行動記録 7日目 木曜日
楚辺家応接間
早朝まで、細部に渡り報告書を見直していたので、疲労感は拭えないが自見は、佐藤女史に謎が解けたことを知らせた。
この調査を引き受けるにあたり妻に相談したら、妻はもう面倒なことはやめたら、警備課長時代散々苦労したでしょ。
そう警備課長時代は、自見だけが苦労した訳ではない。24時間、365日いつでも現場に向かう自見を妻は何も言わず見送ってくれた。
結婚以来何事にも黙って妻は付いてきてくれた。若いころの自見は癇癪持ちで、折角の好条件の職場をつまらぬ見解を振りかざして棒に振ったこともあった。
それでも妻は咎めたことはない。自見の真直ぐな生き方が好きだった。
もうゆっくりとして欲しい、備品庫室で働く自見を優しく見守っていた。
隆は、郡上高校数学教師で定年を迎えたあと、家庭教師として得意な数学と英語を、中学生を対象に教えていた。
主に夕方からが仕事になる。それで、隆にも知恵を借りることとして応接間で佐藤女史を待っていた。
佐藤女史が興奮した面持ちで
「自見さん、分かったのですね」
「そうです、やっとからくりが解けました」
隆の妻の峰子も、お茶をテーブルに並べながら
「お義兄さん、苦労が報われましたね」
二人に、先ず警備料金の算出方法について説明し、次に真地間が作成した“総合ターミナル物流センター警備隊所要人員表”を見せた。
そして、人員表が計算した警備料金と契約書の警備料金に若干の誤差があることを。
総合ターミナル物流センターは地上11階地下1階、消防法で防災センター設置義務とそれに伴う防災センター要員、3ヶ所ある警備室警備員、保安警備員等が必要なので、その警備料金は軽く億を超える。
しかし、契約書で取り交わした警備料金は、真地間がエクセルで計算した数値より多い。
ここで警備員指導教育責任者とその選任者について説明すると、警備員指導教育責任者の資格を取ったものの中で、実務的に指導する者を選任者としている。管轄警察署に書面で選任者であることを届け出、警察官の立ち入りがある時は、必要書類を提示する。
近藤隊長はその選任者だ、各警備隊の指導監督が主業務だが、名目上、総合ターミナル物流センター警備隊の隊長も兼務している。
実務は2名の副隊長が担当しているが、重大な事案が発生した場合は報告書を作成し、管理センター責任者に説明する。
近藤隊長は実際には現場業務には従事していない、言葉を変えれば準管理者と捉えても良いだろう。
それを説明しながら、自見は真地間が作成した“総合ターミナル物流センター警備隊所要人員表”エクセルファイルの空白セルに“1”を入れた。
何と、見事に警備料金が一致したではないか。二人は目を丸くした。
そうなのだ、近藤隊長は所要人員に加えてはならないのに、契約を結ぶ際何らかの手違いでそのまま受け入れられてしまった。それが現在も続いている。
大同が支社の独立採算制を採用したことにより、支社長の裁量権は拡大した。本社が設定した各支社の営業利益を超えれば、後の部分は支社長が自由に出来る。支社員に還元しても構わない。
総合ターミナル物流センター警備隊の警備料金が実計算より多いことは、有馬支社長も直ぐ分かった。
しかし、それは本社に言う必要はない。何故なら独立採算制だからだ。
契約書は支社保管、本社に提示する義務はない。
だが、偶然に村越順子はそれを知り、それを真地間に知らせた。
真地間は迂闊にも、支社で不正が発生しているようだ、と今枝副隊長に話した、1年前になる。今枝は定年まで10年ある、間も無く定年を迎える近藤の後釜を狙っていた。だがライバルも多い、特に同僚の細川副隊長は目障りだ。
そして、図師に目を付けた。支社長は細川を買っているが、図師は何れ本社に戻り出世するだろう。有馬は来年定年だ、相手にする必要はない。
見ていると、図師の権力は有馬を超えている。ここで真地間の件を報告していて損はないだろう。
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