第7話「私の秘密は、こうやって生まれたんだよ?」

7-1.男の甲斐性

「フッフッフッ……。今日こそは春森の鼻を明かすぞ」



 と、なにを意気込んでいるのかと言えば、春森のことである。

 いっつもからかわれてばかりで、こっちから反撃しようにもまったく隙がない。ゆえに今日は春森をからかうべく、とある屋内イベント施設へとやってきた。

 そのイベントとは――『サイクリングフェア』だ。

 ロードバイク、シティバイク、ママチャリと色々と自転車はあるんけれども、その中でオレが得意とする自転車が存在する。そして、その自転車に乗って春森の鼻を明かそうという計画なのだ。

 そして、訪れた多目的会場。

 館内には大勢の客が訪れていた。親子連れやカップル、自転車競技の選手らしき人の姿もあることから比較的大きなイベントであることが窺える。



「ふーん、自転車だけでもこんなにあるんだね」



 ホールの入り口に立って早々。

 春森は少し驚いた表情を見せながら、そんなことを言っていた。

 ふっふ~ん、そんな表情をして感嘆としてられるのも今のうちだぜ――春森さんよ。なにせこのあとオレは無茶苦茶春森をビックリさせる予定だからな。

 そんな事とも知らず、春森は普段見たこともない形の自転車に興味を抱いている。



「ねえ、三田村君。あの自転車って、歴史の教科書に出てくるヘンテコな形の自転車じゃない?」

「確かボーンシェーカーとかいうヤツだね。あんな感じの自転車って、まだ現存するんだ」

「乗ってみたいな……。ダメなのかなあ?」

「いやいや、さすがに展示品でしょ?」

「そっか。ちょっと残念」

「自転車に乗りたいなら、あっちの会場で試乗会やってるよ」

「試乗会?」



 そう、その試乗会にオレは用事があるんだ。

 だから、意図的に春森を誘導して、自転車試乗会の会場に足を運ばせようとしているワケ。



「ふーん、面白そうだね」

「ちなみに春森は自転車は乗れるんだよね?」

「もちろん、乗れるよ……あ、でも三田村君みたいに自転車通学って距離は乗らないけど」

「春森はバス通学だし、しょうがないよ」

「とにかく行ってみよ。私もどんな自転車があるのか見てみたいから」



 と春森が興味を持ったところでネタバレ。

 実は、今日のイベントで春森にいいところを見せようと考えている。

 どういうことかというと、普段は乗らない『ある自転車』に乗ることで男としての株を上げようって寸法なのだ。

 それは会場に行ってからのお楽しみ……ってことで、いざ会場へ。

 大人や子供に限らず、普段自転車に乗らないお年寄りなど多くの人でごった返してる。ママチャリ、ロードバイク、クロスバイクなどなど、広場に設けられた会場だけに多くの人が自転車を乗り回していた。

