにかあるの?」
「いいから、黙ってて見ててよ!」
「お、おう……。わかった」
本当にいったいなんだ?
様子から察するになにかをやるつもりみたいだけど。
……と思った矢先、突然春森が猫耳カチューシャを頭に被って見せた。
「ニャァァア~……なぁ~んてね♪」
そして、発せられた言葉。
猫っぽい表情と左の頬に添えられたいまにも肉球が見えそうな手――それを見た瞬間、オレは驚きと感動を覚えた。
え? なんでって?
そりゃあだって、好きな女の子が唐突に望んでた猫の真似をしてたら、誰だって感動を覚えちゃうものじゃないの?。
おどけてるけど、実は恥じらってるかもしれない顔を見るのって絶妙に可愛くてたまんないじゃん。
こういうのを萌えっていうのかな……? とにかく、そういうのを感じないわけがない。
「フハハハ……。なんだよ、いきなり」
「フフフッ! だって、三田村君がなんか思い詰めた表情してるんだもの。こっちだって心配になっちゃうじゃない」
「……そっか。心配してくれてありがとうな、春森。おかげで少し元気が出たよ」
「どういたしまして」
「やっぱりさ。春森といて、すげえ楽しいや」
オレが付き合いって思ったのも案外そういうところにあるのかもしれないな。そして、同時に改めて春森を好きになって良かったと実感が得られた。
このことは、胸の内に秘めた一抹の不安を打ち消すには充分な理由だったと思う。
それから、オレたちは帰宅の途に就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます