行動記録 5日目 火曜日

金木犀の香り

 17日は真地間の月命日で、栗木は欠かさず訪れている。その日に自見と会うことにした。真地間から預かったスマフォも持参することにした。母親には聞かせていなかった。あまりにも生々しいので、真地間が自殺したばかりで、母親に聞かせるのは気が引けたからである。


 自見、隆、佐藤女史、嵯峨美智子、母親、幸子は、栗木が持参したスマフォの録音を聞いた。


「真地間、少しばかり仕事が出来るからと言って良い気になるなよ」

 この声は、と自見が聞くと、栗木は今枝副隊長だと答えた。

「私は、別に良い気になっていません。ただ、今のままでは勤務が偏っているので、公平にと言っただけです」

「それが生意気だと言うのだ。俺が勤務表を作成しているが、これは近藤隊長も承知しているのだ」

「しかし、正月やお盆は誰もが用事があります。班長だけ特別扱いするのはおかしいと思います」

「馬鹿野郎」と罵声が、この声は、と聞くと、水野班長だと。


 このやり取りは5分程続いたが、真地間が正論を言っているのに、全く取り合わないどころか、罵声の嵐である。

 栗木から、スマフォで録音しておくようにとアドバイスを受け、真地間は常に録音するようになった。この二人の他の5名も同様な内容だった。

 中には、お前なんか死ね、どうせ此処に居ても陽の目はあたらないぞ。時には、椅子を蹴ったような音まで録音されていた。


 母親は黙って聞いていたが、声を殺して泣いていた。妹の幸子は怒りの形相で、もし此処に今枝達がいたら掴みかかりそうだった。


 少し開けておいた居間に、真地間がこよなく愛した金木犀のほのかな香りが入ってきた。その控えめな匂いに誘われて庭先に目をやると、元気な頃の真地間の屈託のない笑顔が、そっとこちらを覗いているような錯覚に、皆襲われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る