第4話 起の結
「それじゃあ、とりあえず、乾杯!」
生ビールの大ジョッキが4つ、ぶつかり合う。
4人席のお座敷席で、俺の目の前にチワワさん、俺の隣に「ごまだれ」さん、俺の斜め向かいに「スマホ太郎」さん、という席だ。
「それじゃ!改めて自己紹介でもしますか!」
チワワさんの一声で、自己紹介が始まった。
「あ、えっと、『ごまだれ』と言います。この名前は本名とは全く関係ありません。本名って言います?」
「いや、言わなくて良いです。匿名でいきましょ。アノニマスで」
「はい。では、『ごまだれ』って呼んでください。ええ……何言えば良いんだ? そうだな……ええ、未成年です」
嘘つけぇ。
「嘘つけぇ」
「おいコラ」
口に出しちゃったチワワさんが怒られていた。
「泣ける話を書きたいと思った理由は……」
「あ、それ、言わないで」
チワワさんが遮った。
「言いにくい人もいるだろうし。泣ける話を書きたいと思った理由、職業、本名はカットで」
「ああ……分かりました。ええっと、じゃあ……好きなお酒は白ワイン、好きな酒のつまみは、チーズに生ハム巻いたヤツですね。このお店はワイン置いてないみたいで、残念ですが、まぁ、ビールも好きなんで」
ワー! パチパチ! 未成年ってのはやっぱ嘘っぱち!
「自分は、『スマホ太郎』と言います。当然、本名とは一切関係がありません」
現代版「名無しの権兵衛」みたいな名前だもんな。英語で言ったら“John Doe”だ。
「好きなお酒は焼酎。好きな酒の肴は、塩辛です」
いつの間にか、好きな酒の話になってらぁ。
「『ヒガシズ』あるいは『ヒガスィズ』と言います」
あ、ウケた。「スマホ太郎」さんに。ツボが浅いんだろうか。ブルブル震えてて、確かにこのシーンだけ切り取って見たらスマホのバイブ機能みたいだ。
「好きなお酒は……何でも呑みます。強いて言うなら、カクテルとかですかね? 家で普段呑まないような、バーのカクテルグラスの特別感は好きです」
「え、バーってさ、1人で行くの?」
「ごまだれ」さんが楽しそうだ。素面でも明るい人と見たが、呑むと絡むタイプの人なのかもしれない。
「まぁ、1人の時もありますが、人と行く時もあります」
「え? 彼女? 彼女と行くの?」
「え、なに? ヒガシズは彼女いるの?」
チワワさんが、ちょっと敵意のこもった目を向けてくる。どうやら、この人は彼女がいないようだ。
「まぁ……一応」
「一応って、一応って何だよお前。人類には、彼女いるか、いないか、2種類しかいないんだから」
確かに、その2種類にカテゴライズできるのかもしれないが、「いる」の時に俺を指差して、「いない」の時に「スマホ太郎」さんを指差すのはやめてやってくれ。分からないだろうが。自分を指差すのはプライドが許さないってか? でもまぁ、「スマホ太郎」さんが否定しないということは、「スマホ太郎」さんに彼女はいないんだろうけれど。
「何だ? お前は、アレか? 『幼馴染がいて、付き合ってるとか、付き合ってないとか、そういうことははっきりしてないんだけど、でもどうせソイツと結婚するんだろうなって思ってます』ってタイプのヤツか?」
人間には彼女がいるか、いないか、2パターンしかないのだと言った張本人が、微妙な例を出してくるんじゃない。
「それともあれか? 『彼女っていうか、嫁なんですけど、いつまでも結婚する前と同じような関係性でいたいねって話してるんです』ってタイプか?」
2パターンに当てはまらない人達が結構いるじゃないか。
「それともあれか? 『マジ、お前らの彼女とかとは次元が違うから。異次元だから。……2次元だから。いつも俺のスマホの中にいるから』ってタイプか?」
バンバン反例が出てくるじゃないか! そんで、ちょっと上手いこと言ってんじゃないわ! 「スマホ太郎」さんがツボっちゃってるじゃないか!
「いや、幼馴染ではないですし、結婚はしてないですし、3次元ですけど……」
「あーあ。お前の名前、『ヒガシズ』じゃなくて『東』だけにしてやろ」
「結構八つ当たりが重めですね!?」
「良いじゃない、一文字ぐらい。てか、『ヒガシズ』って言いにくいのよ」
「俺のアイデンティティ全否定ですね!? 一文字結構大事ですよ! 『胡广』さんが『胡』さんになっちゃいますよ!」
「『广』の方を残しなさいよ!」
「まぁ、でも、一文字をないがしろにはできないよな」
ちょっと待って、この会話の流れで、そんな真面目なトーンの声を挟むんですか?
「作家ってのは、一文字書いた、その次の一文字に誰を選ぶかってことで幾らでも悩めるんだよ」
チワワさんが、ようやく今回の集会の趣旨に合うような発言をした。
「ちょっと、それ」
「スマホ太郎」さんが、チワワの差した物を取る。ボールペンと、「店舗アンケート」の紙。白紙になっている裏面に、数字を書きながら説明を始める。
「考えてみろ。10万文字の小説を書いたとする。だいたい文庫本1冊ぐらいの文字数だ。その本が1000円で売られて、印税が1割だったとする。それが5000部売れたとしたら、作者の収入は……50万円だ。そしたら、どうだ? 一文字当たり……5円の計算だ。400字詰め原稿用紙1枚が……2000円の価値を持つ。そう考えれば、1つの枠を埋める一文字をないがしろになんて出来ねぇよな」
そりゃ、間違いない。
実際は文庫本ならもっと安い値段で売られる方が多いだろう。それに、5000部売れることが凄いのかどうなのかは、門外漢の俺にはよく分からない。それでも、数字という、圧倒的に客観的な情報を見て、胸に1つ、硬いものが埋まったような感覚になった。全身がザワッとした。走り書きされた「5」の文字が、実際より大きく見えた。
自分の脳からニュルリと出てきた一文字一文字が、世間的に価値を持つ世界。
なんだ、それは。
なんだ、そこは。
鳥肌が、立つ。
「ああ、そうだ。俺だけ自己紹介がまだだった。『鎌 成塗』と言います。まずは、それぞれみんなに短編小説を書いてもらうことから始めようと思うのだけれど、どうだろうか?」
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