 もちろん、外周には幅の広いコースが設けられている。



「へぇ~自転車のイベントだけに人がいっぱい……」

「普段乗っているようで乗ってない人も多いみたいだからね。それに高くてなかなか手が出せないっていうクロスバイクやロードバイクに乗りたいっていう人もいるみたいだし」

「ねえ、その2つの違いってなんなの?」

「ロードは、主にレース用に作られた自転車。クロスバイクは、そのロードバイクに山道など舗装されていない道を走るマウンテンバイクって自転車を掛け合わせたものだよ」

「それって、どっちでも乗れるってこと?」

「まあね。ただ、ちゃんと舗装された道路だけならロードバイクの方が重量も軽くいうえに速さを重視した造りになってるのが特徴かな」

「ふーん、自転車でも細かい違いがあるんだね」

「ところで、春森。あの自転車には乗ったことある?」

「あの自転車?」



 と問われ、すぐさま指で指し示す。

 オレが指で差して、春森に尋ねたモノ――『一輪車』だ。

 フッフッフ……。

 何を隠そうオレは一輪車に乗るのが得意なのだ。理由を問われれば、それは家の物置に一輪車が締まってあって昔から乗り回しているからだ。

 これは聞いた話だが、親父が子供の頃に流行ったのを思い出して、祖母の家から引っ張り出してきたらしい。

 んで、ガキの頃のオレがそれを見つけて、乗り回して遊んでいたってわけさ。

 もちろん、いまでも乗れるよ? んじゃなかったら、わざわざこんな所まで来て、春森の鼻を赤そうだなんて思わないじゃん。



「あ~、一輪車かあ」

「春森は乗ったことある?」

「あるよ。でも、だいぶもう前の話だけどね」

「そっか~、だいぶもう前なんだぁ」

「なんだかその言いぐさだと、三田村君はいまでも乗れるみたいな言い方だね」

「まあね。とにかく、オレの一輪車裁きを見ててよ」



 と言うなり、オレは受付で一輪車を借り受けてきた。

 それから、春森を前に体勢を取って乗車しようとする。



「んじゃ行くよ? ちゃんと見てて」



 ふふーん、乗ったらもうこっちのモノよ。

 アレよ、コレよと乗りこなして春森に「カッコイイ」って言わせてみせるんだ。まあ、とにかく乗って実際に乗って見せますかね。

 オレは春森を前に一輪車に軽々とまたがって見せた。

 そして、ペダルを回して、遊歩道になっている広場の道を走る。一輪車は、漕ぐ力を受けて、徐々に安定的な走りを見せるようになっていく。



「どうよ、春森?」



 フッフッフ……。

 さすがの春森も彼氏として、オレを見直したんじゃあないか? もうこうなったら、あとはひたすら漕いでアピールしてみせるだけ。

 時折停車して、後ろ漕ぎなんてのもできるけど、とにかくいまは一輪車に乗れるってことをアピールすべきじゃね?

 なんにしても、これで春森はオレにホレ直したに違いない。



「うん、スゴいと思う。三田村君って、意外にも一輪車に乗れたんだ」

「その『意外』ってのが心に突き刺さるんだけど……。だったら、春森は本当に一輪車に乗れるの?」

「だいぶもう昔だよ? それでもいいなら、乗ってみせるけど」



 本当にぃ~?

 なんか乗った瞬間に前のめりになって転びそうな感じもしなくもないけど……。まあ、本人ができるって言うんだから、一度やらせてみた方がいいかも。

 オレは一輪車を降りると、春森に手渡した。



「それじゃあ、やって見せてよ」



 見せてもらおうか――『昔取った杵柄』とやらの実力を!

 そもそも『だいぶ昔』って言ってるんだし、春森がそう簡単に感覚を思い出せるわけがないよね。



「……って、あれぇー!?」



 オレが声に出して驚いたモノ――。

 それは、いとも簡単に一輪車を乗りこなす春森の姿。この日のために特訓してきたオレとは違い、『乗り慣れている』感がハンパない。


 それじゃあ、これはいったいどういうこと?



「春森……? い、一輪車に乗るのは久しぶりのはずじゃっ!?」

「うん、そうなんだよね。でも、乗ってみたら、意外と身体が覚えてたみたい」

「そ、そんなぁ~!! じゃあ、オレが特訓してきた意味が……」

「特訓……?」

「あ、い、いや!? なんでもないっ、なんでもない!!」



 ヤバい、ヤバい……。

 そんなことしてただなんてバレちまう。でも、この発言を春森が逃すはずがなく、いつもみたいなイタズラな笑顔がこぼれ出ていたのは言うまでもない。



「……ふーん……特訓……してたんだ……」

「わ、悪い? オレもちょっとだけ久しぶりだったんだ」

「でも、さっき毎日乗ってるみたいなこと言ってたよね?」

「アレは、春森にいいところを見せたくて誇張しただけです!!」

「なるほど。それで今日はこのイベントに誘ってくれたってわけか」



 くっ、全部バレちまった。

 せっかく彼氏としての株を上げようって計画が全部パーじゃないか。あ~あ、これじゃあ株が上がるどころか下がる一方だよ。



「ねえ、三田村君。あそこでサッカーボールで遊んでる男の子からボールを借りてきてもらえないかな?」



 とかなんとか考えいてたら、突然春森がそんなことを言い出した。



「え? 別にいいけど。でも、なんでサッカーボール?」

「それは、持ってきてくれてからのお楽しみ」



 ん~なんだろう? この意味ありげな発言。

 まさかまたオレをからかうつもりでいるんんじゃ……などと思いつつ、言われたとおり男の子からサッカーボールを借りに行く。



「ねえ、キミ。悪いんだけど、そのボール貸してもらえないかな?」

「えー!? いまリフティングの練習の最中なのに」

「ゴメンね。あそこのお姉ちゃんがどうしてもって言うから……」



 当然、借りた方も気になったらしい。



「ねえねえ、なにが起こるの?」



 と興味津々で、オレの後を付いてきちまった。

 んまあ、オレもなにやるのか知らないんだけどさ。



「春森、ボール借りてきたよ」

「ありがとう。じゃあ、そのボールを私に投げて」

「えっ!? 投げるの?」

「うん、そうだよ。できるだけ胸のあたりにあたるような高さにお願いね」

「そんな大道芸人じゃあるまいし、高等テクニックができるわけが……」



 いやいや、待てよ。

 今までの春森の行動パターンからして、もしやこれはできちゃうパターン? それなら、ボールを持ってきてだなんて頼まないよね。

 ともかく投げてみよう。



「行くよ?」

「いつでもどうぞ」

「とりゃあ!」



 と春森に向かってボールを投げつける。

 すると、春森はいとも簡単に胸でトラップ。Hカップだというおっぱいがクッションの役割を果たして、ボールを受け止めていた。

 でもって、さらにそこからがスゴイ。

 一輪車を漕いでいた片脚でボールを真上に上げ、頭と肩で巧みに操作。糸でもくっついてるんじゃないかと勘ぐってしまうぐらい春森のボールさばき。

 それらは見事としか言い様がなく、あんぐりと口を開いて動けなくてしまうほどのモノ。



「わぁ~!! スゴイよ、お姉ちゃん!」



 そりゃあ、ボールを貸してくれた少年も感動するよね。

 隣で春森の勇姿に完全に魅入っちゃってるし。

 ……で、当人はと言えば、器用にもボールを左肩から右肩へ滑らせて、さらには一輪車を漕いだ状態で頭でリフティングまでしだしている。

 これじゃあ、まるで大道芸人じゃないか。



「おい、見ろよ。あの女の子」

「なにあれ? 大道芸?」



 気付けば、春森の周囲にはいつの間にか観衆が集まって来ていた。



「えっ? え? ちょ……」



 さすがにこれはマズくないか?

 急いで春森に演技をやめるよう伝えなきゃ。



「は、春森!! みんな見てる! もうこれ以上人が集まっちゃったら、収拾が付かなくなっちゃうよ?」

「うん、知ってる。だって、これ大道芸だもん」

「わかってるなら、もうやめてよ! オレの負けでいいからさ」

「ふーん、あんなに自信ありげなことを言ってたのに、もう負けを認めちゃうんだ」

「降参っ!! 降参するから、もうこれ以上はやめて……ねっ?」



 ううっ、恥も外聞もないよ……。

 本当なら怒るべきところなんだけど、衆目の集まる場所でそんなことはしたくないし。

 オレが負けを認めたことを確認してか、春森は突然ボールを両手で持ち、高らかと空に向かってボールを打ち上げた。

 そして、一輪車に乗ったまま勢いを付けてバク転。

 次の瞬間にはボールが春森の腕にすぽっと収まっていた。当然、それを見た観衆は驚きの声を上げると同時に拍手までしちゃってるし。

 オレは半ば春森のアシスタント的なポジションに収まっていた。



「……アハハハ……なに……これ……」



 もう笑うしかないよ。

 だって、もうオレ的には精神的にも、肉体的にもゲンナリしていて、春森が観衆にお辞儀してみせる姿を見ているしかないんだもん……。

 やがて、春森が深々とお辞儀をして芸が終える。

 そのうつむきざまにこっちを見て、春森はボソリとつぶやいた。



「一輪車に乗るのって、楽しいね?」

「……もう好きにして」

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