第2話 交差点

死んだ人とお話ししちゃあ、ダメなんだよ。ボクはちゃんと知ってるもん。死んだ人は生きている人に話しかけて、同情させたり悲しい気分にさせたりして、あの世に引きずり込もうとするんだって。えっ、死んだ人はどうしてそんなことをするのかだって?

そりゃ、死んだ人にとって生きている人が妬ましかったり、寂しいから仲間を増やしたいとか、そういうことなんじゃないのかな。ボクにはまだ、よく分からないことだけど…。


 ボクはこの交差点に立っている。あの交通事故以来ずっと。ボクはこの場所に居なければならない気がするんだ。ここにいればきっと何かが起きる。ボクの心はきっと救われる。そんな確信がボクにはあるんだ。

 そうだよ。ボクはあの事故が起きた時この場所にいたんだ。事故を起こした大型トラックもちゃんと見てるし、運転手のおじさんが事故の時、ずっと下を向いていて、たぶんケータイをいじっていたのも見ていたんだ。子供たちが登校する時間帯。ここはスクールゾーンで、黄色い交通安全の帽子を被っている子供がいっぱい歩いていたのに、ちゃんと確認もしないで交差点で左折して、横断歩道を歩いていた小学校5年生の男の子を轢(ひ)いてしまうなんて、ありえない話だよね。

 しかもその運転手のおじさんは、子供を轢いたのに、知らん顔でそのまま走り去っちゃったんだ。ホントに大きなトラックで、タイヤもすごく大きくて、小さくて柔らかい小学生を轢いても、そんなに大きな衝撃はなかったかもしれない。だけど、周りにいた小学生の女の子たちが、すごく大きな声で悲鳴を上げていたし、気が付くと思うんだよね。普通はね。

 でもそのトラックは、カラダの一部を引きずりながら、走って行っちゃった。だから、ボクはここにいるんだ。心の底から悔しいから。こんな酷いことが許されちゃいけないから。


 凄いよね。警察の人って。事故が起きてから15分くらいで駆けつけて、まぁ、その15分はボクにとってとても長い時間だったけれども、それでもすぐに救急車や10台くらいパトカーがやってきて、子供の遺体を運んだり、事故の状況を確認したり、子供を轢いたトラックが逃走していることを本部に伝えて、近くで検問して下さいと要請したり。テキパキ、テキパキ。仕事していく。その中に、指揮官っぽい人がいて、その人に次々といろんな情報が集まってくる。轢かれた子供は、頭が潰れていて病院で死亡が確認されたということ。ほぼ即死の状態だったと推定されること。周囲にある防犯カメラのデータを集めて分析するチームも来ていて、早速解析に取り掛かろうとしていた。けれどもこの辺は普段事故とか事件とか、めったに起きない穏かな住宅街で、あまり防犯カメラが設置されてなくて、そこから犯人を特定するのはかなり難しそうだという報告もあった。

 目撃者は数人いるのだけれど、ほとんどが小学生のため、ショックで見たことを頭の中で整理して話すことができていない感じ。なかにはただ泣くばかりの女の子もいるって。

 たぶん鑑識の人なのかな? ドラマで見たことがある鑑識の人っぽい制服を着た人がやって来て、指揮官っぽい人に。トラックのブレーキ痕が見当たらないということ。そしてトラックが子供と接触したときに、トラックの部品を落としたりしていないと報告していた。

 やっぱり子供は柔らかいから、頑丈なトラックとぶつかっても、轢いたトラックはノーダメージ。ということらしいよ。犯人はこのまま逃げてしまうのかな。そんな予感がボクにはしたんだ。

 その時ひとりの警察官が指揮官に駆け寄って、被害者の両親が被害者が運び込まれた病院に駆けつけて、身元を確認。顔がメチャメチャに潰されていたため、被害者の特徴の、左手の甲のハート形をした痣で確認したっていう報告をしたんだ。両親はその場で泣き崩れて、遺体から離れようとしないんだって。だから、亡くなった子の詳しい話を聞くことができなくて、担当の警察官は困っているのだとか。

 またひとり警察官がやってきて、記者会見の段取りを指揮官に確認した。

 指揮官は「被害者の身元が確認できたから、副本部長に至急会見を開くように伝えてくれ。それと子供を轢いたトラックが現在逃走中だから、市民に広く情報を求めると伝えて欲しい」と低い、厳しい声で指示を出したんだ。

 

 たぶん副本部長の記者会見が、世間に与えたインパクトはかなり大きかったんだろうね。少し経つと、近所のお母さんのグループとか杖をついたお年寄りとか、大勢の人が花束や子供が好きそうなお菓子やジュースをもってきて、事故(事件?)現場にお供えしはじめた。

