第7話 さあ! 冒険へ出発だ!
女神さまのことが忘れられない俺であったが、重要なことを忘れていた。
そう、女神さまの名前や素性を確認することを、すっかり忘れていたのである。
だから、女神さまが、どこの女神さまで、なんの女神なのか、全く分からない。
ストーカーしようにも、居場所が分からないのではどうしようもないのだ。
ならば、その会場にいた、参加者に尋ねてみろと思うかもしれないが、いかんせ、人見知りの俺は、見ず知らずの人に、声をかける勇気などあるはずもなかった。
夢の中にしばしば現れる女神さま。
しかし、その女神さまの居場所は分からぬまま。
悶々とする日々を過ごす中、ついに来た! その時が!
えっ! 女神さまとの再会かって?
いいえ! 違います。
婚活クエストが発動したのですよ! これが!
そう、ギルドに婚活クエストの依頼がやってきたのだ。
それは、半官半民のギルド組合が主催する婚活パーティ!
おせっかいなおばちゃんやおっちゃんたちが、今だ独身の男を、独身の女に無理やり引っ付けようというえげつない企画だった。
まぁ、そうは言うものの、おばちゃんたちの頭の中は、自分の息子を何とか結婚させようと、嫁さん候補を物色しようとしていただけであるが。
おいおい、女神さまはどうなったんだよ!
えっ? なんのこと?
こういう場合、どこの誰とも分からぬ女神より、目の前の女の子だろ!
もしかしたら、これで童貞卒業かも知れないのだ!
握れぬ手より、握れる手!
まぁ、今まで、女の子と手なんか、つないだことないんですけどね。
小学校のフォークダンスだって、相手はずーっと男だったし! ケッ!
そんなこととはつゆ知らず、初めての婚活パーティという冒険に、ドキドキとしながら俺は出かけ行ったのであった。
そこは、小高い山頂近くの草原だった。
20人ほどの男と同じ数ぐらいの女性たち。そして、数人のおばちゃんたちが、準備でせわしく動き回っていた。
その横で、おっちゃんたちはすでにビールを開けてラジオを囲んで出来上がっていた。
恋と言うものは、何か共同作業をすると芽生えやすいらしい。
と言うことで、俺たちは、男女6人のグループに分かれて、バーベキューをすることになった。
だが、このバーベキュー、マッチから炭に火をつけないといけないという、難題が待っていたのだ。まぁ、レンジャーと言った職業を極めていれば、なんとも無い作業なのではあるが……
いかんせん……ウチのメンバーときたら。
男三人、童貞勇者の俺以外は、成金ナイトに、下級貴族のボンボン。
炭に火をつけるスキルを持っていそうな奴はいなかった。
それどころか、炭の黒い粉が手につくのが汚いと、触りもしない。
軍手を使え! 軍手を!
次に女三人……これまた、どう見ても、冒険なんてそんな危ないことできないわ! と言わんばかりの、か細き乙女たち。
お花屋さんなどで、花束を笑いながら作っているのが似合いそうな女性たちである。
これが、せめて魚屋さんであれば、ナイフで鮮やかに、魚をさばいてくれるのに……
コチラも、手が汚れると言って、魚に触らない……
手で握った棒を刺せ! 魚の口を手で無理やりこじあけて! その口の中に固い棒を突っ込むんだよ! 体を反って嫌がろうが、そのまま喉の奥まで一気に押し込め! あとはそのままホールド! そのうち素直に動かなくなる!
うん、気のせいか? 俺は手に取るラジオを激しく前後に振ってみた。
そう、イマ、ラヂオで言ったのだ。
だが、やはり、白いホコリが飛び散るだけで、ラジオは、何も発しない。
やはり、俺の気のせいか。最近、女神様の夢で、もんもんとしていたからな……きっと、気のせいだ。
うちのメンバーに、レンジャーのような職業を極めたものがいないのはすぐにわかった。
どいつもこいつも使えねぇ!
そのせいで、箱一杯にあったマッチが、ついに最後の一本になっていた。
そりゃ、おめぇ! マッチからいきなり炭に火が付くか! ボケェ!
