8話 敵対。

 「――うう、ううん?ここは……」


 「あ、竜一、起きたの?」


 そこには、琴音がいた。琴音は申し訳なさそうな顔をしていた。


 「おお、琴音。すまないな、俺が急に変なこと言ったから……」


 「ううん。あたしこそ、ごめんなさい。急に殴ったりして……」


 「ああ、大丈夫だ、問題はないから」


 俺がそう言うと、琴音は少し安心したのか、肩の力が少し抜けた。――が。


 「ホントにごめん」


 琴音はそう言って、俯いた。


 「ホントに大丈夫だから、そこまで落ち込まなくてもいいよ」


 「うん、ありがとう。……でもあたし、自分が嫌い。素直になれない、自分が……」


 「俺はいいと思うよ?そういうの。別に嫌いじゃないし……」


 「そうかな?えへへ、ありがとう。竜一」


 やっと琴音が笑顔になった。俺は、それだけで嬉しかった。


 「そういえば、そろそろ教室に戻らないと……」


 「……そうだね」


 琴音が、少し不機嫌になった気がした。


 「ところで琴音、今何時だ?」


 「今は8時10分くらいだけど。――――それがどうしたの?」


 ホームルームが始まるのは、8時半からなので、まだ余裕があった。


 「そうか。それならまだここに居ても、問題なさそうだな……」


 俺がそう言うと、琴音は何か悩んでいるような顔をして、俺を見る。そして――――


 「……あのさ、竜一。少し、抱きしめてもいい?」


 琴音は俺に対して、とんでもないことを言い出した。


 「――――は?」


 俺の反応は、普通の人なら当たり前の反応だった。


 「……あのさ、竜一。少し、抱きしめてもいい?」


 「いや、二回も言わなくても、聞こえているから。――――でも、なんで急に、そんなこと言ったの?」


 「だって、久しぶりに竜一に会えたから……」


 「いや、答えになってないからね?」


 「ううう。――――だから、私が大好きだった竜一に、久しぶりに会えたからって、言っているの!」


 琴音は、顔を真っ赤にすると、そう言い切った。


 「え?琴音、お前。―――って、声がでかい。誰かに聞こえていたらどうするんだ?」


 「ご、ごめん。私、竜一のことで頭がいっぱいで。――――え、竜一?」


 その時、俺には自分がとった行動が理解できなかった。いつの間にか、琴音のことを抱きしめていた。


 そして俺は、抱きしめてその行動を理解する。きっと、嬉しかったんだ。――――俺も。


 「ありがとう、琴音。俺も嬉しかった、琴音に再会できて……」


 「うん。私も嬉しいよ、竜一にまた会えて」


 「あのー、お楽しみ中に悪いんですが、もうすぐホームルームが始まりますよ?」


 その時、俺たちのことを、ずっと見ていた人が突然出てきてそう言った。


 「「――――え?」」


 俺と琴音の声は揃っていた。


 「ああ、すみません。私、影が薄いもので、いつも気づいてもらえないんですよ……」


 そう言ったのは、ここ私立赤恋せきれん学園の養護教諭である、立石たていし皐月さつき先生だった。


 「立石先生、いたんですか?すみません。気づかなくて……」


 「いえ、慣れていますから、大丈夫です。それよりも、早く行かないとホームルームが始まってしまいますよ?」


 そう言われて、俺と琴音は時計を見る。すると、時刻は既に8時26分になっていた。


 「マジかよ。――琴音、急ぐぞ!」


 「うん。わかっている」


 「「先生、ありがとうございました」」


 俺と琴音がそう言うと、立石先生は笑顔で見送ってくれた。


 そして、俺と琴音は、チャイムと同時に教室に到着した。幸い、先生はまだ来ていなかったようで、俺たちはセーフだった。


 「よかった、間に合って……」


 「そうだな。危なかった」


 俺たちが教室に到着してから間もなくして、先生は教室にやってきた。


 「はい、皆さん、おはようございます」


 「「おはようございます」」


 「はい。今日は皆さんに、ご報告があります。――じゃあ、入ってきていいよ」


 先生がそう言うと、教室のドアが開き、女の子が入ってきた。その子は、どう見ても鞠弥だった。


 「どうも、今日から、この学校に転入することになった、双葉鞠弥だ……。よろしく頼む……」


 「えっと、鞠弥君の席は。――竜一君の隣が空いているね。じゃあ、そこに座ってくれるかな?」


 「はい、わかりました。――やあ、竜一。さっきぶりだね」


 「ああ。まさか、一緒のクラスになるなんてな。――これからよろしくな」


 俺と鞠弥が話していると、琴音の方から殺気を感じた。


 「……ねえ、竜一?その子は知り合いなの?」


 「えっ?ああ、色々理由があってだな……」


 「へぇー、なるほどねぇー」


 こういう時の琴音は、すごく怖かった。――そして、昼休み。


 「竜一、お昼ご飯を一緒に食べないか?そちらのお嬢さんは、……えっと、確か。――そうだ、琴音だ。……琴音、君も一緒にどうかね?」


 「え?あ、あたし?そうね、いいわよ。別に……」


 そう言うと、琴音はなぜか俺を睨んできた。これはきっと、「鞠弥のこと、全部話してもらうからね」と言いたいのだろう。


 「ああ、いいよ。わかった」


 俺は自分のカバンから弁当を取り出す。


 「――それで、竜一。鞠弥さんとは、どのようなご関係で?」


 「ええっと……」


 「竜一は、私のご主人様だ……」


 こんな時に限って鞠弥は、とんでもないことを言い出した。――そして、鞠弥の発言で周りはざわめき始める。


 「なっ⁉――――ちょっと竜一?それってどういうことなの?」


 「いや、それは。――――ちょっと鞠弥、なんでそんな噓をつくんだ。琴音になんて説明したらいいか、わからなくなるだろ?」


 「それなら、私が話そう……」


 「そうか、わかった。……ん?」


 そして俺は、鞠弥に任せたことを一瞬で後悔した。


 「琴音、私は竜一のペットだ。いつも一緒に寝ている」


 「え?い、今なんて言ったの?」


 「すまん鞠弥、お前に任せた俺が間違っていたよ。……琴音。今のはこいつの冗談だから、あんまり気にしないでくれ」


 琴音は、ポカーンとしていた。少しすると、意識が戻ってきたのか、鞠弥の方を見てこう言った。


 「そう、今のは冗談なのね。そりゃあそうよね、あははは。―――それなら、あたしの方が上ね……」


 (一体、何が上なのだろうか?)


 俺はそう思っていた。―――そして、自分の弁当を食べる。


 「お前たち、そうしていると昼休みなくなるぞ?」


 「ああ、そうだな。せっかく、めぐみちゃんが作ってくれたお弁当を、食べられないのは悲しいからね……」


 今鞠弥が、めぐみの名前を強調して言わなかったか?


 「ねえ今、めぐみちゃんが作ってくれたお弁当って、言わなかった?」


 「ああ、言ったさ。だってそれは、普通だろう?一緒に住んでいるのだから……」


 「鞠弥、お前って奴は、どうしてそんなに嫌味を言えるんだ?」


 「竜一、なんのことだ?」


 鞠弥には、自分が相手に対して嫌味を言っている自覚がなかった。――――なので、事態は最悪なものになる。


 「竜一と一緒に住んでいる、ですって?あんた、そんなこと、よくあたしの前で堂々と言えたわね……」


 「竜一、琴音はなぜ怒っているのだ?私に説明してほしい……」


 俺に聞かないでほしかった。でも、鞠弥も困っているし、琴音もなんとかしないといけないから、俺は大変だった。


 そして、なんとか2人の対応を完了させ、俺たちが、お昼ご飯を食べ終えたところで、昼休みは終了した。


 「はあ、なんとか昼休み終了までに、対応できて良かった。―――あのままにしたら、きっとこの2人は、ここにいないだろうから……」


 「おや、大丈夫か、竜一。疲れているのなら、私が保健室とやらに連れていくから。―――無理はしないでほしい?」


 俺は、「半分はお前のせいだ!」って、言いたくなった。―――が、俺はそれをこらえて、鞠弥に笑顔で「大丈夫だ」と伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る