モンスターカスタマー

あーく

モンスターカスタマー

「ありがとうございました!!なんとお礼を言ったらいいのやら!!」


「いえいえ、何か困ったことがあればいつでも呼んでください。いつでも助けに行きますよ。」


とある日の昼下がり、一軒の家が火災に見舞われた。


両親は慌てて外に飛び出したが、まだ中に子供が残っていた。


消防車はまだ来ない。


となると、することはただ一つ。


こう叫べ。


「助けて!僕らのヒーロー!」


声を聞いたヒーローは、どこからともなく現れ、空を飛んですぐに駆けつけてくれる。


ヒーローは燃え盛る家の中、涼しい顔をして進んでいった。


そして、中に残された子供を助け出した。


子供は傷一つなかった。


「ママー!怖かったよー!」


「本当にありがとうございました。」


「いえいえ、当然のことをしたまでです。

——おっと、また私の助けを求める声が聞こえる。

それでは、また会おう!!」


ヒーローは颯爽と空を飛んでいった。


地上から黄色い声援が聞こえてくる。


困っている人がいる限り、彼の役目は終わらない。


海で溺れている人がいれば、助けてくれる。


山で遭難している人がいれば、助けてくれる。


警察の手も煩わせるほどの犯罪者集団も、彼の手にかかればすぐに牢屋行きだ。


彼にできないことはない。







「すまんが、犬の散歩をしてくれないか?」


「は、、、はぁ。」


「なんだ?何でもできるんじゃないのか?」


「いえ!私におまかせください!」


ヒーローはある日、男性の老人に呼ばれていた。


どんな困難が待ち受けているかと思えば、犬の散歩の代行だった。


最近こういったお願いが増えている。


命の危機——というわけではないが、ちょっとしたお願いや頼みごとが増えた。


逆に考えると、命の危機という状況が少ないほど平和になったともいえるので、あまり深く考えてはいなかった。


「ありがとさん。また何かあったらよろしく。」


「はい!」


次は街中で助けを求める声が聞こえた。


「助けて〜!ヒーロー!」


「何かお困りですか?」


「わぁ~本当に来た~!!写真撮って下さ~い!!」


「ええ!いいですとも!」


「やった~!!」


ファンサービスもヒーローの役目だ。


口コミで広がれば、助けを求めてくれる数も増えるだろう。


それはとても嬉しいことだ。


「じゃあさ~、今度動画撮るんで、一緒に来てもらえませんか~?」


「え?」


「お願いします~!最近再生回数が増えなくて困ってるんです~!」


「お困りのようでしたら協力します。」


「やったぁ~!!」


「それでは、今日はこのへんで。」


「ありがとうございま~す!」


今度は山の方で助けを求める声が聞こえる。


「何かお困りですか?」


「橋が壊れていて、向こう側へ渡れないんです。」


「わたしもう歩けな〜い!」


2人のカップルは、観光に来ていた。


この先の旅館へ向かおうとしていたが、橋が風雨にさらされ、ボロボロに朽ち果てていた。


とても渡れそうにない。


「お安い御用です。さあ、私につかまってください。飛びますよ!」


「はい!」


ヒーローはカップルを抱え、空に向かって飛び出した。


風を切って橋の上を飛び越えていった。


そして、ゆっくりと地面に足をつけた。


その時だった。


「痛っ!ちょっと!もっとゆっくり降ろしなさいよ!足ひねっちゃったじゃない!」


「す、すみません。」


「ちゃんとしてよね!あ、そうだ!どうせならこの先の旅館まで連れて行って貰おうよ!」


「え・・・。ヒーローさんに悪いよ・・・。」


「私は一向に構いませんが。」


「ほら!ヒーローさんもそう言ってるし、ね!」


「は、はぁ・・・。お願いしてもいいですか?」


「ええ、もちろんですとも。」


ヒーローは再びカップルを連れて目的の旅館へと飛んで行った。


無事に旅館に着くことができた。


しかし、


「え〜!?こんなオンボロ旅館に泊まるの〜!?

私やだ〜!帰ってもいい?」


「えぇ!?せっかくここまで来たんだよ!?

ヒーローさんにも助けてもらったし——」


「あの〜、ヒーローさん、申し訳ないんだけど、山から降ろしてもらえます?麓の駅まででいいんで~。」


「・・・わかりました。」


前々からヒーローはこの違和感に気付いていた。


自分の内側から湧き上がる衝動——。


しかし、ヒーローたるもの、これを表に出してはいけない。


ヒーローはこの気持ちをぐっとこらえた。


「ヒーローさん、わがままを何度も聞いてくださり、ありがとうございます。」


「・・・。」


「ほら!お礼を言いなさい!」


「はぁ!?こいつのせいで足ひねったのになんでお礼言わないといけないの!?」


「ここまで送ってもらったんだぞ!」


「・・・いえ、いいんです彼氏さん。僕の力不足でした。申し訳ない。」


「いえ、こちらこそ申し訳ないです。」


「では、また助けを求める声が聞こえてきたので失礼します。」


「ありがとうございました!」


しかし、ヒーローの災難はこれだけでは終わらなかった。




ある日、ヒーローは立てこもり犯の相手をしていた。


ビルの3階に犯人は立てこもっていた。


要求は身代金だ。


ビルの周りには野次馬やら警察やらで人が集まっている。


「ヒーローさん!助けて下さい!」


「動くな!これ以上近付くと撃つぞ!」


「人質を返しなさい。君はもう包囲されている。諦めなさい。」


「うるせぇ!」


犯人はヒーローに銃を向け、銃声を鳴らした。


しかし、ヒーローの強靭な体に傷一つつけられず、弾は弾かれた。


「私に撃っても無駄だ。私の体は無敵さ。」


「なるほど………。じゃあこれはどうだ!」


犯人は窓から顔を出し、野次馬に向けて銃を撃った。


バンッ!!


「キャーー!!」


「うわーーー!!」


「おい!しっかりしろ!おい!」


「誰か!救急車!」


地面に血が流れているのが見えた。


地上にいた誰かが撃たれてしまったのだ。


最悪の事態だった。


「貴様!許さん!」


ヒーローは次の瞬間、犯人から銃を取り上げた。


そして、犯人は取り押さえられ、人質は解放された。


その後の警察の活躍により、犯人は逮捕された。


当然、この事件は新聞やニュースなど様々なメディアで報じられた。


『ヒーローは人殺し。』


『ヒーローはもう不要?余計なお世話。』


『「警察に任せるべきだった。」と専門家

ヒーローは所詮素人。』


マスコミはヒーローを追いかけ回し、人々はヒーローの存在に疑問を持ち始めた。


そして——







「助けて!ヒーロー!遅刻しちゃうよ!」


「助けてくれ!ヒーロー!子供が川で溺れてるんだ!」


「助けて!ヒーロー!銀行強盗だ!」


「早く来てくれ!」


「ヒーロー来るの遅くない!?」


「まだ来ないの!?」


「一緒に動画撮るって約束したじゃん!」


「ヒーロー!」


「ヒーロー!!」


「僕らのヒーロー!!!」


しかし、いくら待ってもヒーローは来なかった。


あの事件以来、ヒーローは突然姿を消した。


メディアは『逃げ出した』『責任を取って辞めた』など好き勝手に言っているが、真相は謎のままだった。


そして、月日が流れた。





とある日の昼下がり、一軒の家が火災に見舞われた。


両親は慌てて外に飛び出したが、まだ中に子供が残っていた。


消防車はまだ来ない。


となると、することはただ一つ。


こう叫べ。


「助けて!僕らのヒ——」


「いつまでヒーローに頼ってるつもりだ!!ヒーローはもう来ない!!」


突然、後ろから声が聞こえた。


そこに、一人の青年が立っていた。


彼は水を頭からかぶり、危険を顧みず家の中に入っていった。


彼は燃え盛る家の中、やけどを負いながらも進んでいった。


そして、中に残された子供を助け出した。


子供は軽いやけどで済んだ。


一方、青年は全身をやけどする重傷だったが、命に別状はなかった。


「ママー!怖かったよー!」


「その体・・・。本当にありがとうございました。」


「命が無事でよかった。僕のことは心配いりません。僕も昔、家が火事に遭って、本当は死んでいました。自分と同じ怖い目に遭っているのを放っておけなくて。」


あれから数年が経ったが、あのヒーローは未だに現れていない。


しかし、それでも世界は変わらずに回っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モンスターカスタマー あーく @arcsin1203

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説