 ボクは見知らぬおばさんが、お花をお供えして、自分の子供が死んだわけでもないのにワァワァ泣き出すのを見て、ちょっとなにか恐ろしさを感じたんだ。この人いったい何なんだろうと、やけに不気味だなと感じちゃった。このおばさんは事故が起きたことが残念で、悲しくて泣いているのだろうか。それとも、ただ泣きたくて、泣けるタイミングを探していて、それで事故をきっかけに思う存分泣いている。そんな風にしか、見えない。ボクには空々しいようにしか映らない。

 まぁ、とにかく。そんな感じで大勢の人がこの交差点に来て、散々泣いて、帰って行った。その中に、ひとり。噂話が大好きな感じの、見覚えのある誰か同級生のお母さんがいて、取材中の新聞記者に「得意満面」ってこういう顔を言うんだろうね。嬉々として被害者の家族について、聞かれもしないことまでしゃべっていた。

「お父さんは○○建設にお勤めで、お母さんは××スーパーでパートで働いていて、中学生のお姉ちゃんがいて、家はこの道を真っ直ぐ行って、突き当りを右に曲がってすぐ目に付く、クリーム色の一軒家で…」

 なんなんだろうね。この人は。まるで世界中の人が知りたがっている謎を私が解き明かしてあげましょう。そんな気分なんだろうね。自分のしていることがどんなに「ゲス」なことなのか、気にもしないようだった。


 大勢の人が花束を持ってこの交差点にやって来る。そんな日々が何日か過ぎた。するとさすがにその人数も減ってくきた。すると今度は、カメラで事故の現場を撮影して、動画配信サービスにアップする若者たちが目立ってきた。子供が轢かれたその場所で、ニッコリ笑って「ハイ、ポーズ」。

 これがボクたちが住んでいる、日常の世界。他人の死はあくまで他人の死。それを利用して自分の欲求が満たされれば、それでみんな大満足。

 ねぇ、こんな世界をキミはイヤにならないのかい。


 ある夜のこと。だいぶ遅い時間で、交差点にはそのふたりの男以外誰もいなかった。ひとりの男は白いパーカーを着て、フードを被って頭を完全に隠していた。もうひとりの男は、サラリーマンなのだろう。紺色のビジネススーツを着ていた。

 パーカーの男は手にスマホを持って、そのライトで暗い交差点のアスファルトの上を照らしていた。スーツの男がちょっと離れたところから、それを見ていて、

「無駄だよそんなことしても。あれから何日経っていると思っているんだ。もう何にも残ってないって。もし、そんなものがあったら、とっくにケーサツが見つけて回収しているよ」とパーカーの男に声をかけた。

「オレもそう思うよ。だけどよ。気になって気になって、夜もおちおち寝られないんだよ。何かここに決定的な証拠が落ちていて、それをそのままにしていたせいで逮捕されちまうんじゃないかって。だから、もう一度ここを徹底的に調べたほうがいいんじゃないかって。そう思うと、居ても立っても居られいんだッ」

 その言葉を聞いて、ボクは髪の毛が逆立つくらいの怒りを感じた。

「ボクを殺したのはオマエかっ!」

 そう言って、パーカーを着た男に駆け寄った。するとパーカーを着た男はボクが襲いかかろうとしているのに気が付いて、

「わあっ、カンベンしてくれ。オレが悪かったよ」と言って逃げだした。

 スーツ姿の男は何が起きているのかよく分からないらしい。

「おい、なにやってるんだよ。なににビビっているんだよ」と言うと、ビジネスバックを抱えてその場に立ち尽くしてしまった。

 パーカーの男は転びそうになりながら反対車線側を、後ろを気にしながら走り出した。その時クルマが走ってきて「ガシャンッ。ガンガン」


 いっぱいお話ししちゃったね。死んだ人とお話ししちゃあ、いけないのにね。だけど安心してね。ボクはキミをあの世に連れて行こうなんて思ってないよ。それでもついつい、この世がイヤになるような話をしちゃったね。でも途中でやめたから、ホントはもっとこの世がイヤになるような話もすることができたんだけど、途中でやめたんだから、許してね。それでね。アナタは優しい人だからひとつ忠告しておくと、この世には人の優しさにつけ込む悪い霊がいっぱいいるから気を付けたほうがいいよ。可哀想だと思って差し伸べた手を、グッとつかんで地獄に引きずり込むようなタイプの悪いヤツがね。

「ムヤミに誰にでも優しくするものじゃない。」

 ジョータローさんもそう言っていたよ。

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からくり怪談 嶋田覚蔵 @pukutarou

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