遂に、業を煮やした俺は、ボンボンからマッチを取り上げた。
かくいう俺も、野営訓練などしたことが無い。
まだ、野営と言うスキルは取得していないのだ。
だが、これでも、下級賢者養成国立大学に在籍していたのである。
燃焼反応は理解しているつもりだ。
森羅万象の理を理解しないと、賢者になることは到底不可能だ。
って、俺、賢者じゃないですけどね! てへ。
要は、炭にいきなり火をつけようとするからダメなのだ。
まずは新聞紙! 燃えやすいモノから火をつける。
組んだ細い木の上に、小さな炭を盛り上げる。
そして、下から空気の通り道を作り、その流れに沿って、火を大きな炭へと導くのである。
すごぉぉい!
そんな女の子の声を期待した。
これで俺は、女の子とおしゃべりできる。
そう確信していた。
しかし、既に女の子たちは、ナイトとボンボンと話をするのに夢中であった。
小汚い童貞勇者など、目に入っていないご様子。
ぱちぱちと炭が小さな音を立てはじめた。
だれも見てくれない……
だれもほめてくれない……
むなしぃ……
俺は、まるで炭焼き小屋にいる老人のように、一人孤独に、赤く燃えあがる火に炭をくべていた。
「おっ! 火がついてるな!」
俺ははっと顔を上げた。
ついに俺を見てくれる人がでてきたと思ったのだ。
そこには、酒で顔を赤らめたオッサンが笑っていた。
「あっちの炭も火をつけてやってくれ!」
指さす方向を見た。
どうやら、あっちのパーティも、レンジャーはいないようである。
かといって、このままここにいてもすることが無いのも事実。
俺は、すごすごと言われたとおりに移動した。
しかし、この時、俺は気づいていなかったのだ。
そう、火おこしスキルの獲得音がしなかったことに。
次のコンロの前で、同じように作業した。
そのコンロを所有するパーティは、既に酒を飲みながら、談笑にふけっている。
あぁぁ! 楽しそうでいいですね!
俺は、苦虫を潰しながら、新聞紙に火をつけた。
しかし、今度は火が付かない。
同じ作業のはずなのに。
なぜだか炭に火が移らないのである。
「まだぁ?」
ビールを片手に金髪の姉ちゃんが、俺を急かす。
この女、俺のパーティの女性たちとは、雰囲気が全く違う。
どうみても、飲み屋のねぇちゃん!
「お腹すいたんですけどぉ!」
焦れば焦るほど、火は消える。
遂に、箱の中のマッチが底をついた。
うなだれる俺。
マジで、格好悪い……
「やっぱりつかんかったか!」
先ほど俺に声をかけたおっちゃんが、笑いながらやってきた。
どうやら、おっちゃん自身も頑張ってやってみたが、つかなかったようである。
そのためか、おっちゃんの両の手には炎の銃と風の銃のがそれぞれ装備されていた。
おっちゃんは、俺たちをコンロから遠ざけると、ガスバーナーに火をつける。
バーナーから噴き出す炎の熱が、周囲の風景を一気に赤く照らす。
十分炭に火がついたころ合いを見計らい、次はブロワーで突風を吹き付けた。
おっちゃんの横から、掃除機並みの激しい音とともに、空気が吸い込まれ、細いノズルの先から噴き出されていく。
炭はあっという間に赤く燃え上がった。
俺の努力は何だったのか……
バーナーを手にするおっちゃんは得意げにブロワーを肩に担ぎ、意気揚々と自分のビールのもとへと帰っていった。
その姿は、まるで夕日で赤く染まるテキサスの荒野を去っていくガンマンの背中のようだった。
そんな装備があるんなら、最初から使えよ!
と言うことで、1回目の婚活イベントは、おっさん以外、誰とも話すことなく無事終了した。
【グダぐだ
モテようとする男は、女の子の前では恰好をつけたがる。
だが、そういう時に限って、失敗してしまうのは、アルアルだ。
そして、最も重要な事は、実は女の子は見ていない! 本当にどうでもいいのだ!
だから、無理して格好つけるより、不格好でも確実な方を取った方が、意外とポイントは稼げたりする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます