第5話 承の起

 期限は、来月末まで。来月末の土曜日にまた、この居酒屋に集まろうか。


 2週間ほど経つと、他の人たちから完成した小説が送られてきた。

 俺も、他の人たちより早めに原稿を書き終わったので、「スマホ太郎」さんと「ごまだれ」さんの小説を読んでいた。予習大事。


 「スマホ太郎」さんの小説は、とても完成度が高かった。文章を書き慣れている人、といった印象を受けた。比喩が独特なのが特徴のようだった。「墓を見て『儚い(墓無い)』と言うようなものだ」みたいな、ね。

 ただ、「泣ける」かと聞かれれば、それは少し疑問なのだった。いわゆる「感動系」とは、ジャンルが違うような気がした。


 「ごまだれ」さんの小説も、完成度が高かったけれども、「スマホ太郎」さんに比べれば素人臭さがあった。文末に「……」を多用するのが特徴とみた。むしろ、「!」をほとんど使わない。癖と言うよりは、信条なのかもしれない。「日本語の文末に『!』や『?』を使うのはおかしい」と言う人がいるのは聞いたことがある。「?」は普通につかってたけどね。

 それから、誰が話している台詞なのか分かりにくいところがあった。苦手なのかもしれない。


 そしていよいよ、月末がやってきた。居酒屋で、みんなでチワワさんのパソコンを囲んで意見を交わす。

 今日のチワワさんは、この前より少し薄着な、水色のスウェットだった。

 「スマホ太郎」さんも、前よりは清潔感が出て、赤いシャツにジーパンという格好だった。

 「ごまだれ」さんは前回とは打って変わって、白いシャツにダボっとした黒のズボンという、動きやすそうな服装だった。

 俺はと言えば、前と同じようなジャケットだ。いつ何時、誰がどこから見ているか分からないから、例え休日でも、手を抜いたファッションはしない。良い服を着ていなければナメられることがあるかもしれない。


「『ごまだれ』ちゃんの作品にはさ、三点リーダーが散見されるんだけどさ」

 と、チワワさんが切り出した時、正直言って「三点リーダー」が何なのか分からなかったのだけれども、チワワさんがパソコンに次のように打ち込んだので、なんとなく理解できた。


<文末>

え、目玉焼きにマヨネーズですか

え、目玉焼きにマヨネーズですかぁ

え、目玉焼きにマヨネーズですかー

え、目玉焼きにマヨネーズですか〜

え、目玉焼きにマヨネーズですか?

え、目玉焼きにマヨネーズですか!

え、目玉焼きにマヨネーズですか!?

え、目玉焼きにマヨネーズですか……

え、目玉焼きにマヨネーズですか……?

え、目玉焼きにマヨネーズですか……!

え、目玉焼きにマヨネーズですか……!?

え、目玉焼きにマヨネーズですかぁ?

え、目玉焼きにマヨネーズですかぁ!

え、目玉焼きにマヨネーズですかぁ!?

え、目玉焼きにマヨネーズですかぁ……

え、目玉焼きにマヨネーズですかぁ……?

え、目玉焼きにマヨネーズですかぁ……!

え、目玉焼きにマヨネーズですかぁ……!?

え、目玉焼きにマヨネーズですかー?

え、目玉焼きにマヨネーズですかー!

え、目玉焼きにマヨネーズですかー!?

え、目玉焼きにマヨネーズですかー……

え、目玉焼きにマヨネーズですかー……?

え、目玉焼きにマヨネーズですかー……!

え、目玉焼きにマヨネーズですかー……!?

え、目玉焼きにマヨネーズですか〜?

え、目玉焼きにマヨネーズですか〜!

え、目玉焼きにマヨネーズですか〜!?

え、目玉焼きにマヨネーズですか〜……

え、目玉焼きにマヨネーズですか〜……?

え、目玉焼きにマヨネーズですか〜……!

え、目玉焼きにマヨネーズですか〜……!?


 なるほど、「三点リーダー」ってのは、「……」のことか。

「それぞれ、どんな印象をもつ表現か、話し合ってみませんか?」

 チワワさんの一言で、みんながそれぞれ考え始めた。

 最初に手を挙げたのは、「スマホ太郎」さんだった。

「まあ、何も付けないシンプルな文末だと、かなり解釈の余地があって、読者側の読解力が求められますよね」

「小っちゃい『あ』は、『感嘆』ってイメージがあるけど、目玉焼きにマヨネーズをかけることに対して、『感心』しているようにも、『共感』しているようにも思えるわよね」

「『落胆』しているようにも捉えられますよね」

 チワワさんは2人の会話を楽しそうに見守っているけれど、俺はあまりついていけてなかった。

「伸ばし棒を付けると、棒読み感が出ますね」

 と、誰でも言えそうなことを一応言っておく。

「波線の長音符は、ギャルっぽいっていうか、ちょっと小馬鹿にしてる感じがするわよねぇ」

 「長音符」とは何ぞや? と思ったが、多分、伸ばし棒のことらしかった。

「煽ってるみたいってことですかね。でも、もしかしたら、歌ってるだけなのかもしれませんね」

 そんな解釈をする人もいるのか!

「クエスチョンマークは、単純な『疑問』にも思えるけど、『目玉焼きにマヨネーズとかありえなくない?』っていう『疑念』とか『拒否』とも考えられるわね」

「エクスクラメーションマークも、強い『拒絶』を表したり……とにかく強い感情を見せる感嘆符だと思いますけど」

「単に元気な人の台詞だったり、大きな声だったりするのかもしれないけどね?」

「ビックリマークとはてなマークが一緒になってると、すっごいびっくりした感じになりますよね!」

 俺の発言に、一同、一瞬呆れた感じになる。

「三点リーダーは、『呆れ』とか、『失望』とか、とにかくマイナスなイメージを持ちますよね」

 あれ? さっきまでこの空間に満ち満ちていた、アレのことですか? あ、チワワさんが声を殺して笑っている。

「他にも、言葉に詰まった時とか、健忘を演出したりとか、言いよどんだり、自信がない場合とか、考え込んでいるのを表す時とか。割と三点リーダーは万能なんだから。次の人が台詞を食った時とかもね」

 台詞を食う? これは、「スマホ太郎」さんもピンと来なかったようで、2人でチワワさんの方を見た。

「ん? 前の人が台詞を言い終える前に、次の人が台詞を言い始めちゃうことでしょ?」

 おお、さすが! 小説のことを聞くと、打てば響くように返って来ますね。

 でも、ここで素人から素朴な疑問。

「でも、万能な記号ってことは、色々な解釈ができるってことで、読者からしてみれば、どの解釈が合っているのか分からなくなるんじゃないですかね?」

 「ごまだれ」さんが、ハッとした顔になった。ん、もしかしたら、俺はかなり良いこと言ったのでは?

 チワワさんも何やら考え込み始めた。

 そんな中、「スマホ太郎」さんが話を進め始める。

「なるほど……三点リーダーの特性を踏まえて考えたら、これは」

 「……?」を指差す。

「『戸惑い』だけじゃなくて、自分の目を疑っている状態も、質問を遮られたシーンも表せるわけですね。そして、これ(……!)は、連続して使えば、相手の話を聞かない人たち同士の口喧嘩がエスカレートしていく様子が表現できたりするわけだ」


 「……!?」を付けたらたら「驚いて言葉が出ない様子」、とか。

 「ぁ?」を付けたら「バカっぽい」、とか。

 「ぁ!」を付けたら「大げさ」、とか。

 「ぁ……」を付けたら「折角頑張って作った目玉焼きにマヨネーズを掛けられて『残念』『落胆』」、とか。

 「ぁ……?」を付けたら「いやぁ、ちょっと、自分は止めておきます。という『遠慮』」、とか。

 「ぁ……!」を付けたら「同士を見つけたことに対する『感動』『感激』」、とか、「憧憬の眼差し」とか。

 「ぁ……!?」を付けたら「おそらく本人すら、自分が今どういう感情を抱いているのか理解できていない」、とか。

 「-?」を付けたら「渋々の請負」、とか。

 「-!」を付けたら「憤怒」、とか。

 「-!?」を付けたら「前々から知っていたことを隠すのが下手な人」、とか。

 「-……」を付けたら、「判りやすい落胆」、とか。

 「-……?」を付けたら「興味はないけど一応質問してあげてる人」、とか。

 「-……!」を付けたら「あまりに驚いて、呆けてしまっている人」、とか。

 「-……!?」については「『投げやり』な感じの伸ばし棒と、積極的で大きな感情を表す『!?』は、共存できないのでは?」「いやいや、喋ってる途中で事の重大さに気付いたのかもしれない」、とか。

 「~?」を付けたら「意地悪なぶりっ子だ」「いやいや、小悪魔系のぶりっ子だ」、とか。

 「~!」を付けたら「「シンプルなぶりっ子だ」」、とか。

 「~!?」を付けたら「「押しの強いぶりっ子だ」」、とか。

 「~……」を付けたら「「落ち込んでいるぶりっ子だ!!」」、とか。


 まぁ、この辺で、酔った2人が潰れてしまったので、この先はない。

 ちなみに、考え事を始めてしまったチワワさんの代わりに俺がメモを取っていたので、会話のスピードについていけず、ほとんど書き留められていないし、誰が喋ったことなのかも分からない。ああ、パソコンを打つスピードがもっと早ければなぁ。

「ん、お疲れ、ヒガシ君」

 チワワさんに声をかけられた。

「どうだい? どうせ、今日はもう、これ以上の続行は無理だ。さっきディスカッションしたことを踏まえて来月までにもう一本書いてくるってことでどうだろう?」

「あ、はい、良いと思います」

「ん。それじゃあ、酔い覚ましに、夜風にでも当たって来ないか?」

 俺は、チワワさんに言われるがまま、2人を置いて、チワワさんと一緒に居酒屋の外に出た。

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