一条の光

 危うく命を落としそうになったことは、佐藤女史の他誰も知らない。勿論妻に知らせたら、それこそ今直ぐ用賀に戻って来なさいと言うことは分かっている、それは剣呑だから。


 寝付かれぬまま、真地間のパソコンを開き、各ファイルを見ていた。本当に見事だ、エクセル関数そしてVBA、実によく勉強している。自見もエクセルに関しては相当な知識を有しているので、真地間の勉強ぶりは自分の事のように感じ取れる。

 こんな出会いではなく、真地間が生きている内に思う存分エクセルの話がしたかった、としみじみ思った。


 常駐警備で警備員を配置する上で、様々な書類を作成、提出しなければならない。警備業法で細かく規定されているが、主だったところでも、先ず警備員名簿(顔写真付)、警備計画書、警備実施要領、アサインシフト表(これは、具体的に警備員がこの時間は何をしているか、巡回しているのか、警備室にいるのか、はたまた休憩しているのか)、勤務表、そして緊急時における警備員の行動マニュアル等多岐に渡る。


 勿論、警備契約書は、警備会社、警備先とも重要な書類である。警備会社は配置ポスト数とそれに伴う所要人員を算出し、必要経費を警備先に提示する。


 一旦警備を受注すれば、故意及び重大な過失、自然災害等が発生しない限り、継続して契約が続くのが業界の慣例となっている。

 しかし、だからといって安穏にしている訳にはいかない。時に警備先は入札という非常手段を使うことがある。

 入札という競争原理で警備料金は安くなるかもしれないが、それでは良い人材は集まらない。当然警備の質が低下することは目に見えている。


 さて、各ファイルを眺めていたら、総合ターミナル物流センター所要人員表が目についた。これ事体何の不思議もない。 

 広大な敷地を警備する総合ターミナル物流センター警備隊、それぞれの配置場所に、昼間、夜間毎、男性、女性警備員の人員数が記入されている。


 そして、フォルダの中にPDFファイルがあった。ご存じのように、


PDFは、「Portable Document Format」の略で、データを実際に紙に印刷したときの状態を、そのまま保存することができるファイル形式で、どんな環境のパソコンで開いても、同じように見ることができる、「電子的な紙」。

(インターネットから引用)


 そして、そのPDFファイルが警備契約書であることに驚いた。何故なら、これは機密事項で、一般隊員は目にすることは出来ない。

 それが何故真地間のパソコンに。考えられるとすれば、このPDFファイルは村越順子が密かにパソコンに取り込み、それを真地間のパソコンに送信した、それに間違いないだろう。


 所要人員表と警備契約書を暫く交互に並べて見ていた自見は、はっと気付いた。そうか、それに違いない。真地間もこれに気付いたのか。そして、図師は真地間がこれに気付いたのを知ったのだ。

 それで、このことを漏らされてはたまらないと、陰湿ないじめとパワハラで真地間を自殺に追い込んだ。


 図師が次長兼警備課長として着任し半年程経った時、応接室で支社長と図師が口論しているのを、偶然立ち聞きしたと村越順子は言っていた。

 図師が

「支社長、これは拙いですよ。本社に漏れたら大変なことになりますよ」

「しかし、今更修正は利かないし。双方の手落ちでもある」

「じゃ、こうしましょう、私も加えて下さい」

「図師次長、総合ターミナル物流センターの件は、近藤隊長に言うなよ。

 彼奴は、警備員指導教育選任者だが、この事には気付いていないからな」

「分かっています。会って直ぐ愚鈍な奴と思いましたから」

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