第3話 起の転

「すいません! 部活が長引きまして! みなさんお揃いですね! 私は『むすび みのり』と申します!」

 制服姿の女の子は、元気にハキハキ、そう名乗った。

「えーっと、『噛ませ犬』さん、『スマホ太郎』さん、『ごまだれ』さん、『ヒガスィズ』さん、で、宜しいですか?」

 「スマホ太郎」さんは大声で笑っていた。どうやら「ヒガスィズ」の発音がツボにはまっているらしかったけれど、俺は戦慄していた。

 凄い! 誰の自己紹介も聞いていないのに! 全員当たってるし、全員読めてる! 天才じゃないか!?

「ん、まぁ、当たってるんだけど」

 なにやら歯切れの悪いチワワさん。

「君は、高校生か?」

「はい! 見ての通り、ピッチピチの女子高生です!」

 チワワさんは、ため息をついた。

「悪いな、みのりちゃん。君に、小説の技術を教えることはできない」

「どうしてです?」

「……君はまだ若い」

 チワワさんは「結実」ちゃんの目を見て話した。

「先人達が積み上げてきた物を分析してパターン化しただけのテンプレに頼るのはやめなさい。若いなら、今までの価値観をぶち破る文章を書く努力ができる。俺が教えるのはな、才能に絶望した奴らの為の裏道だ。未来に溢れた芽を、目を腐らせるんじゃない」

 チワワさんは、ゆっくり話した。自分から出てくる言葉を一つ一つ検閲しているが如く。それでも、はっきりと少女を拒絶した。

 「結実」は、大きな瞳でチワワさんをじっと見ながら話を聞いていたけれど、そのうち、コクリと小さく1つ頷いた。

「上達しようと思うことは良いことだ。君の将来を楽しみにしているよ」

 「結実」は少し落ち込んだみたいだったけれど、ちょっと寂しそうな笑顔を浮かべて「ありがとうございました……!」と頭を下げた。それから、くるっと後ろを向いて去って行った。

「格好良い……」

 思わず呟いていた。

 この人を選んだのは間違いじゃなかったという確信が俺の中に芽生えてきていた。


「それじゃあ、行こうか」

 チワワさんが、俺たちの方を向いた。俺たちを先導するように歩き出す。

「どこに行くんです?」

 「ごまだれ」さんが声を掛けると、チワワさんはピタッと止まって、振り返った。苦い顔をしていた。

「いや、実は、未成年が来るなんて思わなかったから、会場に居酒屋を押さえてたんだ」

 みんなの中に沈黙が溢れた。

「みのりちゃんには申し訳ないことをしたなぁ」

 この人を選んだことは間違いじゃなかったという確信は、間違いのような気がしてきた。

 また歩き始めると、先頭のチワワさんに「ごまだれ」さんがすり寄って行った。

「ところで、チワワさん。私も大概若いんじゃないかと思うんだけど。私には教えてくれるの?」

 「ごまだれ」さんはおそらく俺より年上だ。

「お前らは、良い。自分の人生と才能に絶望したことのある顔をしている」

 チワワさんは、前を向いたまま、笑って言った。

「それにな、教えるったって、俺も素人なんだよ。ネットに小説投稿してるだけで、本を出版したことがあるわけじゃない。これから俺が喋ることは全部間違ってるかもしれない」

「良いんですよ」

 「スマホ太郎」さんが、ニヤッと笑って続けた。

「自分らは、チワワさんの実力を見てここに来たんですから」

 まぁ、そうなのだ、結局。どんな人格をしていようと、書く話が「泣ける」ことに変わりはないのだ。

「まぁ、だから、俺から何かを教えるってスタイルじゃなくて、みんなでディスカッションしていけたら良いな、と思ってるわけだけれどね……はい、ここだよ」

 駅の南口から徒歩5分。これから俺たちが集会のアジトにする居酒屋「生け椿」が、そこにはあった。

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