6話 居候。

 ――そして今日もまた、俺は夢を見ている。前まで見ていた夢とは、何か違った。どこか悲しくて寂しい。でも、何か温かい夢だった。


 「姉ちゃん。ごめん、俺のせいで……」


 「いいんだよ、竜一……。君だけが悪いわけじゃない。あとは、私がなんとかするから、君は何も心配しなくていい」


 「ごめん、ありがとう。姉ちゃん」


 「ふふふ。竜一、君は男だろ?男ならもっと、強くならないと。そんなことでは、めぐみちゃんを守ることはできないよ?」


 「え?――わかったよ、姉ちゃん。俺は、もっと強くなる!」


 「ああ、竜一ならきっと、強くなれるよ。私は信じているからね」


 「うん!見ていて姉ちゃん。俺強くなって、みんなのことを絶対に幸せにするから」


 「ああ、楽しみにしているからね。……竜一、私は――」


 「――はっ!今の夢は一体……。そういえば、今日は土曜日だから、学校は休みか……」


 今日もまた、妙な夢を見た。


 俺とめぐみには、姉がいた。そんな感じの夢だった。


 しかし、俺たちに姉はいない。――それは、昔も今も変わらない。


 「よし、顔でも洗いに行くか」


 俺は部屋のドアを開き、階段を下りる。


 そして、洗面所に行く途中、俺は何か違和感を覚えたが、洗顔の方が、優先度的には高かった。


 「――――ふう、さっぱりした。さて、せっかくの休日、何をしようかな?」


 俺が今日何をするか考えている時に、予想もできない事態に陥っていた。


 「やあ竜一、おはよう。」


 「ああ、おはよう。――――ん?えええええ⁉な、なんでお前がここにいるんだ!」


 俺の目の前に立っていたのは、妹のめぐみではなく、鞠弥だった。


 「ああ、そのことなんだけど、私には家というものがなくてね。だから今日から、ここで一緒に暮らそう、と思ってね。――でも、無理にとは言わない」


 「そ、そうなのか。まあ、そういうことなら、別に俺はいいと思うけど」


 「そうか、それなら大丈夫だな。――ああ、めぐみちゃんに聞いたら、お兄ちゃんに任せる。と言っていたので、君に聞きにきたんだ」


 鞠弥は、既にめぐみの許可をもらっていたらしい。


 「なんだ、めぐみも知っているのか。――それなら、俺が許可する。鞠弥、これからよろしくな」


 「ああ、よろしく頼むよ。……竜一」


 「……ああ、そうだ、早く行かないと、せっかくめぐみが作ってくれた朝ご飯が、冷めちゃうから。その前に行かないと。――ほら鞠弥、行こう」


 「そうだな。早く行こう」


 どことなく鞠弥が嬉しそうにしている気がするのだが、気のせいだろうか?


 「あ、やっときた。2人とも、もう朝ご飯はできているんですけど……」


 「ご、ごめん。少し鞠弥と話していたら――」


 「お兄ちゃん、言い訳ですか?」


 めぐみが敬語を使う時は、かなり怒っている時である。


 「いえ、なんでもないです。すみませんでした」


 「めぐみちゃん、これは私の責任だ。竜一を怒るのはやめてあげてくれ」


 「別に怒ってないです。……ところで、今日の朝ご飯は、ご飯に生姜焼き、お味噌汁にサラダです」


 めぐみはまだ怒っているらしい。――が、そんな時の為に俺は、対めぐみ用の必殺技を用意している。


 「――めぐみ、こっちおいで」


 「お兄ちゃん、何の用ですか?」


 めぐみはなんだかんだ言って、俺のところにやってくる。


 「めぐみ、お前はえらいなぁ。よしよーし、いい子いい子……」


 そう、必殺技とは『お兄ちゃんのなでなで攻撃』のことだ。この必殺攻撃には、怒っているめぐみでも効果があるんだ。


 「ううう。……えへへ、お兄ちゃんのなでなでは、最高なのだぁ」


 「めぐみ、落ち着いた?」


 「……うん、ごめんなさい。」


 「ううん、大丈夫だよ。では、、いただきます。――ぱく」


 「……私も、いただきます。――ぱく」


 俺と鞠弥は、美味しそうな生姜焼きを一口食べる。


 「鞠弥ちゃん、どうかな?私の味付け、口に合うといいんだけど……」


 「……ふむ。これは、とても美味しい。私の好みだ」


 「良かったぁ。――――で、お兄ちゃんは?」


 俺は、鞠弥のついでに聞かれているような気がした。


 「ああ。いつも通り、最高に美味しい」


 「……あ、ありがとう。お兄ちゃん」


 「ふふふ。君たちは、本当に仲がいいんだね……」


 鞠弥は、なぜか嬉しそうに、俺たちの方を見ていた。


 「鞠弥?どうしたんだ?そんな、仲のいい子供たちを見ている、おばあちゃんみたいな顔して……」


 「竜一、私でも、傷つくことがあるんだよ?女性にその言葉は失礼だからね……」


 「……お兄ちゃん。今のはちょっと、デリカシーないと思うよ」


 「え?……ああ、ごめん。今回は、俺が悪い。――――これから気をつけるようにする」


 確かに、さっきの言葉は失礼だった。俺は深く反省していた。


 (今後、このようなことがないようにしていかないとな……)


 「うん。……竜一、君はえらいな。自分が悪いと思ったら、素直に謝る。それはいいことでもあるが、君は1人で抱え込むだろう?辛い時は人に頼ってもいいんだよ……。他人に頼りづらいなら、めぐみちゃんがいるんだから。――もし、それでもダメな時は、私を頼ってくれてもいいからね」


 鞠弥の言葉に、めぐみが頷く。


 「めぐみ、鞠弥……。2人ともありがとう」


 そして、朝ご飯を食べ終えた俺とめぐみは、自分の部屋に戻った。


 ところで、鞠弥はというと。――彼女は、俺の部屋に来ていた。


 「――あのぉ、鞠弥?なぜ俺の部屋にいるんだ?」


 「ダメなのか?それなら、めぐみちゃんの部屋に行くのだが。――――ああ、そうか、君も立派な高校生だったね。私がいては、何もすることができないな、それでは私はめぐみちゃんの部屋に行くとするよ。竜一、失礼したな……」


 鞠弥は、そう言って俺の部屋を出ようとした。


 「ちょっと待てぇ!話がおかしな方向へ向かっているのだが……。それは、やめていただきたい」


 「おや?なんだい?竜一。私が出て行っては、問題があると。――ああ、そうか、私に見られている方が興奮するのか?まさか、竜一が特殊性癖持ちだったとは……」


 「おい、それじゃあまるで、俺はただの変態ではないか!」


 「違うのか?そうか、それはちょっと残念だな……」


 鞠弥はそう言うと、顔が落ち込んでいた。


 「いや、違うからな。――――って、どうして俺が変態じゃないだけで鞠弥は、そんなに落ち込んでいるんだよ?」


 「……いや、別に。竜一が気にすることではない」


 鞠弥の言い方だと、とても気になってしまう。


 しかし、これ以上聞くと、取り返しのつかないことになりそうだったので、やめておいた。


 「そうか、わかった――」


 俺は、横目で鞠弥を見てみた。


 すると、鞠弥は少し不機嫌そうに俯いていた。


 (ああ、やっぱり。あそこで突っ込んでいたら、鞠弥の思う壺だったわけだ……)


 そんな感じで落ち込んでいた鞠弥だった。――が、突然立ち上がった。


 「竜一、私も学校に行ってみたい。――どうにかならないのか?」


 「え?急にそんなこと言われてもなぁ。……ん?ちょっと待てよ、もしかしたらいけるかもしれない。ちょっと待っていて」


 「うん。わかった、待っている……」


 俺は部屋を出て、父さんに電話をかける。


 『はーい、もしもし。……竜一、どったん?』


 父さんは相変わらず、テンションが高かった。


 「ねえ、父さん。高校の校長先生と知り合いだって黙っていたでしょ」


 『あれ?言っていなかったっけ?――すまんすまん!』


 「まあ、そんなことはどうでもいいんだけど、今回は少し頼み事があって電話したんだ」


 『ほう……。なんだ、言ってみ。まあ、できないこともあるけど、できる限りなんとかしてやろう』


 こういう時の父さんは、かっこよく見える。


 「えっと、どこから説明しよう。――まあ、簡単に言うと、……今、鞠弥っていう女の子が家にいて、その子が学校に通ってみたいらしいんだ。それって、どうにかならないか?」


 『なるほどな。――そのくらいならなんとかなるから、あとは俺に任せておけ。何かあったらまた連絡するから……』


 「あ、ありがとう。父さん」


 『おう。――――ところで竜一、その子とはどこまで。――ピッ』


 俺は、父さんの言いたいことがわかった瞬間、電話を切った。


 「はぁ、全く父さんは……。そういうこと聞かなきゃ、普通なのに」


 俺は部屋に戻り、鞠弥に学校の件を伝えようと、部屋のドアを開けた。


 そして俺は、そこで信じられない光景を目撃しまった――


 「これが、竜一の使っているベッドか……。はあ、竜一の匂い、懐かしいな。――それにしても、竜一は前よりも大きくなって、男らしくなっていたな……。私、ドキドキして――――」


 「――あのぉ、鞠弥さん?俺のベッドの上で、何をしているのでしょうか?」


 「っ⁉りゅ、竜一?い、いつからそこに?」


 俺が声をかけると、鞠弥はゆっくりこちらを向いた。


 「えっと、俺のベッドに寝る所から、ですかね……」


 「そんな前から……。ああ、これには訳があってね――」


 「ううん。大丈夫、わかっているから。――――あ、そういえば鞠弥。もしかしたら、学校いけるかもよ?」


 「そうなんだ……。でも竜一、どうしてそのタイミングで言ったのかね?」


 鞠弥は、明らかに焦っていた。――――意外と、鞠弥の焦る姿はかわいかった。


 「えっと、話題を変えた方がいいかな。って思ったから。――ダメだった?」


 「ダメではない。……そうか、ありがとう。竜一、やっぱり君は、優しいね」


 「そうかな。……あ、父さんからだ」


 俺は、父さんから届いたメールを読んでみた。


 「――なるほど。鞠弥、学校行けるって、よかったな」


 「本当か⁉よかった、ありがとう。……竜一」


 今日の鞠弥は、意外と大胆で、とてもかわいい女の子だった。


 だから俺は、今日の出来事で、鞠弥がどんな女の子かわかった気がした。――が、それは俺の思い過ごしだったらしい。


 この時は、後で後悔することになるなんて、今の俺なんかには、わかるわけもなかった。


 そして、俺とめぐみがこっちに戻ってきてから、一週間の時が過ぎようとしていた頃、俺もめぐみもクラスには大分慣れ、高校生活を満喫していた。


 しかしそれは、長くは続かない。――俺たちの前に突然現れた少女、鞠弥によって、楽しい高校生活は、終わりを迎えようとしていた。


 鞠弥が俺たちの前に現れた本当の理由がなんなのか、それを知っているのは今のところ、鞠弥本人を除いて他にはいないだろう――――

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