第4話「女の子の秘密って、まさかコレなのっ!?」

3-1.真夜中ピクニック~その3~

 いなくなったオレの彼女、『春森いちず』。


 どうやら、現在進行形で目の前にいる……らしい。

 『らしい』と表したのは、どこにも姿が見当たらないからで、とにかくワケのわからない状況。

 それだけにその存在を確認するほかなかった。



「うん、正解。ようやく気付いてくれたね」

「本当に春森なのか……?」

「だから、そう言ってるじゃない。私はいま三田村君の目の前にいるよ」

「どうして、姿が見えないの?」

「それは、身体が透けてるからだね」

「ウソだぁ~? だって、そんなことあるわけ……」

「それがありえるんだな~。事実、私はキミの目の前にこうして立っているわけだし」



 なぁ~んて、自信満々な声がオレに向かって発せられてるわけで……。

 でも、そんなの信用できるわけがないじゃん。

 だって、姿はぜんぜん見えないんだぜ? ついでに言うと、これといった表情を確かめられたわけでもない。

 反対にオレはと言えば、声だけのする実体のないそれにおもわず溜息を始末。

 見えもしないものを「透明人間だから」っていう理由だけで、どうやって信じられるって言うんだよ。



「えっ、なにかおかしなこと言った?」

「あのさぁ~そんなの信じろって言われたって信じられるワケがないじゃない? また絶対どこかに隠れてオレのことからかってるんでしょ?」

「もしかして、疑ってる?」

「『もしかしなくても』――だ」

「じゃあ、どうして私の声はキミの目の前から聞こえてくるのかな?」

「そりゃあ、あれだろ? なんかしらのトリックを使って隠れてるとか」

「なら聞くけど、どんなトリック?」

「あ、いや……。それは消えるマジックみたいなのでだな……」

「なんか全然答えになってないなぁ~」

「そ、そんなことないよ! たぶん、春森はそういうのが得意なんだって」

「ふぅ~ん……。そこまでして、キミの彼女の言うことが信用できないんだ」

「そういうわけじゃないけどさ……」

「……じゃあどういうワケなの?」



 そう言われると、信じるとしか言いようがない。

 だけど、実際問題これはどういうカラクリなんだ?

 姿が見えないのに春森の声がする。しかも、本人は目の前に立っているらしいって主張しているのにもかかわらず、まったくどこにもいない。

 ……やっぱり、映画にあるような透明人間なのかなぁ~?。

 いやいやいや、さすがにそれは考えすぎでしょ! そんな非現実的な事柄があるワケないし、起きたら起きたでオレはなにかされちゃっててもおかしくないワケで。

 とはいえ、この現状をどう認識すべきか。



「じゃあ、オレに触れてみて」



 オレは春森に触れてるよう頼んでみた。


 ――ギュッ!!



「いだだだだだだだぁぁあ~っ!!」



 ところが予想外にも頬をおもいっきりつねられた。

 そのせいで苦痛の悲鳴を上げざるえなかった。どうやら、これは信じようとしない春森の意趣返しらしい。

 姿は見えないけど、なんか怒ってるっぽい?



「せっかく女の子の秘密を教えてあげようとしてるのに」



 とぼやいてるあたり、頬を膨らませてるんだろうなぁ~。

 ……って、女の子の秘密?

 えっ、まさかこれが秘密だなんて言わないよね?

 オレはそのことが気になり、赤く腫れた頬を押さえながらも、すぐさま春森に問いただした。



「もしかして、これが春森が言ってた秘密なの……?」

「そうだよ。これが私のひ・み・つ」

「…………」

「どう? スゴいでしょ?」

「………………」

「おーい、三田村君?」

「……なんて返したらいいのかわからない……」

「え?」

「だって、あまりにもバカげてるんだもん!」

「そうかなあ?」

「そうだよ! 春森が透明人間だなんて、いまだもって信じられないし」

「あ! ってことは、やっぱりまだ信じてないんだ?」

「当たり前じゃないか」

「うーん、いい加減信じてくれないかなぁ~? 私、本当に透明人間なんだよ?」

「だから、そんなのありえないんだって」



 実際、こんな状況が起きていること事態が夢なんじゃないかって思う。

 だけど、さっきつねられた頬の痛みは本物で、春森が怒っているという事実も確かに存在している。

 じゃあ、これを現実と言わずしてなんと呼ぶ? そのことを考えたら、もう一度春森に訊ねるしかなかった。



「なあ春森。いい加減、手品なんかやめて出てきてくれないか」

「まだ疑ってる。本当に本当のことなんだって!」

「ならさ、仮にそれが本当だったとして……。オマエは、いつから透明人間になったって言うんだよ?」

「うーん、えっとね……。たしか三田村君と付き合うことになった前後かなぁ~?」

「……って、かなり最近じゃないか!?」

「だって、いきなり身体の一部がフワーって消えだしたんだよ? それから、あとは身体全部がきえちゃったりして……」

「へぇ~、そうなんだぁ~」

「むぅ~っ! なんか三田村君が冷たい! こっちは大変だったんだよ?」

「んなの、どう反応したらいいのかわかんねえよ」

「私だって、どうしたらいいのかわからないもん。驚きもしたし、困りもしたもしたし」

「……ん? ちょっと待って! ってことは、つまりそれって、いまのいままで誰にも話さずに『秘密』にしてたってこと?」

「そういうことだよ。誰に言っても信じてもらえないし、信じてもらおうにもなにをどう説明したらいいのかわかんないだもん」

「それで女の子の秘密ってワケか」



 ……って、あれ? オレ、納得させられちゃってる?

 いや、まあ話としては筋が通ってるけど……。

 だからといって「透明人間だ~」っていう話を信じるワケにもいかないし。とはいえ、大切な彼女が明かしてくれた秘密を無下にもできないしな……。



「……なあ、春森」

「なあに?」

「本当に身体が消えちまうんだよな?」

「何度も言ってるでしょ? こればかりは本当の本当だよ」

「……からかってるワケじゃなく?」

「この状況でそれはないよ――あっ、でも普段だったらやりかねないかも」

「そこだよ! 春森をいまいち信用しきれないのは」

「ゴ、ゴメン」

「……いや、いま謝られても困るんだけど」

「その点については、普段の行いが悪いと思って反省するよ。とにかく、いまは私が本当に透明人間になれるって信じて欲しいの」

「――本当にそれだけか?」

「えっ!?」

「こんなところに呼び出すってことは、そういう意味じゃないんだろ?」



 それについては、ずっと考えてた。

 そもそもなぜ学校に呼び出す必要性があったのか? なぜ教えるなら、オレんちや春森の家じゃいけなかったのか?

 そのことを問いただそうとしたら、春森は急に笑い出しやがった。



「アハハハッ! バレちゃったか」

「笑い事じゃねえだろ」

「うん、そうだね」

「……んで、結局どうしてなんだ?」

「え~っと、実はさ……。戻れなくなっちゃったんだよね」

「えっ!! 戻れなくなった!?」

「うん、そうなんだ」

「ってことは、この場所にいるのも偶然ではなく?」

「……うん、必然。三田村君と別れた帰りがけに透明になっちゃったんだよね。親は忙しいし、お手伝いさんを呼ぶわけにも行かないうえに優実ちゃんを呼びにしても部活が忙しいだろうからって遠慮してたら、いつのまにかロッカーに隠れたまま寝ちゃってて」

「馬鹿っ! なにやってんだよ!!」

「アハハハッ……。ゴメン、ゴメン」

「笑い事で済む話じゃないだろ、それ!」

「そうなんだけどさ」

「ハァ~……。なんというか春森らしいよな」

「『らしい』はヒドいよ。少なくとも、キミを頼ろうとしたのは事実なんだよ?」

「いや、それは彼氏としてはうれしいよ。だけど、こういうことは事前に他の人に話しておくべきじゃないのか?」

「それはごもっともで」

「……だろ? だったら、こんなことにはならないんだって」

「まあ、それについては私にも思うところがあってさ」

「思うところってなんだよ?」

「『いまの三田村君みたいに信じてもらえるかどうかわからなかった』――ってことだよ」

「春森、もしかしてオマエ――」

「ゴメンね。ちょっとだけ三田村君を試してた」



 なんだよ、それ。

 それじゃあ、まるっきりオレを信用してなかったみたいな言い方じゃないか。でも、その声は見えないにもかかわらず、悪びれることなく笑っていた。



「悪気はなかったんだよ。でも、やっぱり信じてもらえるか不安だったのも事実だから」

「そりゃあ、いまだって信じられないよ。でもさ、オマエがいま一番信じて欲しいって思ってるのがオレなら信じるほかないじゃん?」

「やっぱ、キミは優しいね」

「優しい? オレが?」

「うん、最初に出逢ったときもそうだったし」

「んまあ、大切な彼女のためってのもあるかな? このまま戻らないんじゃデートもできやしないし」

「フフッ、確かに言えてる」

「……それで? どうやって戻るとか策はあるの? 原因は?」

「そんな一気に言われてもわかんないよ。とにかく、なにかしら原因はあると思う」

「今まではどうしてたの?」

「よくわかんないけど、自然に戻ったよ」

「そんなアバウトな……」

「ともかく、一緒に戻る方法を考えてよ」



どうやら、春森でも思いつかないらしい。

 まあこの状況を見れば、一目瞭然か。とはいえ、どうにかして透明人間から戻る方法を考えないといけない。

 ……って、あれ? なんか目の前に肌色のなにかが見えてきた気が。

 とっさに目をこらして、よく確かめてみる。すると、霞がかったモヤが晴れるように身体のようなものが姿を現し始めたじゃないか。

 おかげで見た途端に戦々恐々とした気持ちになった……えっ、なんでかって? そりゃあ、もちろんオレが見たものが春森の裸だったからに決まってるじゃないか。

 だから、この後どう言い繕っていいのかわからなかった。



「な、なあ春森」

「ん? なあに?」

「ち、ち、ちなみに透明人間になったら服はどうなるの?」

「服? ああ、それなら脱げちゃたからロッカーの中に閉まってあるよ」

「……へ、へぇ~そうなんだ」

「ヘンな三田村君。あっ、あと基本的にものも触れないってのもあるね」

「えっ、触れられない? でも、さっき春森はオレをギュ~ってつねってた気が……」

「あれ? そういえば、そうだね」

「いままでそういうことなかったの?」

「うん、誰かに触れようとしても手がすり抜けていく感じだったし」

「じゃあ、なんでオレだけ?」



 その謎は深まるばかり。

 いくら考えても、なんでオレだけが春森に触れられってのは都合がよすぎる。いったいなにがきっかけでそんなことになったんだ?

 ……って、いまはそんなことを考えてる場合じゃない。とにかく、春森に透明人間から元に戻ろうとしている状況を伝えないと。



「あ、あのさ、春森」

「さっきからどうしたの? なんか様子がおかしいよ」

「……いや……だってさ……ほら……」

「なあに? 言いづらいこと?」

「うん、まあ究極的に言いづらいんだけど……」

「……だけど?」

「……と……と……」

「と?」

「透明人間じゃなくなってますっ!」



 と思い切って、目をつむって絶叫。

 途端に教室は静寂に包まれた。

 片眼だけチラッと開けると、春森が言葉の意味を理解したらしく、あらわになった胸元をソッと腕で覆い隠していた。

 でも、パッと目が合っちゃって閉じざるえなかった……まったく役得なんだか、災難なんだか。



「……いま見た?」

「い、いやそれは……」

「見たよね? 三田村君」



 そうも冷たく責め立てられたら、素直に返事するしかないじゃないか。しかも、様子から察するに怒ってるっぽいし。



「ゴメンッ、春森! 悪気があって見たわけじゃないんだ」

「ふ~ん……。だったら、いったいなんなの?」

「不可抗力というか、突然透けてた身体が元に戻ったっていうか……それでオマエの裸を見ちまったんだよ」

「うん、そうだろうね……。なんとなくそうだと思ったよ」

「じゃ、じゃあ許してくれる?」

「どうかな? 許すべきなのかな? 許さないべきなのかなあ?」

「え、それってどういう――」



 おもわず気になってしまい、つぶっていた目を開けようとする。

 だが、その行為も虚しく、オレの視界は温かな春森の手の平らしきものに包まれて完全にシャットアウトされてしまう。

 見たいと思った春森の身体も、羞恥心にもだえる顔も見られずじまい。

 代わりに聞こえてきたのは、右耳に当たるこそばゆい息吹を伴う春森のささやき声だった。



「ちょ、ちょっと春森!? なんで手で顔を覆うの?」

「……ねえ、三田村君。私の裸を見た瞬間どう思った?」

「み、見た瞬間って言われても……。てか、もう見ないから顔を覆うのやめてってば!」

「答えたら、手を離してあげる」

「そんなイジワルいわないでくれよ」

「じゃあ、このままでもいい? 警備員さんが来て、私の裸を見て驚いても、キミだけはなにも見られないままだよ」

「そんなの、イヤに決まってるじゃん」



 それに警備員さんに敗けた気もするし……。

 そう考えると、素直に答えるっきゃなくなる。春森は「答えないつもり?」とかなんとか言ってきてるけど、こっちは結構恥ずかしいんだからな?



「ああもうっ! わかったよ、答えるよ!」

「素直に最初からそうすればいいのに」

「春森もオレが恥ずかしがってるのぐらいわかってるだろ?」

「フフッ、そこが三田村君のからかいどころじゃない」

「冗談でもやめてくれよ」

「ゴメン、ゴメン」

「それじゃあ、言うけどさ――オマエの裸を見た瞬間、スゴく興奮した」

「どれぐらい?」

「え?」

「どれぐらい興奮したの?」

「そ、そりゃあ鼻血が出るぐらいには……」

「ふーん、つまり三田村君は私の裸をちょっとでも見て、鼻血が出るぐらいエッチな妄想をしちゃってたんだ」

「さすがのオレでも、一瞬でそこまで想像できねえよ」

「じゃあ、あとで思い返すつもり?」

「うっ……。そ、そうだよ!」



 あ~もうイライラする。

 でも、こういうときの春森には悪気はない。

 むしろ、オレに裸を見られて怒っているっぽいから、これはある種の意趣返しなのかもしれないけどさ。

 ふと春森に手が握られる。



「春森? なんで手を掴む――」



 それは、ある種の答え。

 春森は行動で示して、オレの右手をある場所へと誘った――オッパイだ。

 残念ながら、顔を覆われているせいで、春森の胸の色やカタチがどんな感じなのるかは見当が付かない。

 それでも、オレには十分過ぎるモノで、驚いたというか、唖然としたというか……おかげでさっきまでのイライラも吹っ飛んじゃった。

 とにかく、春森の突拍子もない行動にオレの頭は真っ白になっちまった。



「ねえ、三田村君? 私の胸どう?」

「ど、どうって……」

「柔らかい?」

「……や……柔らかいけど……春森いったいなにを考えて――」

「でも、私が感じて欲しいのはそこじゃないの」

「えっ……?」

「ちゃんと手で触れて感じて」

「さっきから何が言いたいのさ? ワケがわからないよ」

「ちゃんと聞いて欲しいの――私の心臓の鼓動」

「心臓の鼓動?」

「耳を澄ませて、よく聞いて。私、いまスゴくドキドキしてるんだよ?」



 真剣に問いかける春森の声に耳を澄ませる。

 それは、オレに本当に感じて欲しいと願っている声だ。それだけに触れた手で春森の鼓動を感じないワケにはいかないじゃないか。

 目を閉じて、全神経を右手に注ぐ。

 すると、瞬く間に聞こえてきたのは「ドクンッ、ドクンッ」という春森の高鳴る心臓の鼓動だった。

 春森が言うようにまさにドキドキしている証拠。


 ってことは、春森も裸を見られて恥ずかしがってるってこと?



「どう? 私の心臓の音、ちゃんと聞こえた」

「……うん、聞こえた。春森はいま恥ずかしいんだよね」

「そうだよ、スゴく恥ずかしい。顔を覆っていても、間近に好きな人がいると思ったら、我慢できないほどにスゴく恥ずかしいの」

「だったら、『キャー』とか叫んで、オレを殴ってくれてよかったのに」

「確かにね。でも、それ以上に見せたくないって思ったから三田村君の顔を覆っちゃった」



 なんだろ? 春森がスゴく可愛く思える。

 本来なら引っ叩かれても仕方のないシチュエーションなのに、春森は冷静なようでテンパってオレの顔を覆ってしまった。

 もし、お互いの顔が見ることができたのなら、どんな風になっていただろう?

 春森なら、きっと顔を紅潮させて伏し目がちになるんだろうなあ。



「……さて、元に戻ったことだし、そろそろ着替えないと」

「あ! んじゃあ、オレはこのまま目をつぶってるね」

「うん、お願い……。絶対開けちゃダメだからね?」

「オッケー。ちなみに開けて見たりしたらどうなる?」

「うーん、そのときは今後しばらくは三田村君をいじり倒そうかなあ」

「や、やめて! またあらぬ誤解を受けちゃう!」

「フフッ……なら、大人しく目をつぶってて」



 そう言われては元も子もない。

 オレは春森の言うとおり、しばらく目をつぶることにした